閑話 ケルメス視点/オリーブ・オーカーという少女(後編)
アズライト皇子は執拗に俺に絡んできた。
何を言われても荒波を立てずに受け流そうと思っていたのに、オーカー嬢が肩をいからせて割り込んできた。
同じやりとりが数度くりかえされて、皇子は俺に用があったのか、俺を餌にオーカー嬢と話したかったのか判別できなくなった。
自国の王子そっちのけで帝国の皇子と過ごす時間が増えてしまい、ナイル殿下に「誰の護衛なのか」と苦笑されたぐらいだ。
皇子のオーカー嬢に向けるまなざしが変わったのはいつからだったか。
戦闘訓練では予想だにしない対戦カードに訓練場が色めきだった。
両者ともに殺気立っていて、子どもの訓練というレベルではなかった。
オールラウンダーな皇子に防御を得意とするオーカー嬢。前者に軍配が上がると予想していた生徒が多かったようだが、彼女は俺との訓練をいかして勝利した。
試合を見ていて震えた。観戦者が自分一人であったならば、涙を流していたかもしれない。
熱気に包まれた訓練場で皇子が彼女に求婚したときには、皇子に決闘を申し込んでしまいそうだった。
ナイル殿下が国交問題になると制止してくれなければ、乱入したかもしれない。
わかっている。彼女が関わると俺は理性を忘れてしまいそうになる。
領地民や国民を守れる人間になりたい。自分の安全は第一でなくていい。帝国の色を受け継いで生まれた俺の命で誰かを救えるならば、この命、捧げてもいい。そう思っていたのに――。
ナイル殿下の側近として、彼女とともに国を守りたい。
ちまたで守護神とあがめられている彼女とともに、国防を担う双璧と呼ばれたい。
彼女が学校を休み始めてから、アズライト皇子と俺の間の緩衝材がなくなったため、時間を見計らって皇子に声をかけられた。
「出自が疑わしいきみに、彼女はもったいない。僕ならば重宝してあげるのに。家名で呼ばれるのもおかしくない? 僕らは名前で呼び合ってるよ?」
同意を求めるかのような言い回しだ。
何を言っても揚げ足をとられるだけだと自身に言い聞かせる。
数歩先を歩いていた、ナイル殿下の心配そうな視線が痛い。いつまでも主君に守られているわけにはいかない。
「その程度で恥ずかしくないのかい? きみは」
俺には称賛されるような功績はない。一介の騎士が功績を求めようとしたら戦場になるため、ないほうがいい。平和が一番だ。
戦闘訓練では皇子と一対一にならないようにした。ナイル殿下に「仕掛けてくるかもしれない」と懸念され、皇子に訓練相手として指名されても辞退した。
すると皇子の側近たちに
彼らにどう思われても構わない。大切な人が評価してくれるならば、有象無象の言葉には傷つかない。
「似た者同士、末永くお幸せに」
言い返さない俺に皇子はそう言い残し、それから絡んでこなくなった。
恐らく自分自身に対するあれやこれは言い返さない、が最適解だったのだろう。
やがてアズライト皇子が帰国し、緊張感から解放されたせいか疲労が押し寄せた。
領地からは皇子帰国後から帝国とのいざこざが減ったと連絡がきた。皇子が何かしら手を回したのだろう。
卒業記念パーティーではオーカー嬢を意識したカフスボタンを用意した。衣装をおそろいにできたらさらに幸せだっただろうが、婚約関係でない男女なので妥協した。目立たない俺の気持ちに、彼女が気付いてくれますように。
庭園での約束も、将来を誓ったようで至福の時間だった。
彼女はそう思っていなかったかもしれないが、俺にとっては未来への希望だった。
騎士として彼女を守っているようで、実際に守れているのは俺の方だったから。
彼女を守れるよう強くなる。
「ナイル殿下。俺の修行先に関してお時間よろしいですか」
決意を新たに一歩踏み出す。
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