第47話 置いてくなって言ったのに!
俺とアズが侵入したのは、至るところが水没しているタイプのダンジョンだった。
出現する魔物も、半魚人のサハギンを初め、サメや亀、カニ、それにピラニアといった水棲系の魔物ばかりである。
「けど、まだ発展途上なのか、大して強い魔物はいないな」
かなり奥まで入ってきたし、このまま一気にダンジョンコアを破壊しに行った方がいいかもしれない。
「よし。アズ、もっと急ぐぞ」
「えっ?」
「俺たちと同じように、今頃、俺のダンジョン内にも敵が攻め入っている可能性があるしな」
仮に侵入されたとしても、延々と掘り進めていただけあって、ダンジョンコアまで随分と距離がある。
なので、そうすぐには辿り着けないはずだが、悠長にはしていられない。
幸いこちらのダンジョン、水という障害はあるものの、分かれ道などは少なく迷いにくい構造をしている。
「って、置いてかないでよ~~っ!?」
背後からアズの悲鳴が聞こえてきたが、俺は気にせず全力で加速した。
途中、何度か水中に潜る必要があったが、強化された身体能力のお陰で水中の魔物も蹴散らし、どんどん奥へと進んでいった。
やがて辿り着いた場所にあったのは、落差二十メートル、膨大な水量が流れ落ちてくる滝だった。
盛大に飛沫を上げる滝壺があるだけで、周囲は垂直の崖に囲まれている。
もしかしてこの滝を登らなければいけないのかと思っていると、その滝の上から何かが降ってきた。
ばしゃああああああああああんっ、と大きな水飛沫と共に滝壺に落ちてきたのは、これまで遭遇してきた半魚人の、数倍はあろうかという体格の半魚人だ。
「ギョオオオオオオオオオッ!!」
「サハギンの上位種かっ」
三叉の槍を手にした巨漢サハギンが、雄叫びと共に躍りかかってきた。
◇ ◇ ◇
一方その頃、アズリエーネは。
「あいつ、本当に先に行きやがったわねっ! 置いてくなって言ったのに!」
高速で走っていくマルオを見失い、愚痴っていた。
「ていうか、何であんなに身体能力が上がってるのよ……」
当初は見ただけで分かるほど弱そうな男だったというのに、いつの間にかやけに強くなっているのだ。
「あたしはこれでも魔界で上級魔族だったんだけど?」
魔法タイプだとはいえ、ここまで簡単に引き離されるのは予想外だった。
と、そのときである。
ごゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
「っ? 何の音かしら……?」
不意に聞こえてきた鈍い音。
さらに地響きのような振動に、アズリエーネは警戒心を強める。
しかしすぐにその音の正体が判明した。
なにせ前方から、大量の水が迫ってきたのだ。
「ちょっ!?」
何かしらのトラップでも発動したのかと、戦慄するアズリエーネ。
慌てて逃げようとするが、鉄砲水のような勢いで押し寄せてくるそれを避けることなどできなかった。
そもそもこの辺りは一本道で、回避する横穴もない。
「~~~~~~~~~~っ!?」
気づけばそれに呑み込まれていた。
そのまま来た道を押し流され、やがて少し前に通過した広い空間へと吐き出される。
「ああもうっ、何なのよっ!」
びしょ濡れになりながらも、水の中からどうにか飛び出して悪態をつく。
そこへ、どこかで聞いたことのある笑い声が響いてきた。
「あらあらまぁまぁ。まさか、こんなところで再びあなたと相まみえるとは思っていませんでしたわ」
「っ!? この声はっ……」
アズリエーネが目にしたのは、大きな海蛇の頭の上に優雅に座り、彼女を見下ろす一人の美女。
南国の海のような色合いの長い髪と、蠱惑的な身体つきが特徴的なその女の名前を、アズリエーネは知っていた。
「エミリアっ……まさか、あんたもダンジョンマスターに!?」
彼女の名はエミリア。
魔界時代において、アズリエーネとは旧知の間柄にして犬猿の仲であった、魔族の女である。
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