Imagine Dragons, JID - Enemy

 今回は、アメリカ・ネバダ州を拠点とするオルタナティヴ・ロックバンド──Imagine Dragonsが、動画ストリーミングサービス・Netflix上で配信されているアニメシリーズ『Arcane』の主題歌として書き下ろし、ジョージア州出身のラッパー・JIDをフィーチャーした楽曲『Enemy』を紹介したいと思います!


 Imagine Dragonsが発足したのは2008年、リードシンガーを務めるDaniel Reynoldsが当時在籍していたユタ州に位置するブリガムヤング大学にて、旧ドラマーのAndrew Tolmanと出会ったことに端を発します。Andrew Beck, Dave Lemke, Aurora Florenceをスカウトしてキャリアをスタートさせたバンドの名前は、当時のメンバーのみぞ知る共通のフレーズのアナグラムだそうで、メンバーの過去の発言に加え、2013年にリリースされたシングル『On Top of The World』のMVにて「不規則な不眠症」を意味する"Ragged Insomnia"と書かれたステッカーが登場したことなどから、これが元となった単語であると考えられています。Ragged Insomnia名義で『Imagine Dragons』という楽曲がリリースされ、これがバンド公認であることからもほぼ確実です。


 その後、MySpaceを始めとするSNS上に作品をアップロードしながら細々と活動を続けるImagine Dragonsですが、メンバーの相次ぐ脱退により、Andrew Tolmanは高校時代の親友にして、名門・バークリー音楽大学を卒業したWayne Sermonをギタリストとして招待。さらに、彼の妻・Brittany Tolmanをバックボーカル兼鍵盤奏者として起用しますが、程なくしてDave Lemkeが脱退したため、今度はWayneがバークリー音楽大学時代の学友Ben McKeeをベーシストとして引き入れます。


 最初期はユタ州で活動の幅を広げていたバンドは地元でファンベースを確立すると、発起人Danielの故郷であるネバダ州へと移り、2009年にセルフタイトルのEP『Imagine Dragons』を、2010年にEP『Hell and Silence』を、2011年にEP『It's Time』をリリースし、着々と知名度を高めます。そんな中転機となったのは、2009年に開催された音楽の祭典Bite of Las Vegasに出演予定だったTrain(第51回参照)のフロントマン・Pat Monahanが直前に体調を崩したことで、代役として完璧なパフォーマンスを披露したことでした。この活躍がバンドの人気に火をつけたのか、地元誌でも連日にわたってImagine Dragonsの話題が取り沙汰されるなど、ちょっとしたお祭り騒ぎに。バンドはその後、米・Interscope Recordsとの契約を勝ち取り、EP『Continued Silence』で2012年にメジャーデビューを飾ります……!


 同年の後半にアルバム『Night Visions』がリリースされれば、Imagine Dragonsの人気は絶頂に達します。その証拠に、アルバムは本国アメリカでチャート2位、2013年度Spotify Worldwideでの1位に輝きました。特に2ndシングル『Radioactive』は、The Weeknd(第9回参照)の名曲『Blinding Lights』に破られた2021年まで、Billboard Hot 100で87週のチャートインという驚異的な最長記録を保持していました……。2014年開催の第56回グラミー賞では、年間最優秀レコード賞と最優秀ロック・パフォーマンス賞にノミネートされ、後者を受賞しております!


 ところが、後継作品においても、2015年の2ndアルバム『Smoke + Mirrors』からは『Gold』など、2017年の3rdアルバム『Evolve』からは『Believer』を筆頭に、バンド全体のイメージを塗り替えるようなメガヒットをロック不況の時代において次々生み出してきた天才集団にもかかわらず、Imagine Dragonsという存在は他のアーティストや音楽評論家たちから様々な評価を受けており、まさに甲論乙駁の様相を呈しています。バンドを否定する論調としては、主に彼らの音楽性に対する批判で、反復的な歌詞、強いコマーシャル性のある大袈裟とも言えるアリーナロック・プロダクション、残響効果の過剰な強調、定型への固執、ジャンルホッピング等々が、ロックの精神に反しているのだと。


 僕はこの批判について賛成も反対もなく、あくまで中立的な立場から分析しますと、TikTokなどのSNSを中心としてポップスや電子音楽、耳馴染みの良いヒップホップが若者を中心に流行し、時代の潮流を形作っていくという傾向がより顕著になった2010年代において、次第に肩身の狭くなっていくロック・シーンに生きるバンドにもかかわらず、まさに現代的な大衆音楽と同じような手法で名声を確立していくImagine Dragonsの先進的なスタイルが気に食わないという層は、プレイヤー・リスナー問わず、確かに存在しているように思われます。


 The Beatlesの解散に伴い「ロックは死んだ」と残したJohn Lennonに、衰退するイギリスのロック・シーンを憂い「ブリットポップは死んだ」と言い放ったDamon Albarnなどからも分かる通り、いつの時代もロックは姿かたちを変え、その時代に適した形へ生まれ変わろうとするものです。しかし、その変化はロックの根幹、アイデンティティを失わせるものではなく、過酷な生存競争を耐え忍ぶための「進化」なのです。ところが、Imagine Dragonsの商業的な手法というか、現代の一般聴衆において主流となっているポップス含む音楽へ擦り寄るような姿勢が、どうやら反感を買っているようですね。


 Imagine Dragonsは、主にSlipknot, The 1975, Foster the Peopleなどから公に批判を受けてきました。The 1975のフロントマン・Matthew Healyに至っては、先述したImagine Dragonsの大人気曲『Radioactive』について「こんな曲に価値などないから『ピカチュー・バナナ』って曲名でもいいだろ」などと、リスペクトの欠片も感じられない発言が物議を醸したことがあります。そして、権威ある大手バンドの意見に便乗するように、彼らのファンもまたImagine Dragonsに不当な評価を与えるのです。ここで名前を挙げたグループは僕も大好きなので、いずれかに傾倒したコメントはできませんが、ただひとつ言えるのは、確かな論拠と正確な分析によって自身の意見に基づいた批評を展開することは素晴らしいことで、誰に咎められることでもありません。ですが、他者の意見に乗じただけの誹謗、必要以上に受け手を傷つけかねない言葉遣い、根拠薄弱な中傷的発言は、決して許容できるものではありませんね……。


 では、どうしてImagine Dragonsに寄せられている批判に焦点を当てて語ってきたのかというとですね。今回紹介する、2021年11月6日に初放送されたNetflixのアニメシリーズ『Arcane』のためにレコーディングされた楽曲『Enemy』の題が意味しているところ──それが、当該楽曲のテーマである『Arcane』の世界観を反映したものであると同時に、バンドへの敵対心を持ったリスナーたちを指しているのではないかと考えられるからです。歌詞の意味を紐解いていく際には、そのようなバンドの背景事情なんかも考察に加えながら深掘りしていくとしましょう!


 そんなImagine Dragonsによる魂の叫びに共感して、作品に参加したのはジョージア州生まれのラッパー・JIDです。幼少期をスポーツ少年として過ごし、忙しなく落ち着きのない性格だったことで、親しみを込めて祖母から"Jittery"と呼ばれていたため、転じてJIDと名乗りアーティストとしての活動を開始します。


 2015年にリリースしたデビューEP『Dicaprio』を機に、地元アトランタのヒップホップ・シーンに颯爽と現れたJIDは、両親が集めていたクラシック・ファンクやソウル系のレコードに触れて育ったそう。ヴァージニア州に位置するハンプトン大学でアメリカンフットボールチームに奨学生として所属していましたが、怪我により大好きなスポーツの道が断たれ悩まされていたところ、ヒップホップデュオ・EarthGangにスカウトを受けたことを契機として、音楽に専念するために大学を退学しています。2017年には、元プロバスケットボール選手にして西ドイツ出身の逸材・J. Coleが主宰する米・Dreamville Recordsとの契約を経て、デビュー・アルバム『The Never Story』を発表。天性のリリシズムのみならず、端々に教養の深さを感じさせる音楽に乗せて織り成される多彩なフローは必聴です!


 その才能に疑いの余地はありませんが、彼の人気を押し上げたのはやはりImagine Dragonsとの共作『Enemy』です。JIDとしてもキャリア最大のヒットとなった同曲の影響は凄まじく、今話題沸騰中の注目株は、今年8月に初来日公演を果たしています。今後も驚異的なペースでスターダムを駆け上がっていくであろう彼のテクニックにも注目しながら、そろそろ楽曲紹介の方に移って参りましょうか……!


 さて、色々と前口上が長くなってしまいましたが、今日のテーマ『Enemy』が単なるの域に止まらない、Imagine Dragonsの長年の舞台裏にも関わり得る深い内容を含んでいるものであることはご理解頂けたかと思います。Imagine Dragonsが嫌いな方はそもそもこのページを開いていないのかもしれませんが、そんな貴方にこそ知って頂きたい一曲、最後までお付き合いくだされば幸いです。それではいきましょう──。


[Intro: Dan Reynolds(0:04~)]

「自分の身は自分で守れ」


[Verse 1: Dan Reynolds(0:06~)]

「静寂を破る音に目を覚ませば」

「心の惑うままに、地面に耳を突き立てる」

「俺は語り継がれる物語を見守り続ける」

「かつては笑い掛けてくれていた世界に背を向けた時」


[Pre-Chorus: Dan Reynolds(0:19~)]

「お前は最高だなんて口では言う」

「だがもう一度振り返ってみれば、奴等は憎しみの矛先を向けていた」


[Chorus: Dan Reynolds(0:32~)]

「ああ、何という悲劇だ」

「誰もが俺の敵になりたがる」

「情けなどない」

「誰もが俺の敵になりたがる」

「(自分の身は自分で守れ)」

「誰もが俺の敵になりたがる」

「(自分の身は自分で守れ)」

「それでも準備はできているよ」


[Verse 2: Dan Reynolds(0:56~)]

「不吉な予兆が現れるのは決まってお前が俺の失敗を祈る時だ」

「広間での笑い声に紛れて呼ばれ続けた俺の名前」

「心の中に積み重ね、その時を待っている」

「言葉を紡いでマイクに吐き捨てお前に目に物見せてやる時を」


[Pre-Chorus: Dan Reynolds(1:09~)]

繰り返し


[Chorus: Dan Reynolds & JID(1:22~)]

繰り返し


[Verse 3: JID(1:44~)]

「誰かが俺の成功を祈ってくれると望んでる」

「誰かが俺に期待を寄せてくれると祈ってる」

「誰も立ち止まらないような場所に留まって」

「ぼろぼろの感情を抱えながら」

「いつでも準備はできてる、後は合図をくれ」

「道のりは険しい、なら躊躇はいらないさ」

「敵はすぐそこまで迫ってるが、エネルギーは尽きた」

「それでも言ってやる『アスタ・ルエゴ(さよならだ)』」

「奴等は頂点へと駆け上がろうとする俺を利用したいだけ」

「俺は型破りで、常識の範囲に囚われない考え方を持つ、まるで宇宙飛行士だ」

「創造的破壊をもたらさんとこの星を飛び出したのだ」

「何も持たない俺にとってそれは何より重要なこと」

「ここまで騒ぎになるとはな」

「意外だった、奴等は静寂を求めてたんじゃなかったか」

「正確無比、そうなると俺はクォーターバックってとこか」

「サッカーの話は誰もしてねえよ」

「口を閉じて、慌てるな、次のバッターはお前だ」

「誰が最悪だって?」

「そんなの関係ない」

「だって俺たちは既にお前の喉元へ──」


[Chorus: Dan Reynolds(2:14~)]

繰り返し


[Outro: Dan Reynolds(2:36~)]

「天に願いを、俺は決して聖人にはなれないのだから」

「我が宿敵よ」

「願え、俺は決して聞き入れないがな」

「(自分の身は自分で守れ)」


 MVをご覧くださった方の中にはピンときた方も居るかもしれませんが、この『Enemy』を主題歌とするアニメシリーズ『Arcane』は、近年、世界中を賑わせているEスポーツの競技のひとつとしても注目されている、プレイヤー人口1億人を超える大人気オンラインゲーム『League of Legends』を原作に、開発会社である米・Riot Games, Inc.がNetflixと提携して企画・製作したものです。


 ストーリーとしては、ゲーム『League of Legends』の前日譚的な位置づけとなっているようで、繁栄する都市とその地下に広がる街を舞台に、敵同士としていがみ合い、戦いに身を投じる姉妹の運命を描いた作品となっているそう。ちなみに英語版では、主要人物のひとりであるヴァイの声優を、Hailee Steinfeld(第82回参照)が務めています。


 それを踏まえた上で、歌詞の内容についてですが、Imagine DragonsのボーカリストであるDanielが語ったところによれば、この『Enemy』を通じて伝えたかったことは、自分自身さえ信じることが不可能に感じられる世界における、人間の内なる葛藤であるということ。ひいては、敵意によって分裂を生み出そうとする社会への批判でもあるといいます。


 しかし、その言葉を額面通りに受け取ったところで、この歌詞に隠された深い意味までを知ることはできません。真相を知るには、これまでにImagine Dragonsが業界の内外から受けてきた不当な批判という背景を知る必要があったのです。


 歌詞中に登場した「かつては笑い掛けてくれていた世界」というのは、Imagine Dragonsが徐々に人気を集め、2009年にTrainのピンチヒッターとしてセンセーショナルなライブパフォーマンスにより、大きな歓声を浴びていた時期のことだと解せます。一方で「お前は最高だなんて奴等は言う」「だがもう一度振り返ってみれば、奴等は憎しみの矛先を向けていたんだ」というのは、時代の変遷と共に変わっていったバンドの音楽性が批判され、他のアーティストによるネガティブキャンペーンとそれに乗じたファンの中傷的意見など、次第に批判の域を超えた不当な評価を受けるようになった現在に至るまでの経緯を表していると思われます。


 「誰もが俺の敵になりたがる」──これほどまでに、Imagine Dragonsの立たされている窮状を端的に表した言葉はありません。予てから続くロック不況の時代背景とも相俟って、彼らがある種のスケープゴートにされているという状況を嘆いているように聞こえてしまいますね……。


 これまで長きにわたって説明してきたImagine Dragonsへの批判と、彼らが創り上げた『Enemy』という楽曲はまさに、人々の敵意によって生み出された社会の分裂の最先端であり、バンドがこのような状況に決して満足しておらず、予てから不満を抱き続けてきたというメッセージに他ならないと僕は推測しております。彼らの音楽性について、思うところの多いファンも大勢居るかもしれませんが、僕のような純粋なファンも居て、Imagine Dragonsのみならず、彼らを愛するファンすらも傷ついてしまうような言葉は謹んでほしいものです……。


 また、忘れてはならないのがJIDによる30秒間のソロパートです。JIDらしさの詰まったセンス抜群のリリックもまた、彼の生い立ちを知っていると中々面白く、アメリカンフットボールのプレイヤーだったことから歌詞に「クォーターバック」という単語が登場し、サッカーや野球といった他のスポーツと掛け合わせています(もっとも、彼は現役時代ディフェンスバックというポジションでプレーしていたようです)。Eminemを想起させるような滑舌はやはり圧巻で、僕からしてみれば途中で噛まないのが不思議でなりません。最後のコーラスとの繋げ方も結構好きです。今後ますます、メジャーシーンにて色々なアーティストとのコラボが見てみたいと感じさせるような逸材であることを再確認できましたね。


 さて、何だか今回はImagine Dragons擁護のためのお気持ち表明みたいな感想文になってしまいましたが、言い訳をしても蛇足にしかならないので、この辺でお開きと致しましょう。お付き合いくださいまして、ありがとうございました!



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回はImagine Dragons, JID - Enemyから引用しております。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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