師弟

16宮廷魔術師就任式

 学校を卒業した私は十四歳で宮廷魔術師になった。


 宮廷魔術師は魔力量や属性が国家機密になる。魔術師団の同僚や騎士団に公開された情報が全てとは限らない。


 宮廷魔術師の就任式では黒い垂れ幕に囲まれた個室に通された。

 狭い部屋の中央には片腕の長さほどの大きな魔術書が置かれていた。

 全ての宮廷魔術師を管理しているこの魔術書に己の魔力を登録し、情報制限の指示を受ける。

 この魔術書はテラコッタ王国の頭脳であり、預言書であり、人物名鑑としての側面を併せ持つ。建国時からある国宝だ。


 ――攻略本があれば怖いものなし! ……はて、攻略本とは?


『オリーブ・オーカー。十四歳。得意魔術:防衛魔術。派生である結界魔術を得意とする。

 あなたの秘匿情報は、転生者、魔術創造、無敵状態、皇子からのスカウト――です。この情報で登録します』


「よろしくお願いします」


 魔術書から流れ出た無機質な声に、反射的に頭を下げる。

 ゲームシステムからすると、ここで今までに手に入れてきた称号と効果を読み上げてくれる。


 魔術科学生 :効果なし。

 魔術科の奇才:獲得経験値にプラス補正。

 一途    :対象人物の友好度にプラス補正。

 婚約者募集中:異性(婚約者がいない異性に限る)との友好度にプラス補正。

 守護神   :名声を獲得、防衛魔術の効果にプラス補正。


 学校入学までに得た称号が以上五つ。

 守護神の入手の早さに開いた口が塞がらなくなる。


 無敗伝説  :名声を獲得。

 以心伝心  :特定の人物がパーティーにいる場合、その人物と自分の能力値にプラス補正。


 皇子からのほにゃららは記憶から消し去った。

 秘匿されたので、帝国に接触してきなさいと命令はされないだろう。配慮に感謝する。


 頭の位置を戻したときには、魔術書に『宮廷魔術師の心得』が浮かび上がっていた。

 注意事項に目を通し、魔術書に指で署名をして承認する。

 国宝に名を刻めるのはこの一回しかない。インクをつけていないのに、魔術書の見開きページに触れると、指先が光って文字が書けるようになる。結界にも文字が書けるかどうか考え始めたら、出る時間になってしまい、退室を促された。


「オーカー様。就任、おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 就任式を終えて通された控室で、宮廷魔術師の方から宮廷魔術師のローブを受け取った。

 私専用のローブには防衛魔術を示す、四角いマークが刻まれている。

 所属を示すマークがあればある程度の自由がきくので、私は黒と白の二色を用意してもらった。まだ成長期なので、もう少し大きくなったら一回り大きめのものを注文予定である。


 宮廷魔術師のローブを手にしながら、控室に残っていた顔見知りたちに声をかけていった。

 四年も王宮に出入りしているので勝手はわかっている。

 見習いから脱却すると意気込んでいた人たちはほぼ全員合格したようで、安心した。


 配属先や初任務の話があるので、呼ばれた者から退室するよう指示があり、壁を背にして立って待つ。


「オリーブ・オーカー。呼ばれた者はこっちにおいで~」


 私を呼んだのは、魔術研究室長であるマホガニーさんだった。


「室長、お久しぶりです。なんだかいつも以上にぼろぼろですね」

「わかる~? 厄介な案件が舞い込んでね~」


 研究室長とは四年前からの知り合いで、結界魔術の研究を手伝ってくれた恩師なのだが、気を抜くと近所の子どもとおじさんの関係になってしまう。

 のびきった髭に、切るのが面倒で伸ばした髪、よれよれのローブ。研究肌といえば聞こえがいいが、興味のないことはからっきしの中年男性(※妻子あり)だ。

 癖は頭をくこと。今もいているので余程面倒な仕事らしい。


「道は一回で覚えてくれよ~」

「わかりました」


 研究棟の入り組んだ道を歩き、たどり着いた先は地下室だった。堅牢な扉には鍵がかかっている。

 地下には保管庫やら研究動物だけではなく、牢屋もあると風の噂で耳にしていたので、扉の前に立つと足がすくんだ。


「まあ、見てくれよ~」


 研究室長は説明もほどほどに、地下室の鍵を開け、扉を開いた。


「ウガァアアガアァガ!」


 獣のような咆哮とともに、地下室の奥から氷の槍が私に向かって飛んできた。他にも熱線や雷撃や突風が容赦なく襲い掛かってきた。

 盛大な歓迎方法だなあと結界魔術で弾いているうちに、研究室長が扉を閉めた。魔術は扉を貫通しないようなので、この扉自体に高度な結界魔術が施されていると見た。


「な? 見た方が早かっただろう?」

「扉の結界魔術、すごいですね! さっきの魔術は入室者を試す罠ですか?」

「はあ?」

「え?」


 同時に発した感想がずれていたせいか、互いに目を白黒させた。



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