第2話

「今日ここで、全てを改めよと仰せだと。流石に殿下は世をお知りで感服致します」


 目に見える光景には目を奪われる。

 なにせそうだ、人の手の通わぬ大地と緑と。その様はなんと雄大だ。

 生い茂る事限り無く、その森に矮小な人間など挟み込む術は無い。あふれ出る涙は大地に帰らず。

 唯一の人工は掘っ立て小屋のようなボロ屋敷。

 屋敷? ……屋敷だろう、貴族が住めば。


 我が家名に傷者あり。

 しかし、王族の勅命ちょくめい故に切り捨てる事叶わず。

 それが、今の私でしょう。明日の私とも呼べる。喜ばしい事に明後日以降も同じだ。


 私を吐き捨てた馬車の遠ざかる音が心地よく響く。

 悪しき魔を討った騎士の如く凱旋の気分を、恐らく手綱を握りしめて味わっている事だろう。

 その姿を見るのは森の木々達だが、果たして……。


 夢から醒めましょう。


 誰かが言った気がした。




「こちらにお顔を拝見させて頂きたい」


 振り向けば、そこにいたのは。……どちら様?


「この俺に、いえ、貴女がお気になさらないなら仕方がない」

「失礼ながら、見ての通りの女です。お声を掛ける相手はこの森になぞいらっしゃらないはず」

「そんな、そんな事は無い! 俺が、俺がここにッ!!」


 その見目の良い殿方は必死だった。


「落ち着きになられて。貴方様の気安いお言葉でお声を下されば結構。

私はただ、森の木に過ぎません」


 そう言うと、少しだけ落ち着いた様子を見せた。


「では、まずはお名前を。そしてこの私に何か御用でも?」

「え、ああ。俺は……」

「はい、何でしょうか?」

「ウイル。……そう、ウイル・ティリーク。この森に立ち寄った男だ」

「そのティリーク様がどのような気まぐれで、このウドにお声を?」

「そうような卑下はご遠慮願いたい。貴女は木は木でも立派な大樹であるはずだ。それに、貴女は聖女。ならばその身に宿すは、精霊や神霊に近い力ではないのか」

「ふむ、どうでしょう? それは、そのようにお考えになられるのは、私が魔女だからですか?」

「違う。……貴女は美しい」


 たわむれの言葉を下さったその殿方の容姿は、まさしく美麗だ。

 袖から、首元から覗かせる白磁の肌に透ける様な水色髪。切れ長の目元からは鋭い眼光が覗く。

 その口元は微笑みを称えているが、どこか冷徹に映る。まるで氷の彫像のような美しさだ。

 

 しかし、どなたか? とんと見覚えは無い。

 私を聖女と呼んだ。何故?

 もしや、その容姿を見込まれた何処ぞの貴族様の影武者かアサシンか。

 であれば、私の命運もここまでか。あの王子は、私に死ねと言ったも同然なのだ。

 王都から追放された時点で、もう私には帰る場所なぞ何処にも無かったのだから。


「この身を捧げればお終いですか? それも良いでしょう。都合の良い事に人が訪れるはずも無い森だから」


 魔女が最期に美丈夫に討たれるというのは、身分を超えた演目になる。

 そこに平民も貴族も無い、大団円の物語だ。さぞ面白いだろう。残念ながら当事者なので舞台を眺める事は出来ないが。

 しかし、殿方が発した言葉はこちらの予想に無いものだった。


「貴女がその身を惜しまないと言うのなら、俺が貰い受けてもよろしいか?」


 アドリブが利きすぎた役者は、大成するのかしないのか。

 この大根にはわからない。

 だが、それがお望みならば乗ってみせよう、下手の横好き。


「鳩は飛んだ。今はそれが精一杯らしく、次が見えておりません」

「寄り木からなろう。俺もそれが精一杯だ、今の所は」


 私達は意気投合した。




 らしい。

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