第48話 あなたの働く場所になるんですのよ?

「エミリア……っ! あんたも迷宮神に選ばれたっていうの!?」

「それはこっちの台詞ですわ? あなたのような頭の悪い魔族が、ダンジョンマスターに選ばれるなんて思ってもいませんでしたの」

「誰が頭が悪いよ!」


 性悪女の見下しに言い返したアズリエーネだったが、そこでハッとする。


「(って、そういえばあたし、ダンジョンマスターじゃなかったんだったああああああああっ!)」


 ダンジョンマスターの座を人間に奪われた挙句、その眷属に成り下がってしまったのだ。

 万一この事実をエミリアに知られたら最後、死ぬほど嘲笑されるだろう。


 プライドの高い彼女は、そのまま訂正などせず押し通すことにした。


「道理でジメジメして陰気なダンジョンだと思ったわ! あんたの性質をそのまま表しているわね!」

「あらあら、そんなこと言っていいんですの? これからこのダンジョンが、あなたの働く場所になるんですのよ?」


 こちらの挑発を軽く躱して、エミリアが煽ってくる。

 もしダンジョンコアを破壊されてしまった場合、ダンジョンマスターは相手の眷属になるというルールがあるのだ。


「あんたの眷属になるなんて死んでもご免よ! あいつの眷属の方がまだマシだわ!」

「? あいつとは誰ですの?」

「っ……何でもないわよ!」


 慌てて声を荒らげるアズリエーネ。

 余計なことを言って、危うく察されるところだった。


「何にしても、わざわざ自分からあたくしのフィールドに飛び込んでくるなんて、間抜けにもほどがありますわ。見たところ魔物も引き連れてきていないようですし、ここであなたを倒して、それから悠々とあなたのダンジョンを攻略して差し上げますの」


 直後、エミリアの全身から膨大な魔力が膨れ上がった。

 周囲の水溜まりから次々と水柱が立ち上がる。


 魔族の戦闘モードに移行したのだ。

 いきなり本気でくるつもりらしい。


「魔界でつかなかった勝敗、ここでつけてやるわ!」


 アズリエーネもまたそれに応じた。

 彼女の赤い髪が逆立ち、周囲に幾つもの炎が燃え盛る。


「どうやら魔界の〝暴焔姫〟アズリエーネは健在のようですわね」

「〝波壊姫〟エミリア、あんたこそ、腕は鈍ってなさそうね!」


 共に魔界で広大な領地を有する公爵家の令嬢であったことから、二つ名に〝姫〟を冠する彼女たち。

 まずは挨拶代わりとばかりに、互いに得意とする火と水の魔法をぶつけ合った。


 ドオオオオオオオオオンッ!!


 エミリアの圧倒的な水量が、アズリエーネの炎を呑み込むが、その超高熱によってあっという間に水が蒸発してしまう。


「うふふ、どんどん行きますわよ?」


 しかしエミリアは不敵に笑うと、大蛇のごとき水流を幾つも作り出す。

 それが四方八方からアズリエーネに迫った。


「この程度であたしを倒せるとでも思ってるのかしらっ?」


 アズリエーネの周りに炎の柱が出現、それが彼女を中心に高速回転すると、襲いくる水の大蛇を霧散させていく。


「今度はこっちの番よっ!」


 そう告げるが早いか、彼女が放ったレーザーのごとき炎がエミリアを乗せていた海蛇の喉首に直撃した。


「アアアアアアアアアアアッ!?」


 声にならない悲鳴と共にのた打ち回り、水中へと沈んでいく海蛇。

 乗り物を失ったエミリアが地上に降りてきた。


「ふん、ようやく同じ目線になったわね。あんたに見下ろされていると、死ぬほど気分が悪かったわ」

「あらあら、そんなくだらないことにこだわるのは、きっと自分の方が格下だと内心で理解しているからですわね」

「んなわけないわよっ! 燃え尽きなさいっ!」

「うふふ、溺れ死ぬがいいですわ!」


 再び炎と水が衝突する。

 そこから魔界の魔族たちも驚くほどの激しさで、両者の戦いが繰り広げられた。


 しかしこのとき、エミリアは目の前の戦いに集中するあまり、まったく気づいてはいなかった。

 アズリエーネの他にもう一人――そちらこそが本当のダンジョンマスターなのだが――このダンジョンに侵入しており、今まさに最深部に近づきつつあるということを。


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