Olly Murs, Demi Lovato - Up

 暫く間が空いてしまいました今回は、イギリス東部エセックス出身のシンガーソングライター・Olly Mursが、アメリカ人マルチタレント・Demi Lovatoをフィーチャーして2014年にリリースした、当初は世界中の誰もが知るあのボーイバンド──One Directionに提供されるも、彼らの所属していた英・Syco Musicにより拒否されたという背景を持つ秘曲『Up』です。


 デンマーク出身の音楽プロデューサーであるCutfatherやDaniel Davidsenなどにより作詞され、英作曲家・Wayne Hector、米ボーカルプロデューサー・Maegan Cottoneにより共同制作された『Up』は、フォークロック・バンド──Mumford & SonsやPhillip Phillipsなどにインスパイアされているそうです。先述の通り、当該楽曲は元々、2010年代に一世を風靡した伝説のボーイバンド──One Directionに宛てて提供されたものですが、当時の彼らが所属していたレーベルにより拒否されたことが契機となり、Maeganによりコーラスのパートが書き直された後に、デュエット曲としてOlly Mursの手へ渡ったという面白い背景があります。フォークロック・バンドに影響された楽曲にもかかわらず、ティーンエイジャー向けの歌って踊れるポップソングを中心に人気を博した1Dへ提供されるだなんて、中々に挑戦的といいますか……。もし、これが実現していたのだとしたらと思うと、想像力が膨らみますね!


 そして、この素晴らしい楽曲を歌うのは、One Directionの在籍していたSyco Musicの創設者にしてイギリスの音楽プロデューサーであるSimon Cowellにより企画され、彼自身も名物審査員として出演している音楽オーディション番組『The X Factor』の第6シーズンにて準優勝したことで名声を得、その後2010年に『Please Don't Let Me Go』で鳴り物入りのデビューを飾るといきなり全英首位に躍り出たという異才・Olly Mursです!


 個人的に、Olly MursとOne Directionには数多くの因縁じみた共通点が感じられます(笑)。頭文字が同じであることに始まり、One Directionの初来日公演時にオープニング・アクトとして登場したのもOllyですし、先に説明した『Up』を巡る関係もさることながら、大のサッカー好きが高じて怪我で選手生命を絶たれるまでセミプロリーグに在籍していたOllyと現在EFL League Two(4部相当)のディビジョンに属するドンカスターFCでサッカー選手として活動している1Dメンバー・Louis Tomlinson、さらにSimonの番組『The X Factor』に出場歴のある同士でもあり、SimonのSyco Musicにおけるレーベルメイトでもあるなどなど……。枚挙に暇はありません! ただひとつ言えることは『The X Factor』を通じて数多の新人発掘に携わってきたSimonの審美眼は、やはり「本物」であるということですね……!


 話が脇道に逸れたところで、Olly Mursとタッグを組んで『Up』を歌い上げるグラミー賞ノミネートシンガーをご紹介しましょう。その名もDemi Lovatoです!


 メキシコ、アイルランド、イングランド、イタリアと多国籍な血を引き、10歳の頃に子供向け番組『Barney & Friends』でメディアデビューを果たしてからというもの、俳優、歌手、ソングライターと活動の幅を広げ、色々な意味で「マルチ」な人物であるDemi Lovatoですが、音楽面において知名度を獲得していったのは、2008年リリースのデビュー・アルバム『Don't Forget』がきっかけでしょう。実に収録曲の過半数をJonas Brothers(第83回参照)と共作した当該アルバムは、彼らが人気の絶頂期を迎えていたこともあって注目度は高く、Billboard 200で初登場2位に。一見してJonas Brothersの功績が大きいようにも思えますが、翌年に発表された2ndアルバム『Here We Go Again』は、これを上回る初登場1位の快挙を成し遂げます。Demi Lovatoのアーティストとしての才覚は、疑う余地もありません。


 しかし、彼女もまたひとりの人間として、壮絶な苦難を抱えていました。活動休止を明らかにした2010年、当時18歳だったDemi Lovatoは依然学生として青春を謳歌する中で虐めを経験し、それが引き金となって摂食障害を患い、常習的な自傷行為に及んでしまいます。その後も「セルフメディケーション」と称してアルコールにドラッグ、一般的なアメリカのティーンエイジャーが陥りがちな悪癖に手を染めながら自らを保っていたDemi Lovatoですが、自身のバックダンサーを務めていたAlex Welchに対する暴行事件を起こしたことが契機となり緊急入院。その後もヘロインのオーバードースで病院に搬送されるなど、不安定な時期を過ごしますが、事件に関する自らの非を認め、断酒・脱薬物によりゆっくりと障害を克服しようとしています。


 ちなみに、Demi Lovatoはテレビタレントとして、米国版『The X Factor』において審査員兼メンターで出演していました。何だか奇妙な繋がりですね……。また、彼女自身、ジェンダー・アイデンティティーはノンバイナリー(Xジェンダー)だとカミングアウトしていますが、代名詞"they/them"に相当する日本語はないので、Sam Smith(第50回参照)の時と同じように、本稿では一貫してアーティスト名で表記させて頂いております。


 はい、そんな天才たちによる必聴のフォーク・ポップソング『Up』は、2014年にリリースされたOlly Mursの4thアルバム『Never Been Better』と、Demi Lovatoの4thアルバム『Demi』のデラックス・エディションに収録されています。英国でのプラチナ・ヒットにより、米・Epic Recordsからの楽曲にもかかわらず、Demi Lovatoの所属する米・Hollywood Recordsのアーティストによる初のプラチナ・ヒットとなったという、ちょっと変わった記録も。高揚感のあるギターと哀愁漂いながらも前向きな歌詞の絶妙なハーモニーが、必ず貴方の心を天へと導いてくれるでしょう!


 それでは、どうぞご堪能くださいませ──。


[Verse 1: Olly Murs(0:08~)]

「失恋の模様を描くんだ」

「君という窓ガラスに」

「君からの返事を待ち焦がれてたよ」

「土砂降りの雨の中だろうとね」

「ただガラスに息を吹きかけて」

「ちょっとした印を残しておくれよ」

「傷跡は消えないんだってことは分かってる」

「これが終わりじゃないって言ってほしいだけなんだ」(×2)


[Pre-Chorus: Demi Lovato(0:45~)]

「貴方の心を傷付けるつもりなんてなかったの」

「この関係を終わらせるつもりもない」

「貴方を泣かせたくなんてなかった」

「縒りを戻せるなら何だってする」


[Chorus: Demi Lovato(1:01~)]

「だから待っていて」

「今感じていることだけを信じて」

「その気持ちが一番よ」

「大切なこと、大丈夫」

「私はふたりの未来に賭けてもいい」

「だって私たちが想い合う気持ちは」

「同じ方向を向いている」

「天へとね」


 描かれているのは、すれ違う気持ちと愛し合う気持ち。一度は離れ離れになりかけた歌詞中のふたりですが、互いを信じる前向きな愛情と素直な感情、それによって心を通わせたふたりが向いている方向は常に上、すなわち、空、天であると。上を向いて歩こう、ってやつですね。シンプルながら、しみじみと染み渡るような美しいメッセージです……。


[Verse 2: Olly Murs with Demi Lovato(1:21~)]

「君はクエスチョンマークを残していったね」

「でも君は僕の望みを知っているはずだよ」

「時計の針を戻せたらって」

「元居た場所に戻れないかなって」

「だから橋を架けてほしいんだ」

「君の方から僕の方へとと歩み寄るための」

「橋を渡るのはこの僕だ」

「だからこれが終わりだなんて言わないでおくれ」(×2)


[Pre-Chorus: Demi Lovato(1:58~)]

繰り返し


[Chorus: Demi Lovato(2:14~)]

繰り返し


[Bridge: Olly Murs with Demi Lovato(2:33~)]

「僕らなら乗り越えられるさ」

「あの頃のように戻れる」

「ここで感じて、僕の心で」

「僕の胸に君の手を押し当てて」

「僕は願い、祈っている」

「君は分かってくれるって」

「もし分かってくれたなら、君はきっと言ってくれるね──」

「君を待っているよ」


[Pre-Chorus: Olly Murs & Demi Lovato(3:04~)]

繰り返し


[Chorus: Olly Murs & Demi Lovato(3:20~)]

繰り返し


 ありがちな恋愛・失恋ソングとは一味違う、人と人との信頼や絆にフォーカスしたポジティブな歌詞がふたりのアーティストのイメージとぴったり一致してとても良い味出してましたね。「君から僕へ、互いを理解し合うための橋を架けてほしい」と言いながら、次に「その橋を渡るのは僕だ」と続いたように、物事を一方へ任せ切りにするのではなく、自ら率先して行動に移そうとする姿勢が素敵でしたね。僕もこんな作曲センスが欲しいものです(笑)。


 人間の醜い側面が垣間見えたところで、今回はこの辺りでおしまいにしましょう。毎度ご覧になってくださっている読者の皆様、誠にありがとうございます。次回も皆様にお楽しみ頂けるような、思わず明日誰かに話したくなってしまう豆知識、知らないアーティストを知るきっかけ、あるいは好きなアーティストをもっと好きになってしまう話題を提供していきますので、またのお越しをお待ちしております……!



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回はMarshmello, Jonas Brothers - Leave Before You Love Meから引用しております。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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