08悪夢

 真っ黒な夢の中にいた。


 目の前に大きくて四角い光が生まれた途端、まぶしさのあまり目を細めた。


 もう一人の私曰く、液晶画面というらしい。オリーブにとっては窓の外に広がる世界に手が届かないような感覚だ。


 ゲームスタートの合図とともに、窓の向こうで寸劇が始まった。


 登場人物たちの台詞は文字に起こされ、聞き間違いしないので便利だ。


 眺めているうちに、精悍せいかんな顔つきをした青年が現れた。帝王紫色の髪に、深紅の薔薇ばらのような瞳。この色合いは


「……やめて」


 観客の言葉は届かずに、物語は進む。


 学校を卒業して数年経ったある日、ティリアン辺境伯爵夫妻の訃報が届いた。

 鉄壁の砦が陥落し、王国は混乱に陥った。国防にあいた穴からは悪意ある者が流れ込んできた。国民の生活においても小さないざこざは日常茶飯事になり、傷害事件も相次いだ。

 ティリアン辺境伯爵夫妻殺人の犯人が帝国の者だと公表されたときには、王国と帝国間の亀裂は修復できなくなっていた。


 砦奪還のために派遣された主人公は、任務遂行中にケルメス・ティリアンに出会う。


『俺がやった』


 失踪した理由を告げず、主人公らの心配をよそに、彼はそう言い放った。


「やめて、やめて言わないでッ」


 傍観している私がいくら泣きわめこうと、途中で幕は下ろされない。

 耳を抑えてその場にうずくまる。

 この先は何度も見て覚えている。忘れるはずがない。彼が――!


『俺が……間者を手引きした。母の姦通かんつうを疑っていたくせに、息子を疑わないとは愚かな父だった!』


 もうやめて。苦しまないで。一番苦しんでいるのはあなたなのに。母の姦通疑惑で胸を痛めていたのは他ならぬあなたのはずなのに。

 悪印象を与えるために道化を演じ、狂言を吐き、嘘で塗り固める。



 舞台が移り変わる。

 場所は山頂。蒼穹を見渡せるところ。主人公たちは彼を崖に追いつめた。


 次に何が起きるのか、忘れるはずがない。

 互いの信念をかけてしのぎを削り合い、勝者が敗者の心の臓を突くのだ!


 地面に推しの亡骸が転がっていた。真っ黒な衣類のせいか、血痕は目立たなかった。

 実は生きていて、再び動き出さないか一縷いちるの望みをかけて私は見下ろしていた。


 過酷な連戦により回復アイテムを使い切ってしまった。死者を生き返らすアイテムはこの世に存在していなかった。


 ここまでは、まだ、耐えられる。


 何を思ったのか、仲間のうちの一人が彼の顔を確認したのだ。


『……見ろよ。きれいな死に顔だぜ』


 仲間の言葉で沈黙がおりた。

 ゲーム画面に大きく表示された、彼の安らかな死に顔を目にして悟った。

 彼は死による救済を求めていた。両親の一件から後戻りできなくなり、己の死に場所を求めて剣を振っていたのだと。

 思い返せば、彼は毎回一人で挑んできた。「俺一人で十分だ」と語っていたが、あれは手加減ではなく、強がりだったのだ。

 主人公は大勢の仲間をひきいていたのに、彼はいつも独りで、怪我をしたら手当してくれる仲間さえいなかった。


 助けられなかったという絶望が全身に伝わった。

 震えた手は主人公のものではなく、見習い魔術師として働くオリーブのものだった。

 さっきまで観客席にいたはずなのに、舞台ゲームの中央に立っていた。

 思わず後ずさったら、何かを踏んで尻もちをついた。


 足元にあるのはしかない。さきほど自らとどめをさした、推しの――。


「「いやああああああああああぁ!」」




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◆ゲームを終了しますか?

 →はい

  いいえ


◆セーブしていない進行状況は消えてしまいますが、本当によろしいですか?

 →はい

  いいえ


◆タイトル画面に戻ります

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