09男に生まれたかった

 己の叫び声で目覚めた。

 うまく呼吸ができず、はくはくと口が動いた。胸の中にある空気を全て吐き出してみると、息を深く吸えた。何度かくり返しているうちに、平常心を取り戻していった。

 悪夢は初めてではない。

 寝汗で気持ち悪いが、動き気にはなれず、ベッドに体を沈める。

 生々しい夢を見たのは、先日のお父様の発言のせいだろう。お母様のいる領地に早く帰ればいいのに。


 窓の外をみやればゲームの世界――なんてことはなく、暁闇あかつきやみが広がっている。


 目を閉じて二度寝をすれば、いつもの朝がやってくる、身を清め、朝食で腹を満たしてから侯爵家の馬車に乗った。

 馬車の時間は物思いにふける絶好の時間だ。誰も横槍を入れてこないので時間を忘れられる。


「お嬢様、到着しました」


 御者に礼を告げて、馬車から降りた。


 今日は一年生最後の模擬戦がある日だったか。

 ぼんやりしていた頭を切り替える。推しの到着が待ち遠しくて、学校の門の横で息を潜めた。教室で数分待つのも無理だ。許されるならば、朝から推しと同じ馬車に乗って、推しの顔を眺めたい……。


「ティリアン様、どうして私は男に生まれなかったのでしょう。男ならばあなたと片時かたときも離れずにいられましたのに」


 模擬戦終了後に、ふと思ったことを推しに言ってみた。


「……ごほっ!?」


 彼は水筒を持ったままむせていた。荒い息をくり返し、落ち着いたところで水筒をテーブルに置き、口を開く。

 ちなみに私は彼の口元からこぼれた滴が、髭のない顎から突き出た喉仏に伝わり、衣類に吸い込まれる一部始終を目をかっぴらいて見届けていた。


「侍従や執事、メイドでさえも主君に一日中つかえはしない。たとえ同性であろうと、無理な願いだ」

「同室であれば、おやすみからおはようまで一緒にいられますよ。夢かうつつか、どちらでしょうね?」

「……まったく。貴方は俺をからかうのが好きなようだ」

「からかっていませんよ。敬愛の心がなせる技なのです」

「婚約も俺をからかってるのか……?」

「……え? 何か言いました?」


 ちょっとしたいじわるは許してほしい。生きている推しを堪能たんのうしたいのだ。

 婚約の件については、入学前にお父様に聞かれたような気がする。私にはもったいない相手だとお断りしたはずだ。


 顔を手で隠し、そっぽを向いている推しの姿も可愛らしい。尊い人物は何をしても尊いのだ。背後から忍び寄り、汗で濡れた髪をタオルで拭いてみたい。


 この気持ちに同意してくれる人物を早く見つけたい。耳まで真っ赤にしている彼にしびれて、『ティリアン様尊い』教に入信してくれる同志はいないだろうか。

 試しに学友に布教したところ、ため息で返された。


 模擬戦終了後の今も、学友たちから奇妙な視線を向けられている。

 我が推しは木陰で殿下に慰められている。

 殿下から非難めいた視線を向けられたような気がしたが、気のせいだろう。変なことを言ってはいないはずだ。

 謎は深まるばかりだ。


 ――謎、謎といえば二年生になったら留学生がくるはずだ。

 展開によっては親密な関係になったり、疎遠になったり、国交が悪化して敵対したりする。

 留学生は我が推しに、ちょっかいを出してくる。

 構う理由を見つけられたら、推しの悪堕ちフラグ回避につながるかもしれない。


 次の目標も決まったし、今日は早めに帰って夢の内容と今後の展開を整理せねば。


「申し訳ございません、ティリアン様。用事を思い出したので失礼いたします。本日はありがとうございました!」


 彼の返事も待たず、私は一目散に走り去った。

 ただまだ今日の授業が残っていたので、おとなしく教室に戻った。

 つらの顔は厚いので、彼の隣で授業を受けた。気まずくても、彼の隣は誰にも渡さない。




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◆学校生活一年目が終了しました


◆称号を入手しました

  無敗伝説:(入手条件:一年間、戦闘から逃走および敗北をしなかった)

  以心伝心:(入手条件:模擬戦のパートナーに、同じ人物を一定回数以上選び続けた)

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