第64話 俺を拝むな

「誰?」

「クラスメイトだよ!?」

「そういえば。いたような? ……いなかったような?」

「いるから! 穴井だ、穴井! 穴井丸夫!」


 周りのことにまったく興味がなさそうなタイプだが、まさかクラスメイトの顔まで覚えていないとは思わなかった。

 確かに俺は影が薄い方ではあるが、さすがにちょっとショックである。


 彼女の名は一ノ瀬凛。

 この異世界では【魔剣姫】のジョブを授かった、ドラゴン級の勇者だ。


 天野たちとは違い、ソロで活動していると聞いていたが……。


「あ。思い出した」

「やっと思い出してくれたか……」

「あなちん?」

「そのあだ名は違う!」


 ……もしかしたら天然なのかもしれない。


「にしても、魔物を釣ろうとしたら、まさかクラスメイトが釣れるとはな……」

「そうだ。モフモフを追いかけないと」

「って、待てって!」


 俺のことは放置して再び駆け出す一ノ瀬。

 モフモフに対する情熱が強すぎる!


 やがて精鋭部隊を配備した広い空間に出た。


「っ……大きなモフモフが……たくさん……っ!」


 一ノ瀬が目を輝かせる。

 心なしか呼吸も荒い。


 普段あまりにも無表情なので『氷の女王』なんて陰で呼ばれたりしている彼女とは、別人かと思うほどだった。


 一方、モフモフ精鋭部隊は、魔物ではなく人間がアンゴラージを追いかけてきたので、どうしたものかと戸惑っている。


「あ~、大丈夫だ。彼女は敵じゃないから。……たぶん」


 俺がそう告げると、警戒を解くモフモフ精鋭部隊。


「触らせて……触らせて……触らせて……」


 一ノ瀬が鼻息を荒くしながら近づいていく。

 その少し血走った目に若干怯えつつも、精鋭たちは大人しく彼女の接近を許した。


 一番近くにいたブラッディシロクマモーンのお腹に抱き着く一ノ瀬。


「……素晴らしい……ここは天国……もしかして……すでに死んでる……?」

「死んでないから。ていうか、一応相手は魔物だぞ? もう少し警戒しろよ」

「悪いモフモフなんていない。いたとしても、モフモフに殺されるなら本望」


 それからしばらくモフモフを堪能し続けた一ノ瀬だったが、そこへエナガルーダに引き攣られてきた樹海の魔物が現れる。


「シャアアアアアアアアアッ!!」


 巨大なムカデの魔物だ。

 精鋭部隊がすぐに臨戦態勢になる。


「くまくま……」


 一ノ瀬に抱き着かれたままのブラッディシロクマモーンが、迷惑そうにしながら彼女を引き離そうとする。


「……あの魔物のせい? 許さない。殺す」


 先程まで頬が弛緩し切っていた一ノ瀬が、殺気の籠った目で魔物を睨みつけると腰の剣を抜いた。


 直後、一瞬で魔物との距離を詰めた彼女が、ムカデの魔物と交錯する。


「~~~~~~~~~~~~ッ!?」


 ムカデの身体が縦方向に真っ二つに割れ、左右に分離した。


「っ! 気を付けろ! まだ生きているぞ!」


 両断されたにもかかわらず、まだ動いているムカデに気づいて、俺は慌てて叫ぶ。

 次の瞬間、斬られたムカデの体内から、毒々しい液体が周囲にぶちまけられ、一ノ瀬の頭上へと降り注ぐ。


 間違いなく猛毒の体液だ。

 あんなものを浴びたら一溜りもないはず。


 だがその毒液は、一ノ瀬に届く前に地面へと落ちた。

 よく見ると液体が固体になっている。


「凍らせたのか?」

「そう。私のジョブは【魔剣姫】。魔法と剣を使える。特に得意なのが、氷の魔法」


 一ノ瀬は淡々と答えてから、


「もう大丈夫。みんなのことは、私が守るから」

「いや、俺の従魔たちなんだが……」


 思わずツッコむ。


「あなちんの?」

「だからそのあだ名は違うって!」


 それから俺はこれまでの経緯を説明した。


「モフモフを……量産できる……? 神か……神はここにいたのか……」

「俺を拝むな」

「これを……」

「お賽銭みたいに金を渡そうとするな」


 一ノ瀬凛。

 どうやら思っていた以上に変人のようだ。

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