JP Saxe, Julia Michaels - If the World Was Ending

 突然ですが、読者の皆様、明日が何の日かご存じでしょうか。そう、明日はブラックフライデー──アメリカ発祥の概念であるこの日は、感謝祭のある11月の第 4木曜日の翌日である金曜日とされていて、クリスマスシーズンを間近に控えた年間最大の商戦が繰り広げられ、その一環として多くの小売店がセールを開催する日として知られています。そのため、アメリカでは当日を国民の休日とする職場もあり、沢山の買い物客を呼び込むことで売上げを伸ばそうとするため、ここで黒字に転じる小売店が多いことから「ブラック」フライデーという呼称が一般化したとかしていないとか。景気回復が望まれる昨今の日本、経済を積極的に回していくためにも明日はどうか休日にしてみませんか……?


 勤労感謝の日にもかかわらず、休みを貰えなかった哀しき獣の叫びが虚しく響いたところで閑話休題、今回紹介する楽曲をご紹介しましょう。えー、本日は、クラシックピアノ奏者の祖母と、グラミー受賞経験もあるハンガリー出身の世界的チェリスト・János Starkerを祖父に持つ、音楽界屈指のサラブレッドであるカナダ人ミュージシャンはJP SaxeことJonathan Percy Starker Saxeが、Ed Sheeran(第41回参照)やHailee Steinfeld(第82回参照)など、世界の名立たるアーティストに楽曲を提供する稀代のヒットソング・ライターであり、実力派シンガーとしての顔をも併せ持つアメリカの歌姫・Julia Michaelsを招いた、第63回グラミー賞にて2019-20の最優秀楽曲にノミネートされたピアノバラード『If the World Was Ending』です!


 情報量が多いので、ひとつずつ整理していきましょう。カナダ・オンタリオ州都であるトロントから産声を上げたサラブレッド──JP Saxeにとってのヒーローは、2013年に米寿(88歳)の節目を迎えてこの世を去った祖父でした。彼自身も祖父からチェロを教わり、ギターやピアノなど、幼少期から様々な楽器に触れてきた彼の夢は、グラミー賞の栄誉に輝いた祖父の背中を追いかけることになりました。


 2018年、JP Saxeの運命は同郷のアーティストであるShawn Mendesによって大きく動きます。当時、3rdアルバム『Shawn Mendes』を発表した彼は、先行リリースされていた収録曲『Nervous』の共同ライターとしてJulia Michaelsが参加していたことを明かしました。自らの感情をありのままに音楽として表現するJuliaの素直な姿勢に共感し、彼女を素晴らしい作曲家として讃えたShawnは、Juliaの方からお勧めのアーティストを尋ねられたといいます。


 その時、ソングライティングにおいて、詩的な比喩や共感を呼びやすい表現よりも、自らの素直な気持ちで紡ぐ真心を大切にしていると語るJP SaxeのデビューEP『Both Can Be True : Part1』が米・Arista Recordsで社長兼CEOを務めるDavid Masseyの慧眼に射止められ、契約に漕ぎ着けたということもあり、Shawnは同郷のアーティストがブレイクのきっかけを掴んだEPから『25 in Barcelona』をJulia Michaelsへ紹介します。


 作詞活動について、非常に似通った哲学と矜持を抱いているJP SaxeとJulia Michaelsは、それからというもの、どちらからともなくSNS上で親睦を深めるように。『If the World Was Ending』の誕生に至るという訳です。


 偶然にもJP Saxeと同じ1993年生まれのJulia Michaelsは、同じくアメリカを代表する歌手であるSelena GomezやBridgit Mendlerなど、日本では安室奈美恵やJUJUなどに楽曲提供しているJoleen Belleと14歳の頃に出会い、ソングライターとしての才能を開花させます。19歳の頃にはLindy Robbinsとも出会い、Demi Lovatoの『Fire Starter』やFifth Harmonyの『Miss Movin' On』を手掛けるなど、まさに引っ張りだこ!


 作詞活動での成功を受け、米・Republic Recordsとの契約を果たしたJuliaのハスキーな歌声とセンス抜群の歌詞は世代を超えて受け入れられ、本人名義によるデビュー・シングル『Issues』は早速Billboard Hot 100で11位に。2018年の第60回グラミー賞では最優秀新人賞、最優秀楽曲賞にそれぞれノミネートされ、真の実力派としての力量を見せつけると、先述の経緯からShawn Mendesの仲介により、JP Saxeとの共作『If the World Was Ending』がレコーディングされます。


 何となくお察しの方、あるいは当該楽曲の背景と彼らの知名度故にご存じの方も居るかもしれませんが、JP Saxeの2ndEP『Hold It Together』のリードシングルとしてリリースされた『If the World Was Ending』は「もし世界が終わりを迎えたとしても、愛する貴女だけは傍に居てくれないだろうか」という切ないバラード調のラブソングで、このレコーディングを契機としてJP SaxeとJulia Michaels両名は交際に発展しています……!


 実際のところ、当該楽曲も収録されているJP Saxeのデビュー・アルバム『Dangerous Levels of Introspection』の収録曲のほとんどは、恋人となったJulia Michaelsについて歌っていると解釈されており、JuliaもまたJP Saxeとの甘い関係をテーマとした『Lie Like This』で応え、数多くのファンが動向を注目しているSNS上でもふたりは互いに愛を囁き合うなど、理想のカップル像を体現したかのような関係性はファンの憧憬の的となっていました。MVに出演しているふたりの仕草や表情も、そういった背景事情を知っているとなおのこと想像力が膨らみます……。


[Verse 1: JP Saxe(0:05~)]

「人混みの中で気もそぞろだった僕は」

「地震が起きた時(関係に亀裂が生じた時?)にも気付けなくて」

「でもふと考えたんだ、君が外で飲み歩いていたら?」

「それともリビングに居て、寛ぎながら、テレビでも見ていたら?」

「あれから一年も経って、やっと導き出した答えは」

「君を手放し連絡を絶つ方法さ」


[Pre-Chorus: JP Saxe(0:25~)]

「僕だって、君だって、きっと分かってる」

「君は僕に大した未練は抱かないだろうしそれで良いんだ」

「僕も、君も、きっと想ってる」

「運命の相手じゃなかったとしても構わないって」


[Chorus: JP Saxe(0:38~)]

「だけどもし世界が終わりを迎える時、君は僕のもとに来てくれるよね?」

「僕のもとに来て一緒に最期の夜を過ごしてくれるはずさ」

「君は僕を本気で愛してくれていなかったのか?」

「どれだけ怖くても関係ない」

「空が堕ちてこようものなら君をきつく抱き締めよう」

「きっとそこに理由などない」

「まして僕らがさよならを言う必要なんて」

「だから世界が終わりゆく時には、きっと傍に来てくれるよね? そうだろ?」(×2)


 曲全体を通して表されているのは、崩壊寸前まで廃れ切った男女の関係です。自分のことで一杯いっぱいだった主人公が、ある日独りで居たところを地震災害に見舞われます(海外では相対的に地震発生件数が少ないので、あるいは破局を迎えようという二人の関係における確執を地震に例えただけかもしれません)。直感的に危険を覚えた時、主人公の脳裏に浮かんだのはパートナーの姿だった。外に居るのか、家に居るのか、無関心故に彼女の動向は主人公にとって想像もつきませんが、とにかく心配。しかし、実際には何の行動も起こせずに一年の月日が流れ、二人はそれぞれの道を歩む選択をしたと。


 それでも、世界の終わりには一緒に居たいと思うほどにパートナーを愛していた主人公は、彼女を想い続けます。「きっとそこに理由などない」「まして僕らがさよならを言う必要なんて」というフレーズは楽曲に参加したJulia Michaelsの提案だそう。コーラスで男性側がある程度確信めいた言い方で「君は世界の終わりに僕のもとへ来てくれるはず」と言っていること。さらには男性ではなく、女性側によって追加されたこのフレーズから察するに、女性側もまた男性を強く想い、関係を終わらせることを惜しんでいるような雰囲気が感じ取れますね……。


[Verse 2: Julia Michaels(1:17~)]

「貴方の反応を想像しようとしたの」

「地震が起ころうと(関係が終わりを迎えようと?)怖くはなかったのに」

「どうしても考えてしまった」

「二人で飲み歩いたあの夜を」

「家の中を千鳥足でキッチンから動けなかったわね」

「あれから一年も経って、やっと導き出した答えは」

「心を無にして貴方を想う方法だった」


[Pre-Chorus: JP Saxe & Julia Michaels, Julia Michaels(1:37~)]

「私だって、貴方だって、きっと分かってる」

「貴方は私のことで大して落ち込まないだろうしそれで良いの」

「私も、貴方も、きっと想ってる」

「運命の相手じゃなかったとしても構わないって」


[Chorus: JP Saxe & Julia Michaels(1:50~)]

「けれどもし世界が終わりを迎える時、貴方は私のもとに駆けつけてくれるわよね?」

「私のもとに来て一緒に終末の夜を過ごしてくれるはず」

「貴方は私を本気で愛してくれていなかったの?」

「どれだけ怖くても関係ない」

「空が堕ちてきたって構わず抱き締めるわ」

「ええ、きっとそこに理由なんて要らない」

「まして私たちがさよならを言う必要なんて」

「だから世界が終わりゆく時には、きっと傍に来てくれるわね?」

「きっと傍に」

「きっと貴方が」(×2)

「傍に来てくれる」


[Pre-Chorus: JP Saxe(2:30~)]

繰り返し


[Chorus: JP Saxe & Julia Michaels(2:44~)]

繰り返し


[Outro: JP Saxe & Julia Michaels(3:23~)]

「もし世界が終わりを迎えるなら、貴方は私のもとに駆けつけてくれるわよね?」

「(もし世界が終わりを迎えるなら、君はきっと僕の傍に来てくれるよね?)」


 主人公同士の想いが通じ合っていたことは、女声パートで明らかになりました。どれだけの時間を経ても、どれだけの距離を置いても、二人で過ごした時間は決して色褪せない。だからこそ、うまくいかない現実との狭間に苦しめられているのだと……。


 また、こうも解釈できるでしょう。「貴方は私のことで大して落ち込まないだろうしそれで良いの」というように、破局後、パートナーには自分のことで思い悩んでほしくない。その一方で、世界の終末には自分の傍に居てほしいという我儘を呟いている。その矛盾が、相手を大切に想うあまり気持ちの整理がついていない主人公の心境を反映しているようで、何とも切ない……。


 MVの雰囲気と共同作詞者であるJP SaxeとJulia Michaelsの関係性から、この曲を所謂恋愛的なラブソングだと勝手に決めつけているようで恐縮ですが、歌詞の内容はなにも恋愛関係に限定して解釈する必要はなさそうです。実際、この『If the World Was Ending』という曲がリリースされた翌年2020年、世界を混沌に陥れたウイルスの影響から、作者両名はSam Smith, H.E.R., Alessia Cara, Sabrina Carpenter, Finneas O'Connell, Keith Urban, Niall Horanなど、様々なアーティストと当該楽曲を再リリースし、その収益全てが、パンデミックの最前線で戦いを強いられていたJP Saxeの友人が勤めている「国境なき医師団」に寄付されました。このチャリティー・キャンペーンに参加した各アーティストは、それぞれの自宅から当該楽曲を歌い上げる自身の姿を携帯電話で撮影し、それらを繋ぎ合わせたMVが制作されています。『If the World Was Ending』では「地震」と表現された世界の終わりのような状況を、現実世界に起こったパンデミックと重ね、家族愛、友愛、恋愛、そして世界中で失われた全ての愛を取り戻すためにこの曲が歌われているということですね……。


 また、悲しいことに当該楽曲が制作された時期は、JP Saxeの母が癌のために余命宣告をされていました。周囲の人間であれば、誰もが先が長くないことを察していた母に会ったJP Saxeは『If the World Was Ending』を制作する意向を伝えました。その後、楽曲は見事に世界中でヒットし、JP Saxeは世界的知名度を獲得。有名トーク番組『The Tonight Show』でお披露目パフォーマンスをするJP Saxeの姿は、母親にとって最期に見る息子のライブとして記憶に刻まれたといいます。今際の際を迎えた母親に最後の雄姿を見せることができた息子は、その機会を与えてくれたJulia Michaelsに深く感謝し、この運命的な出来事をSNSで「人生最悪の一年だったが、同時に最高の一年でもあった」と綴りました。まさに畏まった比喩表現よりも、自らの真心と現実に起きた尊い出来事をありのまま歌詞に反映するJP Saxeらしいエピソードです……。


 感動的な話に心温まったところで、今回は終わりにしたいとも思うのですが、残念なことに、こんなにも素敵なカップルであるJP SaxeとJulia Michaelsは、昨年9月に破局が報じられています。両者は3年間の関係に終止符を打つに当たって、SNSにそれぞれの想いを綴ったと思しき歌詞を乗せた楽曲を公開しています。そちらについては、また機会があれば紹介しましょう。これ以上、この素晴らしい『If the World Was Ending』という作品の余韻に水を差す訳にはいきませんので。


 今回はここまで。お読みくださりありがとうございました。本エッセイでは、取り上げてほしいアーティスト・楽曲に関するリクエスト他、作品に関するご意見・ご要望は歓迎しております。読者の皆様にはお手数をお掛けしますが、もしよろしければ、拙作をより良いものにしていくためのご協力を、何卒よろしくお願いします!



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回はJP Saxe, Julia Michaels - If the World Was Endingから引用しております。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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