第91話 勇者様に対する態度かよ?

「バルステ王国も一度、協力してくれたことがあったんだ。大規模な騎士団を派遣して、ぼくたち復興騎士団との共同作戦で、元凶のアンデッドを討とうとした。だけど、作戦が失敗に終わってしまったばかりか、多くの騎士たちを失ってしまって……」


 それに懲りたのか、バルステ王国は以降、まったく関与してこなくなったそうだ。

 幸い〝夜〟の範囲が広がる気配はなく、放っておくのが得策だと考えたのだろう。


「そんなぼくたちにとって、バルステ王国での勇者召喚成功は僥倖だったんだ。勇者の力なら、祖国を取り戻せるかもしれない、と。……なのに」


 なのに?

 意味深な接続詞だったが、その続きを語る前に、レインが前方へと視線を向けた。


「あっ、見えてきたよ。あの街の中だ」


 そこは廃墟と化した都市だった。

 元はそれなりに大きな街だったようで、しっかりとした防壁で護られ、街の中には建物が数多く建ち並んでいる。


 どうやらその一画を拠点化しているらしく、後から作られたと思われる石の壁が、道を横断するように築き上げられていた。


 壁に取り付けられた、小さくて分厚い扉を潜り抜けて中に入る。


 広さはちょっとした広場程度だろうか。

 拠点の中心には頑丈に造られた教会があって、主にそこで寝起きしているという。


「今ここにはだいたい後方支援の人員も含めて、五十人ほどが暮らしているんだ。その大半がかつてはテレスで騎士をしていた者たちだ」


 ちなみにこの世界の騎士たちは、非常に少数精鋭らしい。

 というのも、戦闘系のジョブを持つ者と持たない者では、戦闘能力の差が隔絶しており、それゆえジョブを有する者しか、騎士などの戦闘職に就くことができないせいだ。


 全員がジョブを与えられる勇者と違って、異世界人はせいぜい十人に一人くらいしかジョブを授からないため、必然的に戦える者の数が少ないのである。

 しかも仮にジョブを得ても、勇者ほど希少で強力なジョブである確率は非常に低いという。


「ところで、まだ君のジョブについては聞かせてもらっていなかったね?」

「う」


 ……どうしよう。

 先ほどからの反応を見ていると、勇者とは何かあったような感じだが、同時に勇者に対する期待も感じられる。


 俺が【穴掘士】なんていう使えないジョブだとは、非常に言い出しづらいな。


「ちなみにぼくのジョブは【パラディン】なんだ。かつて近衛騎士団の団長を務めていた父とは同じジョブで、だからこそ父の無念を晴らさなくては――」


 と、レインがそこまで言いかけたときだった。


「くくくっ、また途中で引き返して、おめおめ戻ってきやがったのかよ。今のやり方じゃ、永遠に国なんて取り戻せやしねぇぜ?」


 頭上から降ってきた嘲りの声。


 げっ……この声は、まさか……。


 嫌な推測と共に顔を上げる。

 できれば外れて欲しかったのだが、残念ながら推測通りだった。


「田中っ……」


 罰当たりなことに、教会の屋根に座ってこちらを見下ろす一人の少女。


 見た目こそ美少女と言っても過言ではないのだが、中身はそれとは程遠い。

 クラスどころか、学年、いや、学校一のヤバい生徒。


 それが田中兎だ。

 子供にそんな名前を付けた親もだいぶヤバいよな……。


「お前っ……まだいたのかっ!?」

「おいおい、それがてめぇらの国を救ってくれる予定の勇者様に対する態度かよ?」

「黙れっ……お前などの手を借りずとも、我らだけで祖国を取り戻してみせる!」


 温厚そうなレインが、怒りを露わに叫んでいる。


 なるほど、だから俺が勇者と言ったときに、あんな反応だったわけか。

 こいつが最初に出会った勇者だしたら、むしろ頷ける反応かもしれない。


「ひゃはははっ! いい加減、諦めろよ? てめぇらみたいな脆弱な異世界人たちじゃ、何年かけても一緒だぜ。アンデッドにやられて死んじまった連中も、今頃は草葉の陰で泣き疲れて大欠伸してる頃だろうな。おっと、そいつらもアンデッドになっちまってるんだっけな? ひゃはははっ! ……ん?」


 とそこで、田中の視線が俺を捕らえた。

 ……よし、逃げよう。

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