第117話 俺が時間を稼ぐ……っ!

 最初に異変に気づいたのは、やはり【レンジャー】の小野だった。


「な、何か、禍々しい魔力が膨れ上がっています……っ!」

「っ?」


 その言葉に不穏な予感を覚えて、セレスティア王女は思わず手を止める。

 彼女の奮闘もあって、すでに刺客の大半が絶命し、残るは数人を残すのみとなっていた。


 ドオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!


 突然の爆音。

 響いたのはこの部屋の奥の方からだ。


「一体何が……っ!?」


 急激に背筋が寒くなり、なぜかガタガタと歯が鳴り始める。


「(これは、まさか恐怖……? で、ですが、まだ何が起こったのかも分かっていないというのに……)」


 本能からくる恐怖だろうか。

 経験のない現象に、思わず後退るセレスティア王女。


 それはどうやら勇者たちも同様らしく、彼らも一様に動きを止めて身体を震わせていた。


 と、そんな彼らの前に。

 柱の陰から姿を現したのは。




「「「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」」」




 一瞬で戦意が吹き飛んだ。

 生物としての格が違うと、見ただけで悟ってしまったのだ。


 セレスティア王女が呻くように言った。


「あ、悪魔……」


 肌は青と灰色の中間のような色合いで、身の丈は五メートルほど。

 人型ではあるが、頭部には野太い角が生え、背中からは蝙蝠のような翼が、臀部からは尻尾が伸びている。


「魔界に棲息する、悪魔が……なぜ、こんなところに……しかも、この存在感……明らかに、上級悪魔……」


 と、そこでセレスティアはようやく気づいた。

 上級悪魔が現れた柱の向こうに、複雑怪奇な魔法陣が禍々しい輝きを放っていることに。


「召喚魔法で、呼び出したというのですか……っ!」


 その巨大な悪魔の手から、人間の足が生えていた。

 そう思いきや、悪魔が手を開くと木の枝のように細くなった人間の上半身が露わになり、地面に落ちてぐしゃりと崩れた。


 よく見ると悪魔の背後に、ぐしゃぐしゃになった人間の死体が転がっている。

 恐らくは悪魔を呼び出した召喚師たちだろう。


 硬直する王女一行へ、その悪魔がゆっくりと近づいてくる。


「な、何なのよ、あんたはっ!? やろうってのかっ!? ああっ!?」


 いきなり震える声で叫んだのは【モンク】の上田だった。

 明らかに虚勢と分かる咆哮だったが、そうでもしなければ恐怖で押し潰されていたのだろう。


 次の瞬間、悪魔の姿が掻き消える。

 かと思うと、上田の上半身が宙を舞っていた。


「……え?」


 空中を飛びながら、上田がそんな声を漏らす。

 視界が急に切り替わって、まだ自分に何が起こったのか、まったく理解できていないのだろう。


 一瞬にして距離を詰めてきた悪魔が右腕を振るい、上田の身体を吹き飛ばしたのだ。

 ぐしゃりと上半身が近くの柱に激突した後、残った下半身がゆっくりと倒れ込む。


「「「っ!?」」」


 目の前で起こった信じられない出来事に、セレスティアも残る三人の勇者たちも、言葉を失って立ち尽くす。


 無限とも思える短い時間の後、最初に動いたのは【魔法剣士】の渡部だった。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああっ!?」


 男とは思えない甲高い悲鳴を上げ、一目散にその場から逃げ出したのである。


 王女様を護ると宣言したにもかかわらず、自分一人が先んじて逃走するなど情けない限りだが、それを咎める者はこの場にいなかった。

 それどころか、この直後にむしろ誰もが渡部に同情することになる。


「――――」


 ズドンッ!!


「あ……」


 悪魔が放った魔力のレーザーが、逃げる渡部の背中を貫いたのである。

 心臓を貫く風穴が空いた渡部は、そのまま悲鳴も上げることなく倒れ込み、絶命した。


 強すぎる。


 この場にいた誰もが戦慄し、呆然とするしかない。

 セレスティア王女すら、もはや対処したらいいか分からず、わなわなと唇を震わせるだけだ。


 だがそんな中、怖気を振り払って声を張り上げた者がいた。

 長谷川だ。


「小野っ! 王女様を連れて逃げるんだっ! 俺が時間を稼ぐ……っ!」


―――――――――――――――

『生まれた直後に捨てられたけど、前世が大賢者だったので余裕で生きてます』の第5巻が、5月15日(水)に発売されました!(https://www.earthstar.jp/book/d_book/9784803019476.html)

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