第113話 すでに覚悟はできていますから
その日、セレスティア王女の一団が、王国南西にある古代神殿に辿り着いた。
ここまでは大勢の騎士たちに護られての旅路だったが、神殿内には限られた人数しか立ち入ることが許されていない。
「皆さん、ぜひよろしくお願いいたします」
「は、はいっ、こちらこそっ!」
予断を許さない状況でありながらもその素振りを見せないセレスティアに対して、神殿内への同行者の一人に選ばれた勇者である長谷川は、明らかに緊張していた。
「(って、俺の方がこんな調子でどうするんだよっ!)」
返事が裏返ってしまったことに気づいて、心の中で自らを叱咤する長谷川。
しかし彼の平凡な人生の中で、こんな大役を任されたことなど一度もなく、動悸がまったく収まらない。
「(俺以外も、あんまり頼りにならないやつらばっかりだしよ……)」
同行者四人は、全員がグリフォン級の勇者たちだ。
【剣豪】のジョブの長谷川正紀。
【魔法剣士】のジョブの渡部隆史。
【レンジャー】のジョブの小野由紀。
【モンク】のジョブの上田志穂。
ドラゴン級に劣るグリフォン級といっても、あくまで勇者基準の話。
一般的には、超一流の戦士になり得るポテンシャルを持ったジョブであり、こうして列記してみるとツワモノぞろいに見える。
「(……確かに見栄えは悪くない。けど、中身はあくまで平和な世界で生きていた高校生だからな……俺含めて……)」
【魔法剣士】はその名の通り、魔法と剣の両方に秀でたジョブだ。
だが渡部はクラスカーストの底辺グループに属するような男子で、あまり運動が得意ではなく、部活も文化系。正直ピンチのときに真っ先に逃げ出しそうな印象がある。
【レンジャー】は探索や斥候などに長けたジョブで、軽い治癒系のスキルも習得できるため、冒険においては非常に有能なジョブである。
しかし小野は感情的で、しょっちゅう怒ったり泣いたりしている、少し情緒不安定な女子だ。
【モンク】は格闘と回復、いずれもこなせる万能ジョブで、高い耐久力も魅力的だ。
ただ、上田は小柄な肥満体型で、見た目通り運動はからきし。
女子からは嫌われているが、男子に対してはやたら高圧的な女でもある。
「(このメンバーたちの中だと、俺が一番マシかもしれん……が、頑張らなければ……っ!)」
そうして王女と勇者たちは、古代神殿の中へと足を踏み入れた。
「代々の王族たちが挑戦している神殿ですが、この試練を乗り越えることができずに亡くなってしまった者も少なくないそうです」
「ひぇっ」
セレスティア王女の言葉にビビったのは、【魔法剣士】の渡部だ。
「ですが、ご安心ください。皆さんは勇者。仮に死んだとしても、生き返ることができるのですから」
長谷川は恐る恐る口を開く。
「お、俺たちはそうかもしれません。けど、王女様はそうじゃないですよね? 不安は、ないんですか……?」
意外な問いだったのか、セレスティア王女は少し驚くような顔をしてから、
「……そうですね。王族に生まれてきた時点で、すでに覚悟はできていますから」
その返答に、長谷川は息を呑む。
「(俺たちとそんなに変わらない歳だっていうのに……)」
同年代とは思えないセレスティア王女の姿に、長谷川はいかに自分たちが平和な世界で安穏と生きていたのかと痛感させられた。
「(この人は絶対に死なせてはいけない……っ! どうせ死んでも生き返るんだから、死ぬ気で護らないと……っ!)」
決意を新たにする長谷川。
それを知ってか知らずか、セレスティア王女は柔和に微笑んで、
「でも、皆さんがいてくださっていますからね。きっと大丈夫だと信じています」
先ほどまでビビっていた【魔法剣士】の渡部が、鼻息を荒くした。
「お、おれっ……頑張る……っ! 王女様を、絶対に護ってみせるから……っ!」
「ふふ、ワタベ様、ありがとうございます」
抜け駆けされた気持ちになって、長谷川も慌てて言葉にする。
「俺もっ! 王女様を全力で御守りします……っ!」
一方、女子二人は「男って単純……」という顔をしていた。
「(それはそうと、金ちゃんのいう助っ人って、何なんだろうな……? 誰にも分からないように同行させるって言ってたけど……近くに誰かいるようにも思えないし……)」
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