Luis Fonsi, Daddy Yankee - Despacito

 細々と投稿を続けてきた本エッセイも、いつの間にか第90回を迎えることができました。読者の皆様、拙作はお楽しみ頂けていますでしょうか……?


 ここ最近、誰もが一度は耳にしたことのあるであろう国際的知名度を誇る洋楽アーティストを多数取り上げて参りましたが、特定のジャンルにこだわって音楽を嗜まれる方、思い入れの強い国や地域の音楽を好まれる方、知っている楽曲・アーティストから徐々に新領域を開拓していくという方などなど、音楽の楽しみ方というのは千差万別で十人十色かと思います。だからこそ、本作で僕が独断と偏見によって選ぶ題材の中には、知らないアーティストが非常に多いという声もしばしばありまして……。


 ならばと、節目に相応しく、かつ「一般的な知名度」という観点からはと豪語しても過言ではない楽曲を、今回は紹介してみたいと思います。プエルトリコはサン・フアン出身のラテン系シンガーとして知られるLuis Fonsiが、今月のツアー活動を最後におよそ30年にも及ぶ長きキャリアに終止符を打ち引退することを宣言している、その偉大なる功績から「キング・オブ・レゲトン」の称号で親しまれる同郷のアーティスト・Daddy Yankeeをフィーチャーした世界的ヒットソング『Despacito』です!


 ──え、誰ですかって? 


 その疑問にお答えする前に、今回は趣向を変えていきなり歌詞の和訳に移ってしまいましょう! 百聞は一聴に如かず。まずは当該楽曲を僕と一緒にご鑑賞くださいませ──。


[Intro: Luis Fonsi, Daddy Yankee(0:19~)]

「そうさ、ずっと君に目を奪われていたんだ」

「今日踊るなら君とじゃなくちゃ」

「君の眼差しの虜になるから」

「行き先は君に決めてほしい」


[Verse 1: Luis Fonsi, Daddy Yankee(0:41~)]

「君を磁石に例えるなら、僕は金属といったところか」

「取り敢えず近づいてからどうするか計画を練るんだ」

「考えるだけで鼓動が速まるね」

「今、この瞬間僕は有頂天さ」

「五感全てが欲しがっている」

「焦らないように楽しまなくちゃ」


[Refrain: Luis Fonsi, Daddy Yankee(1:01~)]

「ゆっくりと」

「君の首元でゆっくりと息を吸い込んで」

「耳元に囁かせてほしい」

「離れていても僕のことを思い出してしまうくらいに」

「ゆっくりと」

「口づけをしながらゆっくりと君を脱がせたい」

「君の迷宮の壁にサインを刻もう」

「君の身体を自由帳みたいに」

「(アガれ)」(×5)


[Post-Refrain: Luis Fonsi, Daddy Yankee(1:24~)]

「踊るように靡く君の髪を見ながら、君のリズムに乗っていたいな」

「僕の唇に教えてほしい」

「君にとっての特別な場所を」

「君のアブナイところを好きにさせてくれ」

「君の叫び声が聞けるまで」

「自分の名字すら分からなくなってしまうまで」


[Verse 2: Daddy Yankee(1:45~)]

「キスしてほしいなら、さあ、おいで、何を考えているかなんてお見通しさ」

「いつまで待たせるんだ、カワイ子ちゃん、こいつはギブ&ギブなんだよ」

「僕と一緒だと心臓がドキドキするだろ」

「僕もドキドキしてるか確かめてみたいだろ」

「なら、僕の唇を味わって確かめてごらん」

「君にどれだけの愛を与えられるか試されてやろうじゃないか」

「慌てなくても、僕はただ旅立ちたいんだ」

「始めはゆっくりと、その後はワイルドにいこう」


[Pre-Refrain: Daddy Yankee(2:07~)]

「一歩一歩、そっとそおっと」

「僕たちはくっついていく、少しずつね」

「熟れたキスをくれた時には」

「君の思い遣りに潜むずる賢さが垣間見えたよ」

「一歩一歩、そっとそおっと」

「僕たちはくっついていく、少しずつね」

「君の美しさはジグソーパズル」

「でもそれを完成させるためのピースは僕の手の中さ」

「なんてね!」


[Refrain: Luis Fonsi, Daddy Yankee(2:29~)]

繰り返し


[Post-Refrain: Luis Fonsi, Daddy Yankee(2:52~)]

繰り返し


[Bridge: Luis Fonsi(3:12~)]

「ゆっくりと」

「プエルトリコのビーチでやろうか」

「潮騒が『祝福されし者よ!』と叫ぶまで」

「僕の証が君に刻まれるように」


[Outro: Daddy Yankee & Luis Fonsi(3:24~)]

「一歩一歩、そっとそおっと」

「僕たちはくっついていく、少しずつね」

「僕の唇に教えてほしい」

「君にとっての特別な場所を」

「一歩一歩、そっとそおっと」

「僕たちはくっついていく、少しずつね」

「君の叫び声が聞けるまで」

「自分の名字すら分からなくなってしまうまで」

「ゆっくりと」


 ──どうでしょう。実際に『Despacito』を聴いたことで、この曲にピンときたという方は多いのではないでしょうか……?


 2015年、パナマ出身の女性歌手・Erika Enderと共に作詞され、Luis Fonsiにとって5年振りとなる10thアルバム『Vida』のリードシングルとして2017年にリリースされた『Despacito』は、前回も名前を挙げたカナダが誇るカリスマ的ミュージシャン・Justin Bieberの手掛けたリミックス・バージョンが人気を博したことも相俟って、世界中でとんでもないヒットを記録しました。その驚異的な記録として度々参照されるのが、Charlie Puth(第16回参照)が2014年にWiz Khalifaとタッグを組み、MVが一時YouTube歴代最多動画再生回数を更新するなどで話題を呼んだ『See You Again』の数字をわずか一か月のうちに抜き去り、現在(2023年12月)は83億回という地球人口を上回るほどの動画再生回数を稼いでいるMVです。一人一回MVを視聴してもあまりが出るほどの数字なのですから、知らない人はいないはずですよね……?


 なんて冗談はさておき。全編ほぼスペイン語で歌われているオリジナル版の『Despacito』ですが、スペイン語楽曲としてはスペイン人デュオのLos del Rioによる『Macarena(邦題:恋のマカレナ)』以来となる実に21年振りの全米チャート1位をマーク、2019年にLil Nas Xの『Old Town Road』に破られるまで16週連続で首位の座をキープし、Mariah CareyとBoyz II Menの共作『One Sweet Day』と並ぶ最長記録を保持していた名曲中の名曲です!


 ところが、大学で二年間だけイスパニア語を齧っていた程度の語学力しか持たない、僕の拙い歌詞の和訳に目を通してくださった方ならお察しの通り、当該楽曲は男女間の性的関係を連想させる隠喩が多分に含まれています。また「自分の名字すら分からなくなってしまうまで」というフレーズが不貞行為を想起させるので、例えばイスラム教徒の人口が過半数を占めるマレーシアでは、政府が国営メディアにおける『Despacito』の放送禁止を発表するなど、必ずしも好意的に受け止められていない側面もあります……。


 とはいえ、そのような負のエピソードすら、今日における『Despacito』の絶対的認知度を確立した一因とも思えます。そんな時代を代表するレゲトンソングが、果たしてどのように生まれたのかを見ていきましょう。


 『Despacito』の生みの親であるLuis FonsiことLuis Alfonso Rodríguez López-Ceperoは、決して一発屋などではなく、ラテン・グラミー賞の栄冠に輝いた『Aquí Estoy Yo』だったり、Demi Lovato(第85回参照)とラテンアメリカ音楽賞受賞作品『Échame la Culpa』などで知られています。三人兄妹の長男であるLuisの弟には、同じく歌手のJean Rodríguezが。


 プエルトリコの人気ボーイバンドであるMenudoと、地元サン・フアンの児童合唱団に憧れを抱いていたLuisは10歳の頃、家族と一緒に渡米し、後にNSYNCへと加入するJoey Fatoneと、The Big Guysというアカペラ・グループに在籍した過去があります。奨学金を得て大学まで音楽の道を突き進んだLuisは、自身のキャリアを追求するために中退し、その後間もなくしてUniversal Music Group傘下のLatin Entertainmentから契約を打診されます。


 それからは、Luisによる快進撃の始まりです。1997年にデビュー・アルバム『Comenzaré』でラテンアメリカの一般聴衆を惹きつけると、続く『Eterno』でも成功を収め、アメリカ人女性歌手・Christina Aguileraの全編スペイン語で構成された2ndアルバム『Mi Reflejo』から、デュエット曲『Si No Te Hubiera Conocido』で共演。その他、Britney Spearsによるツアーのオープニング・アクトに抜擢されたり、英語で歌われたアルバム『Fight The Feeling』をリリースしたりなど、ヨーロッパにおける市場開拓にも余念がありませんでした。


 2014年にマイアミのナイトクラブで開催された「Billboard2014ラテン・ミュージック・カンファレンス25周年記念コンサート」で、観客にエネルギッシュなパフォーマンスを披露して、米・Billboard誌に「ラテン音楽の新世代のリーダー」と言わしめたLuisが『Despacito』の構想を練り始めたのも、丁度この頃。翌2015年末、およそ2年間にわたって新曲をリリースしていなかった彼は、マイアミにある自宅にてニュー・アルバムの制作に向けたソングライティングに没頭していました。


 Luisは『Despacito』の具体的なイメージが定まるにつれ、天啓に導かれるまま、ブラジル系パナマ人のErika Enderをセッションに招き入れることに決めました。そうして作詞された『Despacito』は、当初バラードとして描かれた歌詞を持つ、クンビアとポップの融合として作曲されたものだそうですが、Luisはここにある種の「都会的な要素」を注入することに決め、レゲトン・アーティストのDaddy Yankeeへとデモ音源を送りました……。


 Daddy YankeeことRamón Luis Ayala Rodríguezは、実はLuisとひとつしか歳が変わらない先輩アーティスト。N.O.R.E.の『Oye Mi Canto』を契機とした、レゲトンブームの火付け役として知られています。かつてはプロ野球選手を志し、あのイチロー選手が活躍したMLBシアトル・マリナーズのトライアウトを受けたことも。


 しかし、彼と同じく90年代レゲトン黎明期に活躍した中心人物・DJ Playeroとレコーディング・セッションをしていた時の休憩中、とある銃撃事件の流れ弾を受けたことがきっかけでスポーツ選手の道は断念せざるを得なくなりますが、彼自身はその事件がアーティストとしてのキャリアに専念するきっかけを与えてくれたと信じているそうです(なお、その時受けた銃弾は未だ彼の身体から摘出されていないとか……)。


 『El Cartel』『El Cartel II』を始め、2000年前後にリリースされたコンピレーションアルバムに参加したDaddy Yankeeのオリジナルソングは、プエルトリコ国内で一定の成功を収めた一方で、ラテンアメリカ全体ではあまり知られることはありませんでした。ですが、同時期にアメリカの歌手・Nicky JamとLos Cangrisと呼ばれる非公式デュオを結成し、いくつかのシングルで人気を得ると、それが起爆剤となったのか、2002年にリリースされた彼のデビュー作『El Cangri.com』には一定の反響がありました。9.11同時多発テロ事件、汚職、宗教といった社会問題に切り込んだ鋭いヴァースとキャッチーなメロディーは当時の聴衆にとってはかなり新鮮なものだったかと思います……!


 結果として、2006年に米・TIME誌の選出する、世界で最も影響力のある人物のリストであるTime 100に名を連ね、2009年にはCNNの「最も影響力のあるヒスパニック・アーティスト」に選ばれたDaddy Yankeeのキャリアには、ラテン・グラミー賞やBillboardミュージック・アワードを始めとする数多くの栄誉が燦然と輝いています。特に、2004年にリリースされた3rdアルバム『Barrio Fino』のリードシングル『Gasolina』は、レゲトンを世界的なメインストリームに押し上げたパイオニア作品として知られ、その功績が讃えられています!


 そしてDaddy Yankeeのもとへ、Luis Fonsiから『Despacito』における共演の打診があったのは先述の通り。Daddy YankeeはPost-Refrain(chorus)のパートを書いて、即興でヴァースを作り、実際にレコーディングが開始されたのは2016年後半のこと。まだまだ歴史の浅いマイナージャンルであるレゲトンを、世界で最も有名な楽曲のひとつとして世に知らしめた彼らの偉業に、拍手喝采です!


 そんなDaddy Yankeeですが、冒頭に述べた通り、彼は2022年3月に7枚目のスタジオ・アルバム『Legendaddy』のリリースと、それをサポートするツアーを以て、今月中に音楽活動を引退すると発表しています。残念でなりませんが、業界に遺してきた彼の栄光は決して色褪せません。お疲れ様でした、Ayala……。



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回はLuis Fonsi, Daddy Yankee - Despacitoから引用しております。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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