第5話 ばけものの棲家
「かえりたい、かえりたいよう……」
この街の路地裏からはそんな声が聞こえてくるという。
一体誰が、何処から帰りたいのかなど皆目検討もつかないが、兎に角、この男はこれの調査をしろと依頼を受けたようだ。
「こんな不気味な所、長居したくはないんだがねえ」
と、無精髭を擦りながら煙草をふかして歩いていた。この男は元来、本気で調査する気はないのだろう、何やら別の事を考えているようであった。
「あんなの、大概ホームレスか何かだろう。まあ適当に調べて金を取れば少しは足しになるだろう」
そんな下賤な事を考えているときにふと、小さな声がした。
「かえりたいよう……」
幻聴かと思ったのであろう、男は一瞬振り向くも、直ぐに前に歩き出した。
「よく聞こえるのは此の辺りだな」
人通りはあるものの、殆どが現実を見ていないここでは、男のことを気に掛ける人間などいやしない。だから、人が一人消えてしまおうが、誰も気が付かない。
「かえりたい……かえりたいよう、かえりたい……」
びくっ、と男は肩を震わせた。
「何なんだ、今のは……」
男の反応は正しいと言えるだろう、その声は男の耳元からしたのだから。
男はゆっくりと、振り返る。そこには、小学校低学年ほどの、背の低い少年が居た。
「なんだ、迷子かよ……ボウズ、おじさんと一緒に帰るぞ」
男は、その少年の手を取った。
「本当?かえらせてくれるの?」
「勿論だ!ボウズの家はどっちだ……っと、まずは警察だなあこりゃ」
煙草をふかして、男は呟く。男は少年を迷子だと思っている。そう、思い込んでいる。
「僕の家は、こっち」
と、唐突に少年は男を路地裏へと引っ張る。
絶叫。
流石にその悲鳴には気づいたのか、何人かが駆け寄ってくる。
「あ、ああ……あぅ……あ、ぃあ」
後々、男は「扉があった、誰しもの家のような、普通の扉が。だが、その先に……」
男の目は恐怖に満ちていた。そこからは話そうともせず、思い出そうとしては悲鳴を上げるばかりであった。
男の目は、あの路地裏の奥に何を捉えたのか。
真実は、誰も知らない。
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