第71話 あなちんが穴を掘った

「あまり聖樹に人族を近づけたくないのだが……今回は特別だ。お前たちのお陰で、同胞の多くが命を救われたようだしな」


 戦士長だという長身エルフに連れられ、俺と一ノ瀬は里の中心にあるという聖樹へと向かった。

 ちなみに彼女の名はシャルフィアというらしい。


 やがて前方にそれらしき木が見えてきた。

 それほど背丈のある木ではないが、驚くほど幹の幅があって、かなりの樹齢であることが分かる。


 周囲には柵が張り巡らされていて、里のエルフたちでも容易には近づくことができないようにしてあるようだ。


「さすがにこの聖樹のところまでは、魔物も来ていないようだ」


 安堵したようにシャルフィアが言う。

 確かに周囲には魔物の死体もなく、柵が壊されたりもしていない。


「しかし、やはり弱っている……このままでは……」


 葉っぱのほとんどが地面に落ちて、枝も力なく垂れている。

 元がどんな感じだったのかは分からないが、確かに弱々しい印象だ。


「一体なぜこんなことに……」


 とそのとき、一ノ瀬が何かに気づいた。


「あそこ、何か伸びてる」

「?」

「あの枝のあたり」

「本当だ。何だ、あれは? なんか糸みたいな……」


 聖樹の枝に絡みついたのは、白い糸のようなものだ。

 それはピンと張り、向こうの方までずっと伸びている。


「なんか怪しいな。ちょっと辿ってみるか」


 俺たちは薬草をエルフたちに渡し、その白い糸の行方を追ってみることに。

 どのみちさすがに俺が柵を越えて聖樹に近づくのはダメそうだしな。


「私も付いていこう」


 シャルフィアも一緒に来てくれた。

 そうして聖樹を離れ、謎の糸を辿っていくと、それはどうやら里の外にまで伸びているらしかった。


 防壁を飛び越えて里の外へ出ると、さらにその糸を追っていく。


 ガサガサガサガサッ!!


「っ!? 何か来るぞっ!」


 生い茂った草木の向こうから飛び出してきたのは、


「蜘蛛の魔物」

「タラントラか……っ!」


 全長二メートルを超える蜘蛛の魔物だった。


 しかも一体だけではない。

 俺たちの行く手を阻むように、次々と姿を現す。


「気を付けるのだ! こいつらの牙は猛毒を持っている……っ! 僅かでも体内に入ったら最後、数十秒で動けなくなり、数分も経たずに死ぬぞ!」


 注意を促すシャルフィアが。


「なら、近づかなければいい」


 一ノ瀬が一番近くにいた蜘蛛に向けて氷の矢を放つ。

 それが頭部に突き刺さって、タラントラはあっさりと絶命する。


 だが次の瞬間、一斉に蜘蛛の糸が放たれ、まるで巨大な網を張るように頭上から降り注いだ。


「……斬れない?」


 その網の一部を剣で切り裂こうとした一ノ瀬だったが、強い伸縮性を持っているようで上手くいかなかった。

 さらに粘着力もあるらしく、剣が糸にくっ付いてしまう。


 俺たちはその網に捕らわれてしまった。


「動けない」

「くっ……マズい……っ! これでは逃げることすらできぬっ!」


 そうして身動きを奪ったところへ、蜘蛛の魔物が殺到してくる。


 シャルフィアは短剣で応戦しようとしているが、そもそも糸に絡みつかれて、腕すらまともに動かすことができないようだ。

 このままでは奴らの毒牙の餌食になってしまう。


 まぁ俺は腕が動かなくても穴を掘れるけどな。


 真っ先に近づいてきた蜘蛛の頭部が消失する。

 さらに別の蜘蛛も、俺の穴掘り攻撃を喰らって倒れ込んだ。


「「「~~~~~~~~~~ッ!?」」」


 謎の現象で仲間たちがやられ、接近しようとしていた蜘蛛たちが動きを止めた。

 さらに警戒して数メートルほど後退する。


 先ほど連携して投網してきたときも思ったが、こいつらかなり知能が高いな。

 生憎とこの遠隔念じ穴掘り攻撃、距離に応じて威力が大幅に落ちていってしまうのだ。


「な、何が起こったのだ!?」

「あなちんが穴を掘った」

「あなりんな?」


 いや、あなりんも本当はやめてほしいのだが……。


「そんなこともできるのか!?」

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