第95話 おいで、ぷぅちゃん

「生活拠点までちょっと距離があるからな。飛ばしていくぞ。ちなみに位置的にはバルステの王都の地下だ」

「は? んなとこまで行こうと思ったら、二、三日はかかるじゃねぇか」

「心配するな。俺が走ればすぐだから」


 そう告げて、俺は田中の身体を抱え上げた。


「ちょっ、てめぇ、何しや――」


 ぎゅんっ!!


「――ぬおおおおおおおおおっ!?」


 俺がいきなり急加速したので、田中が珍しく悲鳴を上げる。


「おいおいおいおいっ、この速さ、どうなってやがる!?」

「穴の中だと足が速くなるんだよ」

「出鱈目にもほどがあるだろっ!」


 バルステの王都までは二百キロくらいはあるはずだが、今の俺が全力で走れば、だいたい一時間ほどで着けるだろう。

 単純計算で、時速二百キロで走れるということになるな。確かに人間離れしている。


「しかもてめぇ、疲れねぇのかよ?」


 慣れてきたのか、普通に質問してくる田中。


「穴の中だとな」

「……」


 それから予想通り一時間くらいで生活拠点に到着した。


「おいおい、マジかよ。ガチで畑があるじゃねーか。それにあっちは果樹園か」

「向こうにはプールとかアスレチックなんかのある、広い遊戯場もあるぞ」

「しかし、【穴掘士】にダンジョンマスターか……正直、偶然とは思えねぇくらいの好相性じゃねぇか」


 どうやら俺が本当のことを言っていると信じてくれたらしい。


「魔物もこんな感じで作り出すことができる」


 俺は目の前でアンゴラージを一匹、生み出してみせた。


「ぷぅぷぅ」

「こ、こいつはっ……」

「ん? どうした? ああ、一応、アンゴラージっていうウサギの魔物だ」


 田中の名前にちなんでアンゴラージにしてみたのだ。


「アンゴラージ……」


 だが田中の反応はいまいちっぽい。

 まぁこいつが普通の女の子みたいに、モフモフの魔物を見て頬を緩めている姿なんて、想像すらできないけどな。


「……めちゃくちゃかわいいんだが?」

「え?」

「だ、抱っこしてもいいか?」

「別に構わないが……」

「……おいで、ぷぅちゃん」


 ぷぅちゃん?


「ふわぁ……なんて、柔らかくて……それにこの愛くるしい目……い、癒され過ぎる……」


 あの田中がアンゴラージを抱っこして、女の子みたいに頬を緩めているだと!?


 信じられない光景を目の前にして、俺は思わず自分のほっぺたを抓ってしまう。

 うん、痛い。夢じゃない。


 と、そんな俺の反応に気づいたのか、田中が睨みつけてきた。


「おい、何だその顔は? 何か問題でもあるか? あ?」

「ぷぅ……」

「ああっ、ごめんねっ、ぷぅちゃんっ……お姉ちゃん、怖くないからねぇ……?」


 とりあえず見なかったことにしよう。







 田中を子供たちに会わせたくないので、すぐにまた元いたところに戻ることにした。

 教育によくないからな。


「ちっ、だがやっぱ、外れこそ最強だったっつーことか。異世界漫画通りだぜ」

「たまたまダンジョンコアを発見して、それでこうなったわけだからな。単に運が良かっただけだ。【穴掘士】自体は恐らくそんなに強くないし、これだけだったら本当に外れ勇者のままだったと思うぞ」


 羨ましそうに舌打ちしてくる田中に、俺は首を振ってそう応じる。


「にしても、この地下ルートは便利だな。幾らでも掘って広げられるってことだろ?」

「ああ」

「つまり、古城にも地下から侵入できるっつーことだ」


 テレス王国滅亡の元凶となったアンデッド。

 そいつは現在、かつての王宮に居座っているらしい。


「正直、近づくだけでも一苦労なんだよ。なにせこの国はもはやアンデッドの巣窟だからな。次から次へとアンデッドが襲い掛かってきて、キリがねぇ。まぁオレの場合、隠密でほとんどの戦いは回避できるが、正直ずっと隠密状態を保って移動するっつーのも骨が折れるんだよ」


 確かに俺が少し散策しただけで、アンデッドと何度も遭遇したからな。

 しかも王宮に近づけば近づくほど、数が多くなるという。


「あの復興騎士団の連中が延々と足踏みしてやがる最大の理由は、正面から挑もうとしてる点だ。大量にいるアンデッドどもと馬鹿正直に相手してたら、疲弊し切っちまうに決まってんだろ」



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