第78話 いやお前は引っ込んでろ

「ああ……ご無事だったのですね、ミルカ様……こんなに大きくなられて……」


 目を潤ませたシャルフィアが、ミルカに近づいていく。

 戦士長としての役割を果たすことができず、人間の賊に奪われてしまった幼いハイエルフの子供。


 シャルフィアはずっとそのことを悔やみ続けていた。

 それが今、数年越しに、その子供を見つけ出すことができたのである。


 ただ、あろうことかそのシャルフィアを追い越して、真っ先に近づいていく者がいた。

 一ノ瀬だ。


「ああ……完璧すぎるエルフ幼女……じゅるり」

「いやお前は引っ込んでろ」


 感動の再会に水を差そうとしていた一ノ瀬へんたいを、俺は羽交い絞めで止めた。


 邪魔者を排除し、今度こそ感動の再会……と、思われたが。


「誰?」


 ミルカは首を傾げた。


「わ、私のことを覚えておられないのですか!?」

「覚えてないわ」

「そんなっ……」


 エルフの里を離れたときはまだ幼かったからだろう。

 仕方がないこととはいえ、シャルフィアにはショックが大きかったようで、



「うっ……おええええええええええっ……」



 最悪のタイミングで盛大にリバースしてしまった。

 ……感動の再会はどこに行った?


「……いきなりゲロを吐くような知り合い、いないわ」

「み、ミルカ様ぁ……おええええ……」







 うちのダンジョンで採れる毒消し草を食べさせると、シャルフィアの二日酔いがあっさり収まった。


「ダメ元でやってみたが、かなり効くみたいだな。まぁアルコールって、毒みたいなものだし」


 すっかり体調がよくなったシャルフィアだが、ミルカの目の前で嘔吐してしまったことに酷く落ち込んでいる。


「うぅ……やはり私はダメなエルフだ……」

「まぁ元気出せって」


 そんな彼女を慰めつつ、俺はミルカに事情を説明した。


「というわけなんだ。覚えてないかもしれないが、そのエルフの里がお前の故郷みたいだぞ」

「今まで何度かエルフって言われたことあるけれど、本当にエルフだったのね」


 話を聞き終えても、あまり驚いた様子はなく、淡々と納得したように頷くミルカ。


「ただのエルフではありません! あなた様はハイエルフなのです!」

「……そう」


 と、シャルフィアが勢いよく訂正するが、ミルカの返事はそっけない。

 続いて俺はミルカがなぜここにいるのか、その経緯をエルフたちに話した。


「なんと……我が里ばかりか、ミルカ様まで救ってくださっていたとは……重ね重ね、貴殿には感謝しかない……」


 シャルフィアは一頻り俺に頭を下げてから、ミルカの方に向き直ると、


「さあ、ミルカ様。里に帰りましょう。皆があなた様のお帰りを待っておられます」

「帰らないわよ?」

「………………はい?」


 予想さえしていなかったミルカの返答だったのか、シャルフィアが頓狂な声を漏らす。


「え? あ? え?」


 シャルフィアはしばし唖然としてから、


「な、何をおっしゃっているのですか、ミルカ様? あなた様の生まれ故郷で、同胞たちが待っているのですよ……?」

「そう。でも、わたしはここが気に入ってるの。友達もいるし」


 はっきりと突っ撥ねるミルカ。

 その言葉には明らかに強い意志が感じられる。


「ミルカちゃああああああんっ!」


 そんなミルカに駆け寄ったのは、桃色の髪が印象的なリッカだ。

 いつも明るい彼女が、ミルカに涙目で抱き着く。


「ここにいてくれるのっ?」


 話の流れから、もしかしたらミルカとお別れになってしまうかもしれないと思っていたのだろう。


「ミルカちゃん……で、でも、本当にそれで、いいんですか……?」


 恐る恐る声をかけたのは真面目なシーナだった。


「私たちには、帰るところがないけれど……ミルカちゃんにはあるんですよ?」

「こいつの言う通りよ。無理にここにいなくても、たまに遊びにくればいいじゃない。あたしたちのために、そう言ってくれるのは……う、嬉しいけど……」


 勝ち気な少女マインが、少し恥ずかしそうに言う。

 するとミルカが本音を口にした。


「一番の理由は、食べ物が美味しいからだけど」

「「「それが一番か~~~~いっ!!」」」

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