第93話 死ななきゃ損だろ

 完璧に逃げ切ったかと思っていたのに、田中に捕まってしまった。


「マジか……どうやってこの穴にいると分かったんだ……?」


 恐る恐る問う俺に、田中はにやついた笑みを浮かべながら、


「くははっ、あんなのでオレを誤魔化せるとでも思ったか? オレのジョブは【シーフ】だぜ? お宝の行方なんて丸分かりだろ」

「……俺をお宝扱いするな」


 田中がこの異世界で与えられたジョブは、意外にもごくごく平凡なものだった。

 それが【シーフ】で、アイテムの探索や隠密活動などには長けているものの、戦闘能力的には決して高くない。


 加えて、忌み嫌われることも多いジョブでもある。

 そうしたことあって、勇者としてはユニコーン級。俺のゴブリン級を除けば、最低の評価だった。


 だがまぁ、脳内が漫画に汚染されたこいつだ。

 むしろ「悪くねぇジョブだぜ」と喜んだくらいである。


「にしても、てめぇ、なかなか面白れぇ能力じゃねぇか。確か【穴掘士】だったか? こんな速度で穴を掘れるとはよ。いや、たぶんそれだけじゃねぇな。あの素早さ、明らかにかなりレベルをあげてねぇと、あり得ねぇステータスだ。ゴブリン級とはとても思えねぇ」


 初見の少ない情報だけで、どんどん俺のことを推理していく田中。

 だからこいつは嫌なんだよ……。


「やっぱ外れこそ大当たりだったってわけか? ん? うおっ!?」


 そのとき田中の足元の地面が消失した。

 もちろん俺が念じ掘りで、穴を掘ってやったのだ。


 しかも普通の深さではない。

 軽く二十メートル以上はある。一度落ちてしまったら、簡単には戻ってくることができないだろう。


 だが田中がその穴に落ちることはなかった。

 というのも、俺と田中の身体を結ぶように、いつの間にか腰に縄が巻き付けられていたのだ。


「くく、詰めが甘ぇな?」

「……最悪だ」







 その後、全身を縄でぐるぐる巻きにされた俺は、田中に荷物のように抱えられて、復興騎士団の拠点に戻ることになった。


「同じ勇者だからそうかもしれないとは思っていたけれど……やはり親しい関係だったのか」


 レインが溜息混じりに言う。


「いやこれを見て親しい関係に見えるか? こんなヤバいやつと親密に思われるとか、心外にもほどがあるんだが」


 俺は全力で反論する。


「親しいっつーか、まぁこいつはオレの従順なペットだな」

「もっと酷い!」

「あ? むしろご褒美だろ。ちょっと変わり者の学校一の美少女に、ペット扱いされるんだぜ?」

「だから漫画基準で考えるなよ……」


 しかもこいつの変わり者レベルはちょっとどころではない。


「てか、田中は今まで一人で冒険してきたのか?」

「いや、何度かクラスメイトのペットを連れ歩いたこともあったぜ。ただ、オレが死に戻る間にどいつもこいつも逃げやがってよ」


 どうやら田中は最初に試し死にした後も、幾度となく死んで王宮に戻っているという。


「たぶん、もう五十回くらいは死んだか?」

「五十回!?」

「おいおい、何度死んでも生き返れるんだから、死ななきゃ損だろ」


 その死に方は様々あったようで。


「魔物に生きたまま喰われたり、蛇の魔物に水中に引きずり込まれて溺死したり、ゴーレムに踏み潰されての圧死とか、ダンジョンの落とし穴トラップでの転落死とか、リザードマンに槍で串刺しにされて死んだりもあったな。そうそう、傑作だったのが、ゴブリンどもに捕まって、全身の穴という穴を侵されながら死んだときだ。くくっ、さすがにあのときは女に生まれたのを後悔しそうになったぜ」


 どれもこれもトラウマになりそうな死に方ばかりである。


「普通の人間は一種類しか味わえねぇんだぜ? それを何種類も経験できるんだ。楽しくてしかたねぇよ」


 だがそんな死を厭わない冒険を続けてきたためか、一緒に召喚されたクラスメイトたちの中でも、断トツで高レベルになっているらしい。


「今のオレのレベルは43だ。死なねぇようにちんたらやってる他の連中なんて、まだ30にもなってねぇだろ?」


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