13アズライト皇子との戦闘訓練(後編)

「僕の国では触媒と長ったらしい呪文を必要とするから、速さで押し切るのが定石じょうせきなんだけど」

「遅くては守れませんよ」

「そうだね。違いない」


 初手を防がれたというのに、皇子は愉快そうだ。

 くり出される連撃を受け止め、ときどき混ぜられるフェイントも適切に処理する。

 皇子もただの物理攻撃だと弾かれると学んだのか、訓練用の剣に魔力をまとわせた。

 剣を包み、うねる紫色の炎はその見た目通り火属性なのか否か。

 私は結界の形態を変え、層を重ねる。普段ならば味方のために可視化させるが、一対一で手のひらを明かす必要もない。


「……へぇ。なんだか雰囲気が変わったね」


 皇子の剣から出現した炎が一直線に向かってくる。

 それは私から最も遠い(皇子に最も近い)ところに展開させていた結界の前で消えた。


「多重結界といったか。お見事お見事」


 結界が破られるのが先か否か、力比べになったのは当然のなりゆきか。

 全て破られる前に次の仕込みも忘れずにしておく。相手に思考を読まれないよう、視線にも注意しておく。結界の維持をしながら攻撃に転じるのは一年生のときに推しに手伝ってもらって何度も練習した。


 術式が完成した頃にはほとんどの結界を破られていた。

 最後の一枚が破られたら敗北の色が濃くなるだろう。


 私の束縛魔術と皇子の大技がくり出されたのは同時であった。

 私の魔術は皇子の足をとらえ、皇子の剣は私の首をとらえている。

 周りから見れば首をとらえられた私の方が負けだろう。


「……やられたな」


 皇子はあくまでも私の首をとらえただけ。戦闘訓練なので通常はここで勝負がつくだろうが、彼は異変に気付いたようだ。

 剣を動かそうにも、絡まれた糸に動きを封じられていることを。足をとらえているように見えて、実際は全身を糸でがんじがらめにされていることを。

 いわゆるあやつり人形のような状態で、動くには糸を切らねばならない。自分で自分の糸を切られないので、はたから見れば動きを止めているだけのように見える。実際は縛られているのに。


 静かな気迫とともに、皇子は手に力を込める。がちがちと震える剣に苛立ち、獰猛どうもうな笑みを浮かべて力づくでいなそうとする姿はまさにゲームの皇帝そのものだった。


「どうやら私の勝ちですね」


 彼は知らないだろう。勝利を確信しながらも、冷や汗が止まらない私を。藍銅鉱アズライトの瞳に射抜かれて、歯を鳴らす私を。


「参りました」


 皇子の敗北宣言を受けて、数歩下がってから束縛魔術をく。

 皇子の動きを封じられたと確信していても、剣を突き付けられるのは気分がよくない。

 重い荷物を下ろせた解放感で、私は肩を落とした。

 ふらつきそうになると、皇子が支えてくれた。推し以外に触れられるのは鳥肌がたって、即座に離れた。


「やはりきみが欲しい。帝国に来ないか?」

「申し出は大変嬉しいですが、首を縦には振れません」


 尊い推しを置いて行くわけないだろ、ばーか。

 淑女としての仮面をかぶりつつも心は大荒れである。嵐である。勝利の喜びも風に吹かれてしまった。


「きみの魔術には驚かされた。一人で張れる結界の規模は? 耐久度は? 味方と敵の識別は?

 その年で究極の域に入るとは、血のにじむような努力をしたのだろう。我が国でぜひ防衛魔術の第一人者になってほしい」


 手を差し伸べられても、拒絶一択である。

 国家間の要請や依頼ならば正規の方法で手続きをしてほしい。私への指名依頼であれば少なくともナイル殿下上司の了承が必要になる。勝手に動いて謀反の嫌疑をかけられては困るし、一つ誤解されている。


「一つ訂正させていただきますが、私が防衛魔術を極めたのは守りたいものがあるからです」

「……帝国にはない、と」


 私は多くを語らず、含みを帯びて表情を作った。

 目的をはき違えるつもりはない。推しの健やかな人生を願ってここまで来たのだ。

 卒業単位はそろっている。それでも学校に通っているのは推しを拝みたいだけなのだ。

 ちなみに時間を持て余したときには魔術科の先輩方の研究に付き合ったり協力してもらったりして過ごしている。たまにすがりついてくるので吹き飛ばした。


「再考の余地あり……。次は良い返事を期待しよう。それでは失礼しました、オーカー嬢」皇子は私の髪を一房すくい、「次は逃がさない」とキスをした。


 観戦者たち(主に女子)の黄色い悲鳴が響く。

 私はされたことを受け入れられず、呆然と立ち尽くした。推しに合わせる顔がなかった。


 夜になって落ち着いてきた。私はその日の夜、腰まで伸びていた髪を胸の下まで切った。


「オリーブ、失恋でもしたの?」

「失恋? 皇子に触れられておぞましくなっただけ」

「本人の前で言っちゃだめよ?」

「言うわけないって」


 翌日、親しい友人の前で毛先をいじりながら毒づいた。

 公衆の面前でされたために、皇子とのやりとりは多くの人に一部始終を目撃されている。求愛だと色めきだつ人もいたが、事実無根だ。これは国家間の問題なのだ。推しの悪堕ちを防ぐためにも、推しと帝国の接触を減らし、折れるフラグは折らなければならない。結局、戦っても皇子の本心はわからなかったのだから。


「――ということでしばらく学校を休んでお仕事します。じゃあね」


 さようならと手を振り、光に作用する結界で目くらましをして、音もなく消える。


 その場には友人たちの絶叫が響いたとか、なんとか。




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◆称号を入手しました

  皇子からのスカウト:(入手条件:とある分野で皇子に認められた)


◆アズライト皇子ルートが開放されました


◆アズライト皇子の情報が一部開示されました

  名前   :アズライト・フォン・ウィスタリア

  髪色   :藤色

  瞳    :アズライト

  所持スキル:カリスマ、危険察知、等

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