第50話 横取りされただけだから

 アズリエーネ目がけて、猛烈な勢いで迫る水流。

 どうにか炎で水蒸気に変えるも、即座に押し寄せてきた追撃が、再び炎を覆い尽くした。


「くっ……」

「あらあら! だから言わんこっちゃないですわ。ここはあたくしのホーム。周囲に大量の水がありますもの。それを利用すれば、通常よりも魔法の威力を高めることができますわ」


 苦しそうに顔を歪めるアズリエーネに、エミリアはまだ余裕のある表情で嗤う。


「加えてあなたが水を蒸発させるたびに、この一帯の湿度が上がっていきますの。つまり、どんどん炎が燃えにくい環境になっていってるのですわ」

「ああああっ!?」


 ついにアズリエーネは水流に呑み込まれて、そのまま背後の壁に叩きつけられた。


「うふふ、勝負あったみたいですわね?」

「っ……確かに、このあんたに有利な環境下での戦いは、さすがにあたしに分が悪いようね……」

「あらあら? あなたにしては、随分と殊勝な態度ですわね。何か変なものでも食べたんですの?」

「はっ、そう勝ち誇っていられるのも今のうちよ?」

「もうそんな負け惜しみしか言えないなんて……可哀想ですわねぇ」


 ワザとらしく悲しんでみせるエミリアだったが、次のアズリエーネの一言で、その表情から余裕が消えることになる。


「可哀想なのはあんたの方よ。だって、ここに侵入してきたのが、あたしだけだと思ってるんだもの」

「……どういうことですの?」


 と、そのときだ。


 パリイイイイイイイイイイイインッ!!


 突然どこからともなく響いてきた巨大な破砕音。

 ガラス製の何かが割れたような音だ。


「……は?」


 エミリアの顔が見る見るうちに真っ青になっていく。


「だだだっ、ダンジョンコアがっ……は、破壊されましたのおおおおおおおおおおっ!? う、う、嘘ですわっ!? そんなはずありませんわっ!」


 どうやらマルオが上手くやったらしいと理解し、アズリエーネはホッと息を吐く。

 それから先ほどのお返しとばかりに、動揺しまくっているエミリアを全力で嘲笑した。


「ねぇねぇ、どんな気持ちかしら? てっきり勝ったとばかり思っていたのに、敗北しちゃったときの気持ちって。まさに天国から地獄って展開だけれど、ねぇ、どんな気持ち?」

「黙れゴラアアアアアアアアアアアッ!!」

「あははははっ! 良い気味だわっ! これであんた眷属の仲間入りね!」

「……あんた?」

「はっ?」


 余計な一言を口にしてしまったと気づいたアズリエーネだが、もう遅い。


「どういうことですの? まさか……」

「い、今のはちょっと言い間違えただけよ!? あたしは眷属とかじゃないし!? ほほほ、本当だし!?」

「あなた、嘘を吐くのが下手過ぎではありませんの?」


 ここまで目を泳がせ、あからさまに動揺を見せていれば、バレバレというものだ。

 とそこへ、一人の人間がやってくる。


「お~い、アズ。ダンジョンコアを破壊してきたぞ~」


 最深部でダンジョンコアを壊し、戻ってきたマルオだった。


「ん、どうしたんだ? というか、誰だ、そいつは?」

「……こいつは魔族。このダンジョンのダンジョンマスターよ。元、だけど」


 一方、エミリアはわなわなと怒りで身体を震わせていた。


「この男がっ……こんな男がっ……あたくしのダンジョンコアを……っ! 許せませんわぎゃあああああああっ!?」


 怒りに任せて攻撃しようとしたせいで、全身を激しい痛みが駆け巡ったようだ。


「ば、罰が執行されましたのっ! つまり、あたくしはこの男の眷属になっているということっ! やっぱり、あなたはダンジョンマスターではなかったのですわ!」

「そ、そんなこと今はどうでもいいわよ! 重要なのは、あんたが敗北したって事実だから!」

「自分だって、この男に負けて眷属になったんですわよね!?」

「はぁ!? あたしはあんたみたいに負けてないし!? ……横取りされただけだから」

「横取り? もしかして、ダンジョンコアを契約前に奪われたんですのっ!? ぶふふっ! そっちの方がよっぽどダサいではないですの!」

「ううう、うるさいわねっ!」


 罵り合っている二人に、マルオは呆れた様子で呟く。


「……おいおい、なんか随分と仲が悪いな?」

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