第59話 毒が付いてるのか

「随分とでかい魔物だな」


 そこにいたのは、全長五メートルを超える巨大な影。

 俺に気づいてこちらを振り返る。


「人間の顔?」


 頭部についていたのは人間のような顔だった。

 こちらを嘲笑うような表情を浮かべ、口から「キシシシシシ……」という不気味な声を漏らしている。


 頭は人間のそれとよく似ているが、身体は獅子や虎に近い。

 そして長く伸びた尾の先端には、幾つもの刺を有する瘤が付いていた。


「人面虎の魔物……マンティコアってやつか」


 マンティコアの近くには、モフモフの猫が倒れている。


「一段階強化したチンチライオンジェネラルでも、勝てなかったのか」


 チンチライオンの上位種、チンチライオンジェネラル。

 それをさらに一段階強化した個体もまた、強化ポメラウルフ同様、敗北を喫してしまったらしい。


 まぁ相手は全長五メートルを超える魔物だ。

 無理もないだろう。


「わんわん!」

「ん? あの刺に気を付けろ?」

「わん!」

「なるほど、毒が付いてるのか」


 直後、マンティコアが地面を蹴り、猛スピードで襲い掛かってきた。

 俺はその突進を横に飛んで躱すと、掘削攻撃を繰り出す。


「~~~~ッ!?」


 マンティコアの脇腹が抉れた。


 ただし傷は浅い。

 驚きながらも、すぐさま距離を取っている。


「キシシシ……」


 警戒した様子でこちらを睨みつけてくるマンティコア。

 一体どうやってダメージを受けたのか、理解できないのだろう。


「にしても随分と賢いな。伊達に人面はしてないってことか」

「キシシシシッ!」


 そのとき耳障りな鳴き声を発したかと思うと、マンティコアが思い切り尾を振り回した。

 すると瘤についていた刺がこちら目がけて飛んでくる。


「っと、危なっ」


 俺は咄嗟に目の前に玄関を作成。

 出現した扉に、刺がズバズバと突き刺さっていく。


「キシシシッ!?」


 防がれると思っていなかったのか、驚くマンティコア。


「厄介な攻撃だな。あれだけ細長いものが分散して飛んでくると、穴掘りじゃ防げそうにないし……」


 加えてあの巨体なのに、意外と俊敏だ。

 こちらの攻撃をかなり警戒しているようだし、あの刺を回避しつつ距離を詰めるのは簡単ではないだろう。


「けど、戦う相手が俺だけだと思うなよ?」

「ッ!?」


 マンティコアの周囲に、突如として地面から次々と樹木が生えてきた。


「「「わさわさわさ」」」


 俺が今、新たに作成したスモークトレントたちだ。

 さらに彼らを強化し、エビルスモークトレントへと進化させていく。


「キシシシッ!」


 マンティコアは尾を振り回し、四方に刺を撃ち放つ。

 しかしそれはスモークトレントのモフモフの綿毛に突き刺さるだけで、幹には届かなかった。


「相手は樹木の魔物だし、仮に毒刺が刺さったところで、すぐには効果が出ないだろうけどな」


 シュルシュルシュルシュルッ!!


 そしてエビルスモークトレントたちが一斉に枝を伸ばし、マンティコアの全身へと巻き付けていく。

 必死に暴れたマンティコアだったが、やがて完全に身動きができなくなってしまった。


 無論、危険な毒刺のある尾も振り回すことができない。

 俺は悠々と近づいていった。


「アアアアアアッ……」


 懇願しているのか、急に赤子が泣いているかのような声を発し始めるマンティコア。


「いや、そんなおっさんの顔で泣かれても……」


 俺は容赦なく掘削攻撃をお見舞いし、マンティコアを仕留めたのだった。


 ――【穴掘士】がレベル42になりました。








「見ろ、これは間違いなく奴の足跡だ。恐らくもうそう遠くない場所にいるはずだぞ」


 騎士団の部隊を率いるベテランの騎士隊長が、地面にできた大きな足跡を指しながら、警戒の面持ちで告げた。


「今回は前回よりさらに多い、五十人もの精鋭騎士たちを集めた。しかも、ドラゴン級の勇者が四人もいる。これ以上、奴の……の脅威が強まる前に、今度こそ討伐を成功させるぞ……っ!」

「「「おおっ!」」」


 気合十分の騎士たち。

 だが彼らは知らなかった。


 このときすでに、彼らが捜す魔物が討伐されてしまっていたということを。

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