03ゲームについて
『ゲーム』という動く箱の中で、人をあやつる夢を見た。
ゲームを動かす手はやせ細り、視界を邪魔する前髪はオリーブと違って黒かった。髪の色が違くとも、この子は私であった。
便宜上、ゲームで遊ぶ私を『もう一人の私』、『もう一人の私』があやつる人間を『主人公』と呼ぶことにする。
もう一人の私は画面の中にいる主人公を
箱の中をぼんやり眺めているうちに、同じやりとりが繰り返されていることに気付いた。
ゲームを最初から始める際に、己の分身となる主人公の『性別、容姿、出身地(身分)、能力適正、名前』等を決めていく。
最終的には名前を決めるのが面倒になったのか、いつも同じ名前にしていた。
平民から始まった場合、ゲーム開始時の所持金は少なく、名声も低い。とはいえ他の身分よりも冒険に出られる時期が早く、厄介な行動制限もないため、最終的に高レベルに到達しやすい。
貴族の出自を選ぶと、社交を適度にこなさなくてはならない。たまに重要な選択を
幼い頃から高い教育を受けているため、能力値は全体的に高いが、社交シーズンや領地に戻るためにパーティを一時期的に離脱する者が多いのも特徴である。
最後の王族。それは修羅の道の始まりである。他の出自ではいないはずの王の庶子が登場し、場をかき乱すのだ。
他の王族との友好度が高ければ、血を分けた兄弟姉妹として仲良くなれるが、そうでない場合は王宮に渦巻く計略に巻き込まれてしまう。
国民から望まれて王になるか、暗殺されたり野垂れ死にしたりするかどうかは、どのような筋書きを
おおまかな流れを理解して、主人公の行動がわかるようになってきた。
彼女(主人公は毎回女性)は辺境伯爵子息三男ケルメス・ティリアンに
身分により最初の出会いは変わるが、数奇なめぐり合わせにより学校に入学する時期は一緒で、学友として数年間過ごす。
卒業までに友好度を一定以上高めると、彼も心を開いてくれるようになる。
――とあるイベントが起きるまで。
問題のイベント《ケルメス
ケルメス・ティリアンが何の予兆もなく人前から姿を消し、消息を
数年後、王国と帝国で戦争が始まる。とある戦場で主人公とケルメスは再会し、命を奪い合う。
ゲームにはセーブとロードという機能があり、もう一人の私はあらゆる可能性を試した。
ケルメスに勝ってみたり、負けてみたり。ときにはターン制限をもうけたりして、シークレットミッションがないか探していた。
再会記念戦闘はイベント戦闘というらしく、規定ターンを過ぎると戦闘が強制終了する。
余談だが、勝利しても戦闘後の会話がやや変わるぐらいで大筋の流れは変わらない。
戦争が続く間に何度も
そのときの台詞をもう一人の私はお気に召したようで、勝つたびに泣いていた(最終戦闘で敗北するとゲームオーバーになるので、どんなに心苦しくても勝たなくてはならない)。
戦争を途中離脱した場合、ゲーム終盤でケルメスの死亡を風の噂で耳にする。
どこぞの馬の骨に殺されるぐらいならば愛を持って引導を渡してあげようと、主人公は戦いから逃げなかった。
それでもあきらめずにくり返しているうちに、もう一人の私は彼を救えないことに疑問を持ち始めた。
フリーシナリオをうたったRPGとはいえ、多少の制限はあった。
恋人候補以外とは恋人関係になれず、既婚者と危うい関係になるなど言語道断。
定期的なアップデートにより恋人候補とのシナリオが増えることはあれ、結婚できない相手というのは存在した。その上、一度恋人になるとゲームをクリアするまで関係を解消できなかった。
初めは彼を救いたい一心だったのだろう。もう一人の私は食事中や寝る前の時間に、シナリオに穴がないか考えていた。やがて生活の一部となって、すさんだ生活の救いにしていった。
心をすり減らしてまで日常生活を頑張って、やっと家に帰れたら、休息もそこそこにして彼について考える日々。
もう一人の私は壊れかけていた。死因さえも覚えていない。
守りたいという気持ちが今の私に引き継がれたのは必然だったのだ。
紫に赤という皇位継承権を持つ色を宿して生まれたせいで、戦争に巻き込まれる彼を、今度こそ守ってみせる。
「あ……」
決意をノートに書き残したら、突如手が震え、万年筆を握れなくなった。
震える手をもう片手で包んでも、震えはなかなかおさまらなかった。
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