04お父様のわからずや

 この国の行く末と彼の最期を夢で見ても、一日一日が大幅に変わるわけではない。せいぜい、側近候補としての教育が加わったぐらいである。


 ガーデンパーティー中の襲撃は保護者同意のもと実施されたと、後日お父様から知らされた。

 目的は能力と適性の見極めのため。

 側近候補選考会を兼ねていると聞いていたので、特段怒りは沸き上がらなかったものの、他にもやり方はあったのではないかと思う。

 突然命を狙われて、恐怖を覚えた者もいただろう。

 殿下につきまとう恐怖に対峙し、覚悟を試される試験だとしても。


 良かったことはある。

 側近候補としての教育は王宮で行われるため、時間が合えばあの方に出会えるようになったのだ。


「ティリアン様っ!」


 背筋良く、しゃんと歩いている紫髪の『推し』を王宮で見つけて、とっさに呼び止めてしまった。

 私は遠くから眺めるだけで良かったのに、尊い名を口にせずにはいられない性分だったらしい。

 彼の足の止め方、振り返る首の角度。横顔も大変麗しい。


「どうも。オーカー嬢も訓練に参加するのか?」

「はい、志願したので。一刻でも早くティリアン様のお背中を守れるよう、精進します」

「お、おう……よろしく頼む」

「お任せください。ティリアン様が生きておられることが私の喜びですから」


 彼の端正なお顔にうっとりしながら、己の使命を噛みしめる。

 我が推し、ケルメス・ティリアンは辺境伯爵の三男だ。家を継ぐ可能性はかなり低いため、幼少期から国の防衛に重きを置いている。

 開戦したら帝国に寝返る要注意人物だ。

 悪堕ちして、主人公に殺してほしいと懇願こんがんするシーンも胸に来るものがあったが、生きている推しこそ素晴らしい。

 存命していれば続編に登場する可能性があるし、グッズ展開もしやすいのだ(続編、グッズとは何ぞや?)。


 生きている推しを応援するために私は生きている。


「俺のような若輩者を思ってくれるのは貴方ぐらいだ」

「好きなものを好きって言わないで、後悔したくないのです」


 彼の動きが止まった。

 どうしましたかと顔をのぞき込んだら手で邪魔されたので、私はむきになって彼の腕を引いて歩き出した。

 おさわり厳禁とわかりつつも、手を握ってみたいという欲望に理性は半年しかもたなかった。むしろ半年も持ったのだとめてほしい。


 あのガーデンパーティーからの付き合いであるため、ある程度は許容されているけれど、未婚かつ婚約者もいない男女としては距離を詰めすぎだと頭の隅っこでは理解しているつもりだ。

 お父様とお母様も私の好きなようにさせてくれる。保護者同伴のお茶会等で、ティリアン辺境伯爵夫妻と話し込んでいる姿を見かけた。親同士で積もる話があるからと、たまに推しと二人っきりにされた。生きている心地がしなかった。


 推しが隣にいるだけで色付く人生。

 端から見れば気持ち悪いことを考えていたせいか、斜め後ろにいる推しがどんな顔をしているかなんて思いもよらなかった。




 十二歳。お父親が書斎で学校の話を持ち出してきた。

 学校とひとくくりでいっても、王都にある国立学校の他に、騎士学校、魔術学校、淑女学校といった専門学校もある。

 今まで領地と王宮で学んできたが、同年代の子どもたちと積極的に交流しておくのもありである。


「お父様、ティリアン様はどちらに入学されるのですか?」


 推しは一歳年上だったと記憶しているが、彼が入学したという話はない。直接本人に確認にするのも気が引けて、そわそわしているうちに一年が過ぎようとしていた。


「ティリアン辺境伯爵子息はナイル殿下とともにアルブス国立学校へ入学される予定だ」


 ナイル殿下とは、ガーデンパーティーに参加していた第一王子のことだ。

 お父様の瞳がすっと細められたので、次に続く言葉を待つ。


「ところでお前はケルメス・ティリアンをいているのか? 婚約の申し込みは――」

「いいえ! 婚約など恐れ多い。私はティリアン様をお守りし、健やかな人生を送れるよう、お側で見守りたいだけなのです」

「婚約すればかたわらで一生支えられるぞ」

「ですからお父様、そうではないのです。私は見返りや、伴侶という立場が欲しいわけではありません」

「見返りをいらないとは……我が娘ながら強欲に育ったものだ」


 ああ、そんな風に思われているのかと顔が一気に赤くなる。


「ち、違うのです……お父様」

「はっはっは、よいではないか。彼は鍛錬への姿勢も真面目で評判も高い。応援するぞ」

「お父様のわからずや!」


 私は礼儀を放り投げて、走り去った。

 気分は正義の味方に負ける悪役である。

 あるいは捨て猫に餌をあげていたところを目撃された不良であった。

 使い方が合っているかどうかは、もう一人の私が判断してくれるだろう。




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◇学校に入学しますか?

 →はい

  いいえ


◆生まれが貴族であり、ステータスが規定値を超えているため試験に合格しました。


◇入学する科を決めてください。

  政治科:帝王学に触れ、人々を先導する手段と心構えを学びます。

  経済科:お金の流れや事業運営について学びます。

  司法科:国内および他国の法律について学びます。

  騎士科;心と体を鍛え、騎士道精神を育みます。

 →魔術科:魔導に触れ、新たな真理を探しに行きます。

  淑女科:目指すは屋敷の裏当主。

  ××科:(選択不可)


◇『魔術科』でよろしいですか?

 →はい

  いいえ


◆入学おめでとうございます。


◆称号を入手しました。

  魔術科学生 ;(入手条件・魔術科に入学する)

  魔術科の奇才:(入手条件・魔術科入学時点でステータスが一定値以上)

  一途    :(入手条件・学校入学時点で、友好度一定値以上の人物(家族を除く)が一人しかいない)

  婚約者募集中:(入手条件・学校入学時点で、婚約者がいない)

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