第38話 俺は異世界から来た勇者だ

 その日、俺は王都の街に来ていた。

 予期せずダンジョン内に子供が増えたので、服や食器などを買い揃える必要が出たからだ。


 彼らの身に着けていた服はどれもボロボロで、当然ながら着替えなんてあるはずもない。

 靴すら履いていない子がいたほどだ。


 天野たちの仕事を手伝った際に、報酬の一部として幾らかお金を貰ったし、資金は十分にある。


「一人で子供服を買ってる男とか、明らかに怪しいよな。それも何着も」


 特に女の子の下着とか。

 万一クラスメイトにばったり遭遇したりしたら、今後ずっと変態扱いされるに違いない。


「せめて誰か一緒に来てもらうべきだったかもな。……いや、それはそれで、もし見られたらあらぬ疑いをかけられかねないか」


 その子供たち五人は今頃、与えたスコップでせっせと部屋を掘っているところだろう。

 子供を働かせるのもどうかと思ったが、あくまで自分の部屋だしな。


 ちなみに西洋風の建物が建ち並ぶここバルステ王国の王都は、中心に豪華絢爛な王宮を有し、そこから放射線状に街が広がって、周囲を城壁が取り囲んでいる。

 その王宮に近づくほど一等地になっていき、逆に外側ほど雑多で庶民的な街並みが続いていた。


 街を歩いているのは主に西洋風の顔立ちの人間たちだが、時々、異国から来たと思われる商人の姿もある。

 この世界には結構、国を越えた人の行き来があるのだろう。


 まずは適当なお店で服を買い揃える。


 お店と言っても、露天販売だ。

 もっと街の中心部に行けば違うのだろうが、そもそもこの辺りには、お洒落な子供服なんてものは売っていなかった。


 どれもこれも似たような服ばかりで、下着に至っては男児用なのか女児用なのも判別がつかない。

 俺が何枚も購入しても、お店の人はまったく気にした様子はなかった。


 どうやらただの奇遇だったみたいである。


「やめてください……っ!」


 他に食器やタオルなんかも買って、ダンジョンに戻ろうとしたときだった。

 そんな悲鳴が裏路地から聞こえてきて、俺は思わずそちらに視線を向けた。


 そこにいたのはいかにも悪そうな男たちと、腕を掴まれて暴れる若い女性だった。


「放してくださいっ!」

「だから何もしねぇって。ちょっと遊んでくれって言ってるだけだろ?」

「そんな時間はないって言ってるでしょう……っ!」


 うーん、なんていうか、異世界にもこういう強引なナンパってあるんだな。


 放っておく……というのは、さすがに寝覚めが悪い。

 俺は彼らの方へと近づいていった。


「ん、何だ、てめぇは? 邪魔だぞ、ガキは向こうに行ってろ」


 こちらに気づいた連中の一人が、ガンを飛ばしながら立ちはだかる。

 今にも殴りかかってきそうな雰囲気だ。


 以前の俺なら、ビビって足が震えていたかもしれない。

 だがこの異世界に来てから、リザードマンなどの危険な魔物とやり合ったりしているのだ。


 それと比べれば、いかにも悪役モブっぽい人間の男など、まったく怖くなかった。

 もっとも、今はダンジョンの外でスキルが働いていないため、本当に殴りかかってきたりしたら困るが。


「おい、聞こえてねぇのかよ? とっととどっか行かねぇと、痛い目見ることになるぞ?」

「それはこっちの台詞だな」

「ああん?」

「言っておくが、俺は異世界から来た勇者だ」

「なっ!?」


 勇者という言葉を口にするなり、男たちの空気がガラッと変わった。


「俺のジョブは【剣聖】。ドラゴン級の勇者だ。この意味、理解できるな?」

「け、【剣聖】っ……」


 男たちは明らかに気圧されている。

 そして互いに顔を見合わせてから、


「ちっ、行こうぜ」

「ああっ」


 舌打ちと共に路地の奥へと去っていったのだった。


 ……上手くいったな。

 もちろん【剣聖】というのはハッタリだ。


 そう言っておいた方が、効果があるだろうと思ったのである。

【穴掘士】なんて、かえって馬鹿にされるだけだしな。


「あ、あのっ」


 とそこで、絡まれていた女性が声をかけてくる。


「助けていただいて、ありがとうございました。……あなたも、勇者様なんですね?」

「あなた?」

「実は私、勇者様が立ち上げられた商会で、従業員をしていまして……」

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