アルブス国立学校2年生

10留学生来襲

 卒業する上級生を祝い、記念で勝負を挑まれてこてんぱんにし、迎えた学校生活二年目の朝。嵐は音もなくやってきた。


 ウィスタリア帝国の色、紫色の外套がいとうをまとった少年が同い年の少年少女をひきいて学園の門をくぐった。

 テラコッタ王国ではあまり見られない外見的特徴に、人をぞろぞろ率いていれば、居合わせた学生らの注目を集めてしまうのは仕方ない。

 先頭を歩く少年は周囲の視線をもろともせずに威風いふう辺りを払いながら校庭を突っ切っていく。

 誰も彼には声をかけられなかった。

 有無を言わせない、いや疑問さえも抱かせない重圧に誰もが押されていた。


 ただ私は成長した彼を『ゲーム』という箱の中で見た覚えがある。

 藤色の髪に、目には藍銅鉱を埋め込んだような輝き。

 ゲームの分岐の一つ、テラコッタ王国の滅亡を語る上で欠かせない人物。

 他国の司政に影響を与えられる権威を持つ人物。

 彼の名は――。


「皇帝アズライト」

「……うん?」


 思わず私の口から漏れ出た言葉に、くだんの人物は振り返った。

 視線がかち合い、王国の貴族としてふるまわなければならないとえりを正す。

 発言の許可を求めれば、「楽にせよ」と返ってきた。


「オーカー侯爵が娘、オリーブ・オーカーと申します」

「ああ、きみの活躍は我が国にまで届いているよ。防衛魔術から派生した、結界魔術といったかな。ぜひ一度は目にしたいと思っていた」


 将来敵になるであろう存在の手の内を把握したいのかと、表情がこわばる。緊張で足の感覚がなくなっていく。

 そんな私を見て何を思ったのか、彼は言葉を続ける。


「もちろん学友としてさ。怖い顔をしなくていい。加えて一つ訂正しておこう。僕はまだ立太子していない。だから次から僕を呼ぶときは名前でかまわないよ、オリーブ嬢」

「胸に留めておきます」

「かたいなあ……。今後も話す機会はあるだろう。失礼するよ」


 帝国の皇子、アズライト・フォン・ウィスタリア。

 彼の背中が小さくなるまで、私の足は地面にわれ、その場から動けなかった。

 漠然とした不安が胸に広がっていた。推しとの絡みがないことをひたすら祈っていた。




 結論、私には信仰心がたりない。


 アズライト皇子はナイル殿下と同じクラスになった。ということは殿下の側近候補たちとも一緒のクラスということになる。とどのつまり私と我が推しとも同じクラスだ。


 なんてこったい。祈るなんて、なれないことをしなければよかった。

 ゲームで推しを救えずに神様を恨んだせいか、今世では信仰心がたりないらしい。


 朝のショートホームルームの時間に、担任教師が誰かをつれてきたと思えば今朝出会ってしまった皇子であった。

 皇子はまず国同士で親交があるだろうナイル殿下、ひょんなことから顔見知りになってしまった私、最後に我が推しに視線を向けて、一瞬だけ表情が抜け落ちたように見えた。


 我が推しも皇子の容姿を見て驚いたのか息を止めていた。


 帝国の紫を外見的特徴として受け継いだ皇子に、赤みがかった紫色の髪をもつ我が推し。

 この国で髪色は生まれを表す。遺伝要素以上に、どの土地の祝福を受けているかが如実にあらわれる。ゆえに髪色を偽ることは祝福への冒涜とみなされる。髪色でだいたいのルーツも探れてしまうため、個人情報などあったもんじゃない。


 紫色同士が互いにどのような心情であるかは推し量れない。

 皇帝の血筋にしか受け継がれない帝王紫。

 王国では珍しいとされる紫色。

 二つを結びつけようとする輩はこれからもいるだろう。

 これが運命の出会いだったと歴史に刻まれてもおかしくはない。


 運命の出会い? 笑わせるな。破滅への入り口を運命だと認めてたまるか。


 自身の心の声でこぶしを震わせていたら、壇上の皇子が先に沈黙を破る。


「この一年、おもしろくなりそうだ。みなのもの世話になる」


 優雅にほほえみ、指定の席――同時に留学してきた帝国の優良貴族に囲まれた――に向かう。

 推しの隣をすれ違う際、皇子が口角を上げたように見えた。


 極力関わらないでおこう。

 そう心に決めた。




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