事後処理

 櫛森はレイ・ドナントに連絡を入れた。


「屋敷に刑事が来たんだ」


「──ほんで?」


「今後あの刑事が僕に目をつけることがないか、よく見ておいてくれ」


「oleを便利道具みたいに使うんはやめいや」


「あと、あの刑事が僕を嗅ぎつこうとしないように計らってくれ」


「そんなんできるかいな」


「警視庁刑事部長が何言っているんだ」


「こっちはたんまり仕事抱えとんねん」


「アイアンとか磨いてる方がアニメのお偉いさんっぽいぞ」


「……ほんま?」


「ああ、それからこういうお願い事にも渋々了解すると尚よろしい」レイ・ドナントは電話口でしばらく沈黙していた。ペン回しをしては落っことしている音は聞こえてきた。


「しゃあないわ。しょうがないから引き受けたるわ。別にクズのためなんかじゃないんだからね」


 櫛森は刑事二人の特徴を教え、該当する刑事を絞っていった。角刈りの方の名前は『犬銅いぬどう』と言い、若い刑事は『金村』という名だった。


今銀いまがねって人はいるか?」

「おらんけど、なんで?」

「忘れてくれ」


 櫛森は今後の対策として、先隣の空き家に目をつけた。対策とはもちろん、櫛森邸が警察の目に届いたことである。彼は街の不動産に行き、空き家が売りに出されているのかを確認した。買いたい旨を伝えると、喜んで手続きに応じてくれた。


「もともとはご高齢の夫婦が住んでいたんですよ」と事務員が言った。


「ご主人が亡くなって、奥さんもその後家を出ました。老人ホームに移ったりしたのでしょう。家は息子さん夫婦が相続したのですが、取り壊しの費用を払えなくて、そのままなんです」


 空き家の数と同じくらいあるよくある話だった。


 滞りなく手続きを終えると、害獣駆除の業者に連絡した。ハクビシンやネズミを外に放つわけにはいかない。

 それから解体作業をお願いしたが、これでも綺麗さっぱりとはいかなかった。雑草は生い茂り灌木は倒れ、土地はまだ荒地のままだった。庭の剪定のためにさらに業者に依頼し、荒地を更地にした。


 空き家を買った1ヶ月後、櫛森は以前と同じ不動産に足を運んだ。


「あの土地を売りたいんだ」


 事務員はよくわからないと言った顔をした。



・・・・・・



「私にはなぜわざわざ更地にしたのか分かりません」とマイルズが言った。

「空き家だった時の方がそちらに目が言って、この屋敷の存在を隠せるように思えるのですが」

「話はそう単純じゃないんだ」


 おそらく感覚的なことなのかもしれないとマイルズは思った。そしてそれはその通りだった。櫛森には明確に理由はあったが、それを言語化するにはあまりに物事は複雑に絡み合っていた。彼がやったことは、ほどくようなことではなく、意図的に絡ませることなのだ。


 土地を売却後に、櫛森は売地の看板のデザインにも口を出していた。赤と白の割合や、文字の大きさなどなど。それも、屋敷のカモフラージュには大事な要素だった。


「そもそも、引っ越せばよかったのではないですか?」と言うと、これにも櫛森は首を振った。

「できないんだよ」


 マイルズはこれ以上訊くのはよした。櫛森の方も、これ以上何を訊かれても大した回答はできないぞという空気感を出していた。


「それで東京観光はどうだったんだ?」


 櫛森が空き家を買い、買った空き家を更地にして土地を売るまでの間、マイルズは東京観光をしていた。たんまりとお土産を抱え、そこにはヴァネッサに言われていた燕尾服とモーニングとタキシードも一揃え含まれている。彼らは異世界から戻ってきた目的を忘れてはいなかった。


 事後処理も終わり、櫛森とマイルズは異世界に戻ることにした。目的は達成されたのだ。


 暗い廊下を渡り、彼らはまた異世界に歩き出した。こちらはすでに日が落ちかかっていたが、異世界はまだ明るかった。二人でホテルの方に向かうと、ホテルは荒縄で囲われ、看板が建てられていた。


「マイルズ、訊くまでもないがこれは何て買いてある?」

 マイルズは青白くなった顔して答えた。

「『売地』と書かれています」


 櫛森はそのまま縄を跨ってホテルの中に入った。建物の中は以前に増して埃が増しているように思えた。マイルズが先行して事務所の方まで行くと、ヴァネッサと橘立花がいた。


 二人はこちらに気づくと、血相変えて櫛森に迫った。


「何があった?」


 半泣きのヴァネッサが、自分を卑下している中、橘立花が答えた。


「及川さんが奴隷にされてしまいました」


 彼は本当に奴隷になるために生まれてきたんじゃないかと、櫛森は思った。

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