07推しと座学と模擬戦と

 在校生による片付けのため、一日休暇を挟んで迎えた登校二日目。

 パーティは終わったというのに熱気が残っていて、新入生の大半は地に足がついていなかった。教室で踊り出すものがいたくらいだ。


 教師がゆるんだ空気に一喝入れようと、教卓にこぶしを振り下ろした。遠目でもヒビが入ったように見えた。


 備品は壊さないようにと付け加えても、説得力がありませんよ先生。

 修復魔術で教卓を直されましたが、壊したら直せばいいと暗に言っているようで教育によろしくありませんよ先生。


 この教師、大丈夫だろうかと、入学二日目でみんなの心が一つになった。



 学生の一日は座学、実技、部活動で過ぎていく。

 三つ目の部活動をする余裕はないので、座学と実技について語らせてほしい。


 座学の習熟度別のクラスでは推しの隣をちゃっかり押さえた。殿下から離れすぎないとはいえ、推しがどの席に座るか不明だったので、推しの背中にくっつくように歩いたおかげだ。

 後日学友に聞いたが、推しの隣を狙う私の気迫に恐れをなしてみな逃げたらしい。殿下と側近候補たちが「またか」と苦笑していたとも。


 前日の訓練が重かったのか、翌日うつらうつらしている推しを隣で堪能できるのも役得だ。机に突っ伏して寝ようとしないのは、殿下の護衛をせねばという意識があるからだろう。

 教師に質問されそうにになったら、指でつんつんしてあげる。それでもまだぼんやりしていたら、授業後にノートをみせた。複写魔術を利用し、一ページずつ複写して彼のノートに貼りつけていく。私の手書き文字を毎日推しに見られていると思うと面映おもはゆい。

 私のノートにも落書きでいいから何か書いてくれないだろうか。寝るときに抱いて眠る用に。



 戦闘訓練の一環として行われる模擬戦では、推しのパートナーに選ばれた。「貴方しかいない」とパートナー申請を受けたときは天にも昇る心地であった。「私もあなたしかいません」と返した。まさかの両思いだった。


 二対二なので、前衛同士で組んでもいいし、後衛同士で組んでもいい。勝利をつかむためにあれこれ模索し、試行錯誤をくり返す。

 そんな授業において、私と推しのペアは異質だった。完成されているのに未知数。勝利の方程式はないのに、経験による咄嗟とっさの判断で勝利をつかみとる。


 大人数でのチーム戦となると、私は引っ張りだっこだった。各陣営の旗を奪いあう争奪戦で、私の定位置は旗の防衛だ。他のチームの旗を奪いに行く前衛たちを見送り、私は一人でぽつんと自陣営の旗を守る。

 チームのメンバーはくじ引きなので、たまに推しと引き離された。

 私が本気を出せるのは、推しとの一騎打ちのみ。勝敗は五分五分だった気がする。負けたら次は勝つために戦略を立て直す。


 私は学校入学時点で領地全土に網を張りめぐらせていた。領地に比べれば学校の校庭や訓練場は狭い。

 最強の盾を自負していたら教師から手を抜くように指示されてしまった。


 気を取り直して、推しとの連携について語りたい。

 ガーデンパーティーで襲撃された際にも感じたが、推しとの連携は心地よい。攻守交代を指示されなくても肌で感じる。

 無条件で背中を預けられる相手はそうそういない。

 私だけでなく彼も同感だったようで、私と一緒だとやりやすいとか安心できるとか首の後ろをこすりながら言ってくれた。


 学期末に開催される勝ち抜き戦では、殿下や他の側近候補らを全力で負かし、二人で不敗記録を樹立した。

 主君を立てよと殿下は言わず、むしろどこまでやれるのか見せてくれと私たちの背中を押してくれた。毎回あの手この手で対策してきてくれて、この人に仕えたいと強く思った。


 王都のタウンハウスにやってきたお父様に報告したら怒られたけれども、上級生にも勝ったと伝えたらめてくれた。


「お父様。怒ったりめたり、大人の感情表現は複雑ですね」

「お父さんにはね、ティリアン辺境伯爵子息への、お前の愛の方が難しいよ」

「まあ……わかってほしいとはちっとも思ってませんから」


 ちっともが胸に刺さったのか、お父様は眉尻まゆじりを下げた。

 他に話題はなく、話を切り上げて、お父様の執務室から出ようとしたら引きとめられる。


「……オリーブ。大人になっても領地にいてくれていいんだよ」


 また逃げるが勝ちと思って、私は急ぎ早に退室した。


 推しが生きているならば、領地ですこやかに過ごす未来もあるだろう。

 推しが死んでしまったら。ゲームのように悪堕ちした推しのとどめをささないといけなくなったら。


 推しが道を間違えたときに、引導を渡すのが私の愛だ。


 推しのすばらしさを布教しても、私の愛まで理解してほしいとは思っていない。

 家族にも、友人にも、肝心の推しにも。この愛は護身用の短剣とともに墓場まで持っていく。


 無意識にのどをかきむしる。

 今夜は枕を濡らして寝た。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る