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Encore: Oasis - Stand by Me

 2023年2月26日――ただの暇潰しに過ぎなかった蘊蓄語りは、僕が奥深く底知れない洋楽の世界にどっぷりと心酔するきっかけとなった、から始まりました。


 はい。予告通り、今回から満足に魅力をお伝えし切れなかったアーティストをピックアップしていきますが、手始めにアンコールを求めていきたいのは、やはりこちらのバンドから。イギリス・マンチェスターに誕生したブリットポップ・ムーブメントの立役者──Oasisです!


 Oasisの顔であるGallagher兄弟が最も敬愛するThe Beatlesによる、1966年にリリースされたシングル盤『Paperback Writer』のB面曲『Rain』と、地元マンチェスターの降水量の多さに因んで命名されたThe Rainが1991年に結成され、GwigzeeことPaul Francis McGuiganがベースを、BoneheadことPaul Benjamin Arthursがギターを、TonyことAnthony McCarrollがドラムをそれぞれ担当していました。しかし、当時ボーカルを務めていたChris Huttonに対する不満を抱いていたBoneheadにより彼が解雇されると、その代役としてBoneheadと友人関係にあったLiam Gallagherが招き入れられ、ソングライターとしての役割をも担うようになります。


 バンドに加入したLiamは、実兄であるNoelとの寝室に飾ってあった、80年代末から90年代初頭にかけて勃興したマッドチェスターの代表的バンドであるInspiral Carpetsのツアーポスターに、ライブ会場のひとつとして記載されていた英ウィルトシャー・スウィンドンに位置するOasis Leisure Centreから着想を得て、バンド名をOasisと改名するように提案します。心機一転、新体制のスタートを切ったOasisですが、当時はまだティーンエイジャーとして未熟だった彼の書く曲が日の目を浴びることはなく、後にLiam自身も認めたようにくだらないものだったのです。


 一方で、水槽製作、看板書き、パン職人の助手、肉体労働など、その頃から職を転々としながら作曲活動に邁進し、音楽関係者からも一目置かれていたNoel Gallagherはというと、憧れのInspiral Carpetsのバンドローディーとなっていました。ライブの音響担当者とのコネを持ち、機材のセットアップ作業を終えた後は主役の登場まで、会場内でひたすら自身の手掛けた音楽を練習していたNoelには燻ぶったままの野心が。Liamには天性の歌声とそれを生かし切ることのできない未熟な作曲センスという皮肉な逆境がありました。そこで弟Liamは、兄Noelに対してバンドのソングライターとしての席を譲り、Oasisへの加入を打診したのです。


 結果的に、リードギタリストを兼任する形でOasisに合流したNoelの漂流生活は一段落を迎え、実弟と共に再スタートを切ることになりました。燦々と降り注ぐ止まない雨が如く、うだつが上がらなかったThe Rain時代とは打って変わって、Noelによる抜群のソングライティングと、Liamによる愛するThe Beatlesの「John LennonとSex Pistols(第39回参照)のJohn Lydonの融合」とも謳われるカリスマ溢れたボーカルが見事に調和したOasisのメジャー・デビューは、時間の問題でした……!


 マッドチェスターの時代が終焉を迎えようとしていた1994年4月、満を持してシングル『Supersonic』で鮮烈なデビューを飾れば、その当時アメリカを中心に一大潮流を形成していたグランジブームの重要人物である、Nirvana(第7回参照)のフロントマン・Kurt Cobainの死が重なったこともあり、取って代わるように台頭したのが「」への原点回帰であり、Oasisを旗手とするブリットポップ・ムーブメントなのです!


 同様に、ブリットポップ黎明期を牽引してきた代表的バンドとして知られるBlur(第2回参照)との対立軸や、Oasisを象徴する存在であるGallagher兄弟の破天荒ぶりについては非常に有名で、過去のエピソードでも語ってきた通りなので、今回くらいは彼らのことを褒めちぎっても許されるでしょう。というか、どれだけの時間をかけても、どれだけの語彙を以てしても筆舌に尽くしがたい偉業を成してきたのがOasisというバンド。2009年の解散から15年が経とうとしている現在もなお再結成アンコールを望む声が世界中で上がっているほど、伝説的な存在なのです。


 ──とはいえ、皮肉なことに、貴方がOasisのファンであればあるほど、彼らの再結成が如何に非現実的な目標であるかということを理解しているのではないでしょうか……?


 以前もお話しましたが、1994年、デビュー早々にもかかわらず、Liamがドラッグを使用しながらライブに臨んだことで激怒したNoelがバンドを一時脱退した騒動に始まり、度重なる口喧嘩や殴り合いは日常茶飯事。アルコールやドラッグ絡みの乱痴気騒ぎは警察沙汰に発展することも少なくなく、逮捕だの強制送還だの、物騒な単語が新聞の見出しを飾ることもありました。


 極めつけは、2009年にOasisが参加していた音楽フェスのバックステージで勃発していた諍いの延長線にて、兄弟が互いに大切に扱っていたギターを叩き壊し合ったことが引き金となり、遂に堪忍袋の緒が切れたNoelが愛想を尽かしたように脱退を表明。つまり、Oasisの再結成には兄弟の間に深々と刻まれた亀裂を修復する必要があるのです……。


 感情的で破天荒な末っ子Liamと、幼い頃に父からの家庭内暴力に晒されたことが原因で内向的な一方、鬱憤を心の内に留め一気に爆発させるといった性格の兄Noelの仲は、まさに氷炭相容れず。Oasisの解散後、前者は残ったメンバーでBeady Eyeというバンドを立ち上げ、後者はNoel Gallagher's High Flying Birdsと自身の名を冠したソロプロジェクトをスタートさせ、完全に袂を分かつ結果となってしまっています。


(マンチェスターで生まれ育った兄弟は、イギリスで最も人気のあるスポーツであるフットボールのチームであるマンチェスター・シティの熱烈なファンであることも知られていて、Liamは「もしシティがチャンピオンズリーグ(欧州最大のタイトル)を優勝したら兄Noelにバンド再結成の打診をするための電話を架ける」とSNS上で宣言したこともあります。そして、地元マンチェスターを本拠地とするシティは近年、獅子奮迅の好調ぶりから国内リーグ(プレミアリーグ)三連覇を始め無双状態で、今年6月には実際に悲願のチャンピオンズリーグ初優勝を成し遂げています。大好きなフットボールチームの優勝で、さぞや上機嫌であろう二人ですが、さあ、今後の兄弟仲の行方や如何に……?)


 ちなみに、Oasisのオリジナル・メンバーであるTonyは1995年に解雇され、GwigzeeとBoneheadは1999年、ほぼ同時にバンドを脱退していました。ですので、活動末期のメンバーはGallagher兄弟を除いて完全に入れ替わっていました。英プログレッシブ・ロックバンドのYesで活躍した元メンバーとして知られる偉大なドラマー・Alan Whiteと同姓同名、The Style Council元メンバー・Steve Whiteの実弟を二代目に。憧れのThe BeatlesからRichard Starkeyの息子にして、The Whoのドラマーも兼任したZakを三代目として、最終的にスティックを握っていたのは、The La'sなどに在籍していたChris Sharrockです。また、Boneheadの後任にはHeavy Stereoの元メンバーであるGemことColin Murray Archerが、Gwigzeeの後釜には元RideのAndyことAndrew Piran Bellがそれぞれ加入。


 Noel脱退によるOasisの解散後、Liamと共に残った三人はBeady Eyeを結成。Oasisの前身であるThe Rain時代と同じように、Liamも再びソングライティングに加わることになりますが、バンドは結局2014年に解散を発表。ChrisとGemはNoelのプロジェクトであるNoel Gallagher's High Flying Birdsへ移籍し、Andyは古巣であるRideの再結成に加わっていきました。こう見ると、やはりOasisというバンドにおけるNoelの存在の偉大さであったりとか、人望の厚さであったりといったものが垣間見えるといいますか、Liamにはバンドマンとしての求心力が足りなかったのかなーと思ってしまったりもします……。Oasisファン──いや、このどうしようもなく愛すべき破天荒兄弟のファンである方々は、どのようにお考えになることでしょうか?


 初回にてご紹介した1995年リリースの2ndアルバム『(What’s the Story) Morning Glory?』は、Oasis解散後の2010年、英国を代表する音楽の祭典Brit Awardsにて「過去30年間でのベスト・アルバム」の栄冠に輝き、名実共に英国No.1バンドとしての地位を確立。デビュー以降、1995年から2005年にかけて765週間にわたりチャートのTop75を維持し続けた功績から「過去10年間で最も成功したバンド」として、さらには22タイトルものシングルをチャートTop10にランクインさせるという新記録樹立を以て「イギリスで最も長くTop10ヒットを飛ばし続けたグループ」として、ギネスブックに名を刻んだ不朽のアーティスト。Oasisを良く知る方にも、実はあまり良く知らないという方にも、胸を張ってお勧めできる二曲目に選ぶべき楽曲は何なのかと、今もこうして文章を書きながら、悩みに悩んでおります(笑)。


 まず『(What’s the Story) Morning Glory?』の収録曲ですが、こちらは全曲、一度はご自身でご鑑賞なさってくださればと思います。もう、僕の解説など蛇足も良いところと言わんばかりの良曲揃いで、このつまらない駄文乱文を興味津々でここまで読んでくださった数奇者の貴方には、今更わざわざお勧めするまでもないのです(笑)。


 うーん。難しいところですが、決めましたよ。今回は1997年にリリースされた3rdアルバム『Be Here Now』の収録曲『Stand by Me』でいきましょう。理由ですか。それは追々説明致しますので、そろそろ乾いた喉を潤すべく、オアシスを探し求めに参りましょう──。


[Verse1(0:31~)]

「折角メシを作ったってのに吐き出しちまった日曜のことだ」

「学ぶべきことがたくさんあったよ」

「言った通り俺もいつかは旅立ちの日を迎える」

「俺の心が擦り切れちまう前に」


[Bridge(0:53~)]

「それでどうしたってんだよ?」

「何か気の利いた歌でも聴かせてくれないか」

「寒さも風も雨も分かっちゃくれないのさ」

「奴等は気紛れに過ぎ去ってゆくだけなんだからな」


[Verse2(1:16~)]

「何の意味すら見出せない時代は辛いものだ」

「それでも俺は床に転がる鍵を見つけたんだ」

「おそらく俺もお前も信じられないだろうよ」

「ドアの向こうに目にするものを」


[Bridge(1:38~)]

繰り返し


[Chorus(2:01~)]

「傍に居てくれよ、歩むべき道なんて誰にも分からないんだから」(×3)

「傍に居てくれよ、誰にも分からないんだから」

「ああ、誰にも分からない、この道が何処へ続いているかなんて」


 当該楽曲の作曲者は、勿論のことNoelです。そして、その楽曲構成や歌詞の内容については、そんなNoelにとっての憧憬の的であるJohn Lennonもカバーした、Benjamin Earl Kingのベストヒット『Stand By Me』の影響を多分に受けているものだと噂されているとかいないとか。


 Made a meal~♪で始まる最初のフレーズは、Noelが地元マンチェスターからロンドンに引っ越した時、母の教えに従って自炊をしたら食中毒になってしまったというエピソードが元ネタとなっているようで、このことからも分かる通り『Stand By Me』の歌詞にはNoel自身にまつわるプライベートな話が散りばめられているのではないかと考察できます。勿論、ボーカルを務める実弟Liamとの思い出すら含まれていると考えるのが自然です。だからこそ、この曲を第2弾として選んだという訳で!


 「何の意味すら見出せない時代」とNoelが表現したのは、彼が職を転々としながら作曲活動に励んでいた下積み時代のことを指しているのでしょうか。そして、その後に続く「お前」とは、ひいては「傍に居てくれよ」と語り掛けている相手とは、誰なのでしょうね……?


[Verse3(2:55~)]

「もしお前が出て行こうとするなら俺も連れていってくれるか?」

「電話越しの会話にはうんざりだ」

「俺にもお前には譲れないたったひとつのものがある」

「俺の心に土足で踏み入ってくるな」


[Bridge(3:17~)]

繰り返し


[Chorus(3:41~)]

繰り返し


[Bridge2(4:32~)]

「この道が何処へ続くか」

「俺には見届けられるかもな」

「寒さも風も雨も分かっちゃくれないのさ」

「奴等は気紛れに過ぎ去ってゆくだけなんだからな」


[Outro(4:58~)]

「傍に居てくれよ、歩むべき道なんて誰にも分からないんだから」(×3)

「傍に居てくれよ、誰にも分からないんだから」

「ああ、神のみぞ知るってやつだ、この道が何処へ続いているかなんて」


 予てから諍いの絶えなかったGallagher兄弟ですから、いずれ何らかの破綻が生じ、Oasisの解散という結果に繋がることは予期していたものと思われます。しかし、Noelは「もしお前が出て行こうとするなら俺も連れていってくれるか?」と語っているので、この当時はOasisというバンド、ひいてはLiamの歩む道に何処までも付き合ってやろうという意思があったのでしょうか。「電話越しの会話にはうんざりだ」というように、解散した今となっては離れ離れになってしまった兄弟は顔を突き合わせないまま淡々と済ませるようなコミュニケーションを嫌うのでしょうか。だとしたら、先述の再結成にまつわる噂は実現の可能性が低そうですね……。


 「寒さも風も雨も分かっちゃくれないのさ」「奴等は気紛れに過ぎ去ってゆくだけなんだからな」というフレーズにも、予言めいたものを感じられます。気紛れに過ぎ去った雨──そう、結果的に作詞者Noelのもとからは、Oasisの前身であるThe Rain結成初期のメンバーは続々と去ってしまったのですから。ことアーティストとしてのキャリアという観点からは至極順調だと考えられたOasisですが、その実、Noelは常日頃からOasisというバンドの行く末について「神のみぞ知る」と達観していたのでしょう……。


 さて、Oasisの始まりと終わりにフォーカスしたパート2もこれにて終幕です。次回以降もこのような形で、暫くこれまでに紹介してきたアーティストの中から、まだまだ語り足りない、もっとお勧めしたい楽曲があるものをピックアップして深掘りし、アカデミックな音楽談義から面白おかしくて明日誰かに話してみたくなる小噺まで幅広くお届けしながら、新たな洋楽の世界へと繋がる貴方の扉を開くお手伝いができれば良いなと思いますので、よろしくお願いします!



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回はOasis - Stand by Meから引用しております。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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