第31話 本当にいるなんて驚き

「捕まってしまった可能性があるわね。戦闘力は皆無だけど、あの素早いウサギを捕えるなんて、並の相手じゃないかもしれないわ。気を付けないと」

「そうだな」


 アズの言葉に頷き、場合によってはトラップを使って相手の行動を上手く阻害してやろうと身構えていると、


「ぷぅぷぅ」

「ついてこいって言ってるよ!」

「ぷぅぷぅ」

「モフモフしてるし、鳴き声だってこんなに可愛い。やっぱり悪い魔物じゃないと思う」

「で、でも魔物は魔物だし……っ! 私たちを巣穴の奥に誘き寄せて、それで食べようとしてるのかも……っ!」

「ちょっと、怖いこと言わないでよ!」

「ぼぼぼ、ぼく、食べられたくないよっ……」


 聞こえてきたのはアンゴラージの鳴き声と、複数の声である。


「子供?」


 思わず警戒を解いて待っていると、現れたのはやはり子供ばかりの五人組だった。

 十歳前後といったくらいの、恐らく全員が女の子だ。


「っ……だ、誰かいます!」

「まさか追手がこんなところまで!?」

「……たぶん違う。わたしたちより先にいるとは思えない」


 一人の女の子が、決死の顔をして前に出てくる。


「かかか、彼女たちに手を出すつもりなら、ぼぼぼ、ぼくを倒してからにしろ……っ!」


 何とも勇ましい台詞だが、声と身体が震えまくっていた。


「ええと、そのつもりはないから安心しろ。それより子供だけか? お父さんやお母さんはどうしたんだ?」


 俺の問いがおかしかったのか、五人は互いに顔を見合わせた。

 そしてこの中では比較的年齢の高そうな女の子が、代表して答える。


「……私たち全員、お父さんも、お母さんも、いないです」


 どうやらあまり聞いてはいけないことを聞いてしまったらしい。

 この異世界では、珍しいことではないのかもしれないが。


「そうか。教えてくれてありがとう。そうだな……まずは安心してもらった方がいいか。俺の名はマルオ。異世界から召喚された勇者だ。……ただ、訳あって、今はこうして地下で生活している」

「「「勇者!?」」」


 もしかしたらと思って口にしてみたのだが、勇者という言葉に、思っていた以上に強く反応する子供たち。


「お兄さん、勇者なの……っ?」

「すごい、勇者さんに初めて会っちゃった!」

「本当にいるなんて驚き」


 この世界の子供たちにとって、どうやら勇者は憧れの存在らしい。


 子供たちを安心させる上で、俺が勇者だと伝えることは非常に効果的だったようだ。

 すっかり警戒心を解いてくれた彼女たちに、俺は問う。


「それで、何でこんなところに――」

「ぷぅぷぅ!」


 突然、女の子の一人に抱えられていたアンゴラージが鳴いたかと思うと、


 どさり。


 地面に倒れ込んだのは、先ほど俺の質問に答えてくれた少女だった。


「「「シーナ……っ!」」」


 子供たちが一斉に駆け寄る。


「だ、だいじょう、ぶ……です……」


 消え入りそうな声で、気丈にもそう告げる少女。

 薄暗くてよく見えなかったので、俺は近くに光源を作り出した。


「っ……怪我をしているのか」


 明るくなったことで、その少女の腹部あたりに血が滲んでいるのを発見する。

 よく見ると顔色も悪く、ここまでかなり我慢していたのだろう。


「アズ、回復魔法は使えるか?」

「あたしはできないわよ」

「そうか……じゃあ、医者に診せにいくしか……」


 そもそもこの異世界に医者などいるのだろうか。

 回復魔法で治療するのなら、教会とか?


 どれくらいのお金が必要かも分からない。

 明らかにこの子たちがお金を持っているとは思えないが、幸い俺には王宮から貰った軍資金がある。


「いや、待てよ。もしかしたらあれを使えば……ちょっと奥に行くぞ。おい、お前たち」

「わうわう!」

「くるるる!」

「にゃあ!」

「「「モフモフがいっぱい!?」」」


 連れてきたモフモフたちの背中に子供たちを乗せ、ダンジョンの奥へと引き返した。

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