11宣戦布告

 留学早々、アズライト皇子に物申したい。

 ――推しのメンタルを削っちゃいけません!


 帝国の皇帝の血筋にしか現れない色に興味を持ったのか、皇子は我が推し、ケルメス・ティリアンに執拗しつように声をかけてきた。

 ときにはナイル殿下を通して、ときには内密のお誘いで。ナイル殿下の前で誘われたときには、帝国からの引き抜きかと場が騒然になったぐらいだ。

 もちろん推しは断ったが、憂慮を晴らすべく、皇子の腹を探っておいてもいいだろう。


「……障害は取り除かなくては」


 早朝から営業している、校内のカフェテリアで一服する。


 校門でばったりという事態をさけるため、私は皇子留学の翌日から登校時間を早めている。偶然会うのは心臓に悪い。皇子とぶつかったら私の命が危ない。皇子が許しても、側近たちは許さないだろう。どんな目にあうのか恐ろしい。

 お忍び中に幼い子どもにぶつかられて、ピー自主規制したエピソードがゲームにあったので、油断は禁物だ。


 早起きのつらさと推しとの時間よりも皇子への恐怖がまさったため、カフェテリアでぎりぎりまで時間を過ごし、教室に入る予定だ。

 私と似た考えの人もいるのか、数人のクラスメイトがここで思い思いの時間を過ごしている。読書をしたり、勉強したり。皇子からのちょっかいがないだけで平和だ。


 短い安寧あんねいは予鈴によって打ち破られる。

 ため息をついてから、立ち上がって身支度を整える。鞄を手にして、重い足どりで教室に到着すると、想像していた通り皇子のまわりに人だかりができていた。

 彼らには予鈴が聞こえなかったのだろうか。隣のクラスの生徒もいる。質問攻めにされても、皇子は笑顔をたやさずに答えている。

 担任教師がやってきても皇子への質問は止まらない。

 皇子の側近が間に入り、ようやく野次馬が散っていった。




 皇子の周りは護衛兼任の側近らが固めており、周囲の席を占領するため座学の時間には近寄れない。

 皇子は特別カリキュラムで生活しているのか、私の魔術科独自の座学、推しの騎士科独自の実技にも顔を出しているらしい。国家機密が抜かれていないか恐ろしい。


 皇子に怪しまれずに声をかけられるとしたら学科共通である戦闘訓練の前後ぐらいだろうか。やんごとなき相手と駆け引きするのも気が引けるが、同年代の子どもに手加減されるのは面白くないはずだ。過剰なよいしょは皇子の側近たちに任せよう。

 ナイル殿下も真剣勝負こそ信頼の証と考えている節があるので、故意に怪我させようとしなければ問題ないだろう。

 まあ故意に怪我をさせたら物理的に首が飛びそうだ。

 享年十三歳にはなりたくないなあ。


 なんてことを早朝のカフェテリアで考えていたある日、きらきらした集団を見つけてしまい、手にしていたカップを落としてしまいそうになった。

 集団の中心にいた人物は一直線にこちらに向かってきている。


「おはよう、オーカー嬢。きみと個人的な話がしたくて、僕も早起きしてみたよ」

「アズライト殿下、ごきげんうるわしゅうございます。早起きとおっしゃるわりには顔色がよろしいですね」


 早起きしたわりには目元にくまはなく、肌もつやつやで完璧な姿だ。普段から朝は早いのだろうとふっかけてみたら薄笑いされた。しかも彼は許可もなく私の隣の席に座ってきた。


「実は僕、かなりの早起きなんだよね。朝から制さなくては面白くないだろう?」

「……夜会も多いと思われますが」

「昼寝しているからね。問題ないよ。夜会の翌日は学校が休みなのも助かっている」


 貴族の場合、学生だけでなく教師もパーティに駆り出されるため、翌日の授業は休みになる。訓練場も管理者不在のため閉鎖される。食堂は学校のパーティー後だと後片付けのため極小運営となる。図書館や軽食を提供するカフェテリアは開いているので自主学習はできるようになっている。

 会話の補足をしていると、なぜここで皇子と世間話をしているのか眉をひそめてしまう。


「皇子、そろそろ本題に入っていただけませんか」

「本題がないと話しかけてはいけないかい?」

「私と個人的な話がしたい、とおっしゃったではありませんか」

「ふうん……僕としては深い話をしたいのもやまやまだが、遅刻するわけにもいかないからね。どうしようか」


 意味深に微笑まれても恐ろしさで背筋がぞくぞくするだけだ。

 護衛でついてきた側近たちはこちらの会話を邪魔する気はないらしく、後ろのテーブルに着席している。彼らの物言わぬ圧でさらに首筋と背筋が震えた。背中に剣を向けられている気分だ。魔術で視線は遮蔽しゃへいできないので我慢する。


「大丈夫、きみがどのような返答をしても受け入れるだけさ」


 皇子の言葉は頼もしいが、向けられる視線の圧が増したので、私は蛇ににらまれた蛙である。

 話しかけてきたのはそっちなのだから、早く用事を終えてどこかに行ってほしい。遅刻を気にするならば朝の静かな時間を返してほしい。


「気にされているようだが、は僕の指示がなければ動かない。安心してほしい。それでこれからが本題」


 人前であるはずなのに、距離を縮められた。

 反射的に席を動かそうとすれば、今度は椅子から身を乗り出された。

 藍銅鉱は緑っぽく見えるため、ブルーマラカイトとも呼ばれているらしい。皇子の目を見ていると、瞳の変化に魅了され、とらわれそうになる。

 自分自身にかけている結界魔術がはじいてくれたので実害はない。


「僕はきみの結界魔術に興味がある。ぜひ後でじっくり観察させてくれ」

「……お話はそれだけですか?」私は極力冷たく返し、席を立った。「ご要望通り、次の戦闘訓練でお見せしましょう」


 失礼しますと一礼し、鞄を持ってカフェテリアを出る。

 まだ教室に入るには早い時間なので、学校内の庭園へ足先を向けた。




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 学校関係者ならば自由に出入りできるカフェテリアで、アズライト皇子は去っていくオリーブの背中を眺めていた。


「皇子、追いますか?」

「結構。約束はとりつけられた。先回りして牽制けんせいされたから、こちらの提案を予期していたか……あるいは僕に思うところがあるのか」


 皇子の脳裏をよぎったのは自身に似た紫色の髪を持つ男。その男に近寄ろうとすると必ず、オリーブ・オーカー侯爵令嬢のきつい視線が飛んでくる。他の誰かが男と話をしていても彼女は顔色を変えないので、嫉妬しっとではないらしい。

 逆に侯爵令嬢に目配めくばせを送っても、気づかれない。近くにいるあの男の方が先に反応を示すので、似た者同士なのかもしれない。

 帝国の皇子という一級品の顔の作りや体つきに関して一切言及してこないのは、周りを固める第一王子と側近たちが美男美女ばかりだからか。


への気持ちはわかりやすいのに、さっきは全くわからなかった。とんだ食わせ者だ。初対面で僕を皇帝と呼んだ彼女には何かあるはずだ。引き続き調査を頼む」

「承知」

「……いや、腹に一物いちもつあるのは彼女ではなく、案外彼の方かもしれないな」


 自然の中にまぎれてしまいそうな色合いの少女に、禁忌を身に宿し、王国の中では浮く少年。

 まだ若いとはいえ上に立つ者の顔をした皇子は武者震いせずにはいられなかった。




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