第118話 言いましたけどおおおっ!?
「小野っ! 王女様を連れて逃げるんだっ! 俺が時間を稼ぐ……っ!」
長谷川が声を震わせながらも叫んだ。
「ハセガワ様っ!?」
「あなただけは絶対に死なせない……っ! う、うおおおおおおおおおおおっ!」
裂帛の声を振り絞りながら、長谷川は正面から悪魔へと突っ込んでいく。
「ににに、逃げますよおおお……っ!」
その覚悟を汲み取って、小野がセレスティアの手を引いて走り出す。
「っ……」
セレスティアもまた硬直していた自分の足に鞭を打って、懸命に駆け出した。
「――」
「させるかよおおおおっ!」
逃げようとした二人に照準を合わせ、また魔力のレーザーを放とうとした悪魔だったが、その前に長谷川が渾身の斬撃を繰り出していた。
ザンッ……。
悪魔の身体に傷がつく。
「……ッ?」
まさか脆弱な人間にダメージを与えられるとは思っていなかったのか、悪魔の意識が長谷川の方へと向いた。
「今のうちに逃げてくれええええ……っ!」
そんな長谷川の絶叫を背後に、セレスティアと小野はこの祭壇の間から飛び出していた。
直後にぐしゃっという何かが潰れるような音が響いて、長谷川の声が聞こえなくなったが、後ろを振り返ることなく一目散に駆けていく。
「おっ、王女様っ! 前方に魔物がいます……っ!」
「戦っている暇はありませんっ! 無理やり突破します……っ!」
二人の前に立ち塞がった魔物の群れを無視し、何とか通り抜けた。
そのまま全速力で走り続ける。
「う、うぅぅぅっ……何でこんな目に遭わなくちゃいけないんですかああああっ!」
「オノ様っ!?」
突然、小野が泣き出したのでセレスティアは面食らった。
悪魔を振り切ったと思って安堵し、ギリギリで耐えていたものがここにきて決壊したのだろう。
当然まったく安心できるような状況ではない。
「ま、まだ泣いている場合じゃありませんっ! もしかしたらすぐ背後に――」
ぐりゃり。
「っ!?」
すぐ隣を走っていたはずの小野の身体が潰れた。
周囲に血が飛び散り、セレスティアもまたその一部を浴びてしまう。
慌てて走るのをやめ、槍を構えるセレスティア。
もちろん振り返ったそこには彼女を追ってきた悪魔がいて、上半身が潰れた小野がもはや泣くこともできずに地面に倒れ込んだ。
「(私はここで、死ぬのですか……)」
もはや彼女一人でやれることなど何もないことは明白だった。
小野の身体が光となって消えていく。
勇者である彼女は、たとえ死んだとしても復活することが可能なのだ。
だが勇者ではないセレスティアに、そのような奇跡は起こらない。
「(ああ、神よ……どうか……どうか、お助けください……)」
もはやただ神に別の奇跡を祈るしかなかった。
「(私にはまだ、やらなければならないことがあるのです……こんなところで、死ぬわけにはいかないのです……どうか……)」
死への恐怖もある。
しかしそれ以上に切実だったのは、王女としての使命感だ。
果たして神が本当にその祈りを聞き届けてくれたのか――
足元に穴が空いた。
「……え?」
先ほどまで神殿内の硬い床だったはずだ。
それが何の前触れもなく、突如として彼女が乗っていた部分だけに穴が空いたのである。
一瞬の浮遊感。
セレスティアはその穴に落下し、目の前にいた悪魔の姿が消えた。
「きゃああああああっ!?(いや確かに助けてくださいって言いましたけどっ!? 言いましたけどおおおっ!? さすがにこれは無理やり過ぎませんか神様ああああああああああっ!?)」
思わず悲鳴を上げながら落ちていく。
このまま穴の底に激突するかと思われたが、
「よっと」
ばしっ。
「へ?」
身体を受け止められていた。
「……大丈夫か?」
恐る恐る顔を上げたセレスティアのすぐ目の前に、見知らぬ少年の顔があった。
「ど、どういうこと……ですか?」
理解できない状況に、思わず質問に質問で返してしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます