第2話 穴を掘りたかったから?

『知的生命体との接触を確認。ダンジョンマスターとして登録しました』


 そんな声が頭に響いた直後、俺は腰の辺りの強烈な衝撃を受け、吹き飛ばされてしまった。


「ふげっ!? いててて……な、何なんだ……?」


 地面にひっくり返った俺が目にしたのは、先ほど俺が触れてしまった水晶めいた物体に縋りつく少女の姿だ。


「ダンジョンコア! 反応して! お願い! あたしこそが、ダンジョンマスターになるはずなのよおおおおおおっ!」


 なぜか涙目で叫んでいる。


 見た目の年齢は俺とあまり変わらないくらいだろう。

 だが見たことのない赤い髪に、そこから伸びた小さな角、それに背中には蝙蝠のような翼が生えていて、明らかに普通の人間ではない。


 いや、この世界の人間が、俺たちの世界の人間と同じとは限らないが。


「な、何で……こんなことに……」


 そんなことを考えていると、その少女がぎろりと俺を睨みつけてきた。

 親を殺した人間に向けるような、憎悪と殺気の籠った目だ。


 直後、いきなり俺の胸倉を掴んでくる。


「っ……く、苦しっ……」


 咄嗟にその腕を掴んで引き離そうとするも、ビクともしない。

 この細腕のどこにこんな力が……?


「返せっ……」

「っ?」

「返しなさいよっ!」

「いや、何のことか、さっぱり……」

「返さないとぶち殺してやるぎゃあああああああっ!?」


 憤怒の表情で牙を剥く少女だったが、なぜか突然、絶叫を上げた。

 ようやく胸倉から手が離れる。


「あぎゃああああっ!? い、痛い痛い痛い!? ひぎゃああああっ!」


 しばらく悲鳴と共に地面をのた打ち回っていたが、やがて静かになった。


「ええと……大丈夫か?」

「う、うぅぅぅ……」


 泣いている。

 どうやら死んではいないみたいだ。


「……こいつを攻撃しようとしたら、罰が執行された……完全に、隷属化されちゃってる……最悪……何でこんなことに……ぐすっ」


 涙声で呻く少女。

 うーん、この様子から推測するに、先ほど俺が触れたこの謎の水晶体、本来ならこの子のものだったのに、横取りしてしまったということだろうか。


「返すことってできないのかな?」

『一度登録されたダンジョンマスターを解除することはできません』

「わっ、なんか返事が返ってきた」


 もしかしたらやり取りができるのかもしれない。

 俺は色々と聞いてみることにした。


「君は一体何者?」

『ダンジョンマスターをサポートするためのシステムです』

「ダンジョンマスターというのは?」

『その名の通り、ダンジョンの管理者のことです』

「じゃあ、この子は?」

『ダンジョンの創造主である迷宮神によって、当ダンジョンのマスターとなるべく用意された存在でした。ですが、現在はダンジョンマスターをサポートする眷属です』

「眷属……?」


 と、そこで少女が地面から勢いよく起き上がった。


「そうよ! あたしこそ、このダンジョンコアと接触して、ダンジョンマスターになるはずだったの! それを、いきなり現れたあんたが奪っていったのよ!」


 どうやら彼女にも同じシステムの声が聞こえているらしい。


「そう言われても……そんなに大事なものなら、こんな場所に置いておかないでもらいたいんだが」

「ダンジョンコアを置いたのは迷宮神よ! 誰も立ち入れないようなところにあるって言ってたのにっ、こんなの大ウソつきじゃない……っ!」

『なお、この場所は地下百メートルほどの地点にあります』

「「え……?」」


 地下百メートル?

 確かに緩やかな坂になるように掘ってはいたけれど、そんなに深いところまで来ていたなんて。


「……何であんた、こんなとこにいるのよ?」

「ずっと穴を掘ってて、気づいたら」

「何のために?」

「穴を掘りたかったから?」

「意味が分からないんだけど!」


 少女はその場に泣き崩れた。

 さっきから泣いてばかりだな。


「もう嫌っ! ダンジョンマスターになれなかったばかりか、こんな変な奴に隷属させられるなんて……っ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る