第103話 意外と優しいじゃないか

 田中の頭を消し飛ばすと、胴体の方もゆっくりと消えてなくなっていった。

 身に着けていた衣服だけがその場に残される。


 どうやら勇者の身体は死ぬと消えるようだ。

 武器やアイテムなどは見当たらないので、やはり収納系の能力によって、生き返っても引き継げるのだろう。


「父上の……日誌だ……」


 レインが呟く。

 どうやら田中が渡したのは、レインの父親でもあった当時の近衛騎士団長が、日々の訓練の様子などを記録した日誌だったようである。


 内容としてはもちろん騎士団での話ばかりだったが、それでも涙を流しながらそのページをめくっていくレイン。

 すると最後のページで、彼は手を止めた。


「これはまさか……ぼくへの……」


 そこにレインの父親が死の間際、リッチの弱点と共に残した最後の言葉が書かれていたのである。


『愛しい我が子よ。ろくに構ってやれなかった父を許してくれ。そしてこの国の騎士としては不心得な願いかもしれぬが、平和な他国に逃げてほしい。お前には父の分まで、幸せに生きてもらいたいのだ』


 レインの目から涙が零れ落ち、仲間たちも泣き出す。


 ――だからオレたち勇者に任せておけっつっただろーが。


 俺は先ほどの田中の言葉を思い出していた。

 きっとあいつはこの日誌の示す人物がレインだと分かっていて、それで同行を許さなかったのだろう。


「田中のくせに、意外と優しいじゃないか」


 思わずそう苦笑した、そのときだった。


 ブオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


 いきなり凄まじい上昇気流が巻き起こる。

 一体何だと狼狽えていると、その気流が空中に集束していき、青白い影のようなものを形成した。


 それはゴーストだった。

 しかもその姿は、


「リッチ!?」

「あははははははははっ!」


 向こう側が透けた青白い身体で、リッチが笑い声を響かせる。


「まさかあれで僕を倒せたとでも思ったのかい? 僕は最上級アンデッドだ! その気になりさえすれば、ゴーストにだってなることができるんだよねぇ!」


 思いがけないリッチの復活に、レインたちが涙を拭って叫んだ。


「くっ……彼女の死を無駄にしてたかるか! ゴーストに物理攻撃は効かない! 魔法を放て!」

「「「はっ!!」」」


 魔法を使える騎士たちが、一斉に攻撃魔法を発動した。

 だがリッチゴーストは俊敏に空中を飛び回って、それらを軽々と回避する。


「無駄だよ無駄っ! 肉体の枷から解き放たれた僕は、稲妻のように速く動けるんだ! そんな魔法が当たるわけないさ! さあ、次はこっちの番だよ! みんな、集まってくるんだ!」


 そしてリッチゴーストの命に応じて、壁や床をすり抜けて次々とゴーストが姿を現す。


「できるだけ、原形を留めたままにしておきたいねぇ。あの勇者の女は逃しちゃったけれど、次にまたきたときに君たちの死体を見せてあげなくちゃいけないか――あれ?」


 意気揚々と悪趣味な展望を語っていたリッチゴーストだが、その身体の一部が消失した。


「な、何が……?」


 さらにまた別の部分が消し飛ぶ。


「っ!? おい、何をしたっ!? 僕のこのゴーストの身体が、消されているなんてっ!?」


 目に見えないのも無理もない。

 なにせ俺が遠隔でやつの身体に掘り攻撃を喰らわせているからだ。


 これがゴーストに効くのは確認済みだからな。

 しかも攻撃魔法と違って飛んでくるところが見えないため、回避するのも難しい。


 ちょっと距離があるので威力が弱めだが、それでもどんどんやつの身体を削り取っていく。


「くそおおおおっ!」

「あっ、逃げやがった」


 だが逃げられてしまうと攻撃が当たらない。

 俺はすかさずやつを追いかけた。


「お前の仕業かあああああああっ!? だが、距離があると威力が落ちるようだねぇっ! そして壁をすり抜けて逃げたらどうだいっ!?」


 さすがに犯人が俺だと気づいたようで、壁を通って玉座の間から逃走しようとするリッチゴースト。

 俺はそのまま壁に穴を開けて一直線に後を追う。


「か、壁が消失したああああああっ!?」


――――――――――――

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