【番外編】邦楽好きとも繋がりたい - 8

 どうもどうも、お久しぶりの番外編となります。これまであまりスポットライトを当てる機会のなかった有名アーティストたちによる、主に2010年代を代表する傑作を一挙にご紹介して参りましたが、如何でしたでしょうか。脳裏にこびりついたガムのように繰り返し味わえる、思わず口遊んでしまうような中毒性の高い曲もあれば、ふとした瞬間にゆっくりしっぽり浸りたい曲もあったかと思います。いずれにせよ、貴方のプレイリストへと加わる素敵な音楽との出会いをお手伝いできたのだとしたら幸いです!


 ちなみに、次回から記念すべき第100回を迎えるまでの間、本編ではこれまで取り上げてきたアーティストから厳選してアンコールをしていきたいと思います。個人的に魅力を十分お伝えし切れなかったと感じたり、他にもお勧めしたい楽曲があったりするアーティストを優先して、パート2として再度深掘りしていきたいと思っていますが、勿論リクエストも承っております。今までのアーティストの中から、このエッセイがきっかけで興味を持ったのでもっと詳しく知りたいとか、大好きな楽曲につき歌詞の内容を考察してほしいとか、引退・解散したグループの最新状況が知りたいなど、どのようなコメントでも歓迎しております。特にないようでしたら、今までの各エピソードに読者様から頂いたリアクションの数などを基準に決めてしまいたいと思いますが(笑)。 


 今後の方針が固まったところで、本題に戻りましょうかね。それでは、こちらが今回のお品書きです。


1.赤い公園

2.チャットモンチー

3.yonige


 前回は「邦楽」の定義を根底から覆してしまうような、一部の読者様をがっかりさせかねないチョイスだったと自覚し、反省しました。そこで今回は、僕のお気に入りガールズバンド3選をご紹介しましょう。


 駆けつけ三杯、最初の盃はこちら。東京・立川のとある高校の軽音学部で出会った藤本ひかり(Ba.)、歌川菜穂(Dr.)の二人が始めたコピー・バンドで当時のヴォーカルが脱退したことを皮切りに、後釜として仲良しの同級生・佐藤千明(Vo.)を勧誘。立て続けに抜けてしまったギター担当を探していたところ、ダメもとで誘った一学年上の憧れの先輩・津野米咲(Gt.)がメインコンポーザーとして加わり、2010年に結成された唯一無二の前衛的ロックバンド――赤い公園です!


 吹奏楽の経験もあり、フランスの印象派作曲家であるMaurice RavelやClaude Debussyなどのクラシックや現代音楽のスコアを参考にしながら、ポップスやロックのセオリーでは不協和音になる音をあえて使うことで生じる緊張と緩和を好み、そこにカウンター・メロディーを注ぎ込むなど、多様な試みで赤い公園独自の世界観を創出している津野米咲。バンドのリーダーとしてなくてはならない存在となった彼女の加入が何故ダメもとだったのかという話は、彼女たちの高校時代に遡ります……。


 元々家庭の事情により、高校卒業と同時に大阪への引っ越しが決まっていた津野は、それまで東京事変やチャットモンチーなどの楽曲をコピーしていた赤い公園の前身であるバンドへの加入を承諾しますが、それは期間限定という条件付きでした。メンバーも津野の事情に理解を示し、それを承知の上で活動を再開させますが、憧れの先輩が僅かな間だけでもバンドに参加してくれたということなので、折角の記念にとオリジナル曲を製作することに。そうして完成した楽曲に、メンバー全員はある種の手応えを感じたといいます。そして津野は、赤い公園という可能性に賭け、大阪行きをキャンセル。バンドへの残留を決意します。


 津野米咲の家系は、言わずと知れた音楽一家でした。彼女の祖父はロート製薬や阪急百貨店のテーマソングなど、数々のCMソングを手掛けた作曲家の津野陽二で、父はアニメや特撮関連の作曲家・つのごうじ(津野剛司)です。祖父とは後に離婚してしまったという祖母は宝塚歌劇団出身だそうで、二人の兄もまたギターやドラムに触れて育ち、本人も幼少期からピアノを習っていたものの、決まり事ばかりのレッスンに飽き飽きしてやめてしまったそう(笑)。


 とにかく自由で、自然体であることを求める津野のアーティストとしての哲学は、すぐにメンバー全員へと浸透し、共鳴していくことになりました。自身の音楽性を特定のジャンルとして確立することなく、その作曲スタイルを「方向性がないことこそが方向性」だと語る通り、津野は楽曲製作に際してボーカル・ベース・ドラム・シンセサイザーを入れたデモ音源を緻密に作り上げるものの、いざメンバー揃って演奏すると全く想像だにしていなかったような新境地が見えてくるので、そこから全員でアレンジを加えてゆく。音楽の好みがはっきりと分かれているメンバー同士の創造性を衝突させることで、アンバランスながらもクセになるハーモニーが生まれる。また、レコーディングでは極力オートチューンを使わないよう心掛け、多少音程がズレても、人間的な個性を裏付ける一種のスパイスとして敢えてそのままにしておく。このように、音楽を「正解」と「不正解」の二面性で捉えることなく、自らの感性を大切に育み、そこから生まれたアイデアを歪なものだと受け入れつつも、オリジナリティとして昇華させていく。それこそが赤い公園なのです……!


 2012年のメジャー・デビュー以来、公園にもかかわらず白装束を身に纏った異色のライブパフォーマンスが話題を呼び、2017年に佐藤千明の脱退を受け、翌年にアイドルネッサンスというグループの元メンバーである石野理子を新たなボーカルとして迎えるなど、紆余曲折ありながら活動していたバンドですが、2020年、気鋭の若手バンドを10年にわたって引っ張ってきた逸材である津野米咲の訃報が届きました。


 享年29歳という若さでこの世を去ってしまった彼女の死因は、自殺とみられています。というのも、実はデビュー当初の2012年にいきなり活動休止を経験したことのあるバンドですが、その裏にあったのは赤い公園のリーダーとして彼女の両肩に圧し掛かっていたプレッシャーから来る、メンタル面における不調だったのではないかと言われています。また、2020年は世界的なパンデミックの真っ只中で、直近では竹内結子や三浦春馬などの名立たる芸能人が同様に自宅で命を絶ったとの報道がなされていたこともあり、かなり精神的に不安定な時期を過ごされていたかと思います。


 津野米咲をうしなった赤い公園は、もはや今までのバンドとして存在し続けるのは不可能だとして、翌2021年に開催されたライストライブを以て解散を発表してしまいました。作曲・構成・演奏の三拍子揃った類まれなるバンドの最期としては非常に口惜しい結果となってしまいましたが、彼女の冥福をお祈り申し上げると同時に、赤い公園のおよそ10年間の旅路へ、僭越ながらこの場を借りて拍手を送らせてください。


 これを機に、読者の皆様にも赤い公園の存在を知ってもらいたい──その一心でお勧めしたいのは、2017年に表明された佐藤千明の脱退直前にリリースされたシングル『journey』です。純度100%の正しさで構成された答えなどない。何処か間違っていて、その歪さこそが愛すべき人間性なのだという歌詞は、赤い公園というバンドを象徴するようなメッセージかと個人的に思いますね。また、赤い公園のボーカルとして魂の籠った歌声を披露してきた佐藤は、バンドで過ごした7年間を最高だったと述べつつも、メンバーとの「ズレ」が生じ、どれだけ頑張って擦り合わせようとも日増しに大きくなっていく「ズレ」が迷いとなって音楽制作に支障を来した時、赤い公園のボーカルとしての使命に限界を感じたと語っていました。やはり「間違っていていも良いんだ」と口にはしていても、間違ったままの自分を愛し、胸を張って生きていくということには計り知れないほどの勇気と努力が必要なんだと思います。津野米咲を喪ってしまった今や、この『journey』の歌詞もまた違った意味が見えてきて、複雑な感情がこみ上げてきてしまいます……。


 初っ端からシリアスな内容で意気消沈させてしまいまして、大変失礼いたしました。泣き上戸に絡まれてへとへとの貴方に酌んで差し上げる二杯目はこちら。中学・高校と管弦楽部に所属してクラリネットを演奏してきた一方、高校に入ってから始めたギターを選んでバンド結成の意向を固めた橋本絵莉子(Vo, Gt.)を中心に、中村ゆみ(Ba.)、石田えりな(Dr.)でが集まって2000年に始動したロックバンド──チャットモンチーです!


 高校時代から音楽の道を志し、進路希望調査票を白紙で提出した橋本ですが、各々の事情で中村と石田はあっさり脱退。独り残された橋本は途方に暮れるも、普段は寡黙でおとなしい橋本がギターをかき鳴らして叫ぶように歌う姿に魅了された高校の同級生・福岡晃子がベースを担当し、福岡が大学進学後に知り合ったサークルの先輩・高橋久美子がドラムスとして加入し、スリーピース体制となりました。


 メンバー全員が作詞家であり、楽曲毎にそれぞれ味わい深い個性が光っているチャットモンチーの作曲スタイルは主に歌詞を先行させる所謂「詞先」で、個々のインスピレーションに導かれるようにして紡がれるメロディーはまさにセンスの塊。人数の都合上、どうしても小さく纏まりがちなサウンドを逆手により、よりシンプルかつ洗練された演奏スタイルを確立し、表現の幅広さを最大限に生かしたアレンジを磨き上げてきたバンドの音楽は変幻自在で予測不能です……。


 2005年からEP『chatmonchy has come』でメジャー・デビューを果たし、翌年にリリースされた3rdシングル『シャングリラ』などで人気を博したチャットモンチーは、そこから僅か2年後の2008年に初の日本武道館ワンマンライブが決定。これはガールズバンド史上最短記録として、当時の世間の耳目を集めました……!


 その後も精力的な活動を続けますが、2011年、徳島でのライブを最後に高橋が脱退したことで、以降は橋本と福岡の同級生コンビによる活動となりました。しかし、最終的に2018年にラストアルバム『誕生』をリリースし、日本武道館に凱旋して最後のワンマンライブを実施。地元徳島での公演を以て解散となりました。


 地元愛に溢れたチャットモンチーですが、その人気は国内にとどまらず、アメリカで定期開催されるインディーズ・ショーケース──SXSW Japan Niteと、全米6都市を巡るJapan Nite US Tour 2010での出演歴もあり、海外でも成功を収めている稀有なバンドです。そんな彼女たちの積み上げてきた功績から何かひとつだけお勧めするというなら、やはり先述した2006年のシングル『シャングリラ』ですかね。イギリスの作家・James Hiltonの著作『Lost Horizon(邦題:失われた地平線)』に登場する理想郷ユートピアの名称であるシャングリラですが、一体どういう意味なのだろうかと考えだすと、いつの間にか二度三度とループ再生してしまうほどの中毒性。「シャングリラ~♪」の掛け声の前に変拍子が差し込まれているのが独特で面白く、一瞬だけ強調されるように響くドラムサウンドが聴いていてクセになります。


 良い感じに酔いが回ってきましたね。宴も酣、最後の一杯はこちら。1973年に豪・シドニーで発足したAC/DC(第13回参照)結成時のオリジナルメンバーとして、ベースを担当していたLarry Van Kriedtyonigeの姪として知られるオーストラリアと日本のハーフ・牛丸ありさ(Vo, Gt.)を筆頭に、大阪府の寝屋川出身のごっきん(Ba.)、かねもと(Dr.)が集まって2013年より始まったロックバンド──yonigeです!


 元々、メンバーはそれぞれ別のバンドに在籍しており、対バンライブを通じてある程度互いに面識はあったものの、牛丸が生来の遅刻癖によって当時の所属バンドを追い出されたのがきっかけで一緒に活動するようになったとか。バンド名を決めようとした際に、中々妙案が思い浮かばず、仕方なく目を瞑ってPCのキーボードを適当に押した結果、入力された文字列が「y/n/g」で、それを見た共通の友人が藪から棒に「よにげ!」と言ったことから、それがそのまま採用されたと……。


 バンド名は大分適当だったみたいですが、彼女らの音楽もまた一級品。その証拠に、2015年にリリースされたデビューEP『Coming Spring』の収録曲『アボカド』のヒットを契機としてSNS上で数多くの口コミが広がり、若者を中心にその存在が周知されると、同年末のツアー中にかねもとが脱退してからはツーピースでの活動を余儀なくされますが、以降も年間100を超えるライブを全国各地で実施。『アボカド』然り、牛丸の実体験が基となった等身大の歌詞とキャッチーなメロディーは共感しやすく、必要以上に感情的にならないボーカルとシンプルさをとことん突き詰めて無駄なものが削ぎ落されたベースプレイ、その全てが心地良く耳に届いてきます。


 今後に期待が膨らむ二人から、僕がお勧めするのは2020年にリリースされたアルバム『健全な社会』から、元チャットモンチーの福岡晃子がプロデューサーとして加わった『往生際』『あかるいみらい』です。実はyonigeはチャットモンチーを憧憬の的であると公言しており、解散前のラストライブにも出演していたそうなんですね。確かに音楽をじっくり聴いてみると、チャットモンチーから影響を受けていそうだなと思われる旋律も感じられたりられなかったり……?


 とはいえ、僕は音楽の技術的なことになると初歩的なこと以外はからっきしですので、どのように感じたかについては、もし皆様がご興味ありましたら実際に彼女らの音楽を聴いてみて、感想をお伝えくだされば幸いです(笑)。


 さてと、邦楽紹介のコーナーは本日もこれにて終了となります。まだまだ吞み足りないという方は、このままページの端っこまでスクロールして音楽を聴きながら二周目を楽しんで頂くもよし、二次会と称して本編の洋楽紹介に飛んでいって頂くもよし、年末年始を各々素敵な音楽ライフで彩ってくださればと思います。暴飲暴食による急激な体重増加には、くれぐれもご注意を……。


 えー。ちなみにですが、次回の番外編はこれまで通りの邦楽紹介ではなく、またしても特別編として、これまでの振り返り、及び普段とは違う試みで何かしらの音楽談義ができれば良いなと思っていますので、本編のエピソードが100回の大台を突破した際には、よろしくお願いします!



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回は何も引用しておりません。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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