第72話 たぶん、蜘蛛の糸

「い、一体何なのだ、お前は……?」

「あなりんは【穴掘士】」

「【穴掘士】だと? そんなジョブ、聞いたことないぞ……?」


 こちらの攻撃を危険とみて、距離を取った蜘蛛たち。

 この距離では、遠隔念じ穴掘り攻撃では大したダメージを与えられないだろう。


 そのとき俺たちの身体に絡みついていた糸が、急激に硬くなってきた。


「これで割れる」


 どうやら一ノ瀬が糸を凍らせたらしい。

 バキバキッ、という音が鳴って、糸の拘束を逃れる一ノ瀬。


 俺もシャルフィアも同じように糸を砕き、身体を解放させた。

 なるほど、確かに凍らせてしまえば、伸縮性も粘着力も無視して簡単に糸を破壊できるようだ。


「ならば私も、【暴弓士】としての力を見せてやろう」


 シャルフィアはそう言って弓を構えた。


「何だ? 風?」

「風が集まってる」


 急に周囲に風が吹いたかと思うと、それがシャルフィアの番えた矢へと集束していく。

 次の瞬間、凄まじい速度で矢が放たれ、射線上にいた蜘蛛数匹をまとめて吹き飛ばした。


「威力すごい」

「これが暴風を操る弓使い、【暴弓士】の能力だ」


 残った蜘蛛たちが目に見えて慌て出す。

 近づいても離れていてもダメとなれば、もはや打つ手なしだしな。


 破れかぶれにまた糸の雨を降らせてきたが、一ノ瀬が瞬時に凍らせてしまう。


「同じ手は通じない」

「あっ、逃げ出しやがった」


 敵わないと判断したのか、言葉通り蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった。


「だがこれであの白い糸の正体に予想がつくな」

「たぶん、蜘蛛の糸」

「しかも奴ら、あの糸の先へと逃げていったようだ。親玉のもとに戻ったのかもしれぬ」


 俺たちは再び糸を辿って樹海の奥へと進んでいく。

 やがて見えてきたのは。


「おいおい、めちゃくちゃデカい蜘蛛がいるぞ」


 全長およそ五メートル、長い足まで含めると軽く十メートルを超える巨大な蜘蛛が、樹海の木々を薙ぎ倒しながら鎮座していた。

 さらに周囲には先ほどのタラントラを三十体も従えている。


「まさか、クイーンタラントラではないか……っ!?」

「クイーンタラントラ?」

「タラントラ種の、最上位種として知られる化け物だっ! 凄まじい繁殖力を持つだけでなく、特殊な催眠効果を持つ毒糸で、他の魔物を操ることができるとも言われている……っ!」


 聖樹に絡みついていた糸は、間違いなくそのクイーンタラントラへと繋がっていた。

 どうやらこいつが聖樹を弱らせていた原因らしい。


「倒す?」

「た、倒したいのはやまやまだが、奴の危険度はA……かつてハイエルフの英雄が、命懸けで討伐したとされるほどの魔物だ。今の我が里の戦士たちが総力を挙げても、討伐は不可能だろう……」

「だが放っておいたら、聖樹が完全に枯れてしまうぞ?」


 仮に俺の薬草が聖樹に効果があったとしても、元を断たなければ意味がない。

 それに里に侵入してきた魔物も恐らく、こいつの仕業だろう。


「考えてる時間が無駄。試しに戦ってみる」


 そう言って、剣を構える一ノ瀬。

 こいつも結構な脳筋だよな……。


「けど俺も同意だ。万一のときは俺が穴を掘るから、それで逃げればいい。あと念のため、毒消し草を渡しておく。やつの毒に有効かどうか分からないが」


 この毒消し草も、薬草と同じくうちのダンジョンで採れたものである。


「……お、お前たちも一緒に戦ってくれるのか?」

「おいおい、今さら何言ってんだ?」

「だが、相手は危険度Aの魔物……人族のお前たちが、命懸けのリスクを冒す意味など……しかも我らは、お前たちを捕らえて牢屋に押し込んだのだぞ……?」

「まぁいきなり里に近づいた俺たちも悪かったからし、別に気にしなくていいよ」

「怪しかったから当然」

「お前がな?」


 シャルフィアはしばし言葉を失ってから、


「どうやら我らは大きな勘違いをしていたようだ。人族の中にも、お前たちのような者たちがいるのだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る