Hailee Steinfeld, Anderson .Paak - Coast

 今回のゲストはこちら。米レコードプロデューサー・KnxwledgeとのNxWorriesに、Bruno Mars(第42回参照)との共同プロジェクトであるSilk Sonicなど、多方面に活動の場を広げる天才マルチインストゥルメンタリスト・Anderson .Paakとタッグを組んだ、同郷であるアメリカ・カリフォルニア州出身の女優兼歌手・Hailee Steinfeldのお二方でお送り致しますは、2022年の共作『Coast』です!


 Hailee Steinfeldは、2010年のアメリカ西部劇映画『True Grit』でブレイクを果たして以来、数多くの有名作品に出演し、映画産業において最も権威ある賞のひとつに数えられるアカデミー賞にノミネートされた経験を持つ実力派アクトレスです。インテリアデザイナーとパーソナルトレーナーという、至って一般的な職種に就いている両親から生まれたHaileeですが、父方の叔父は俳優として活躍しているJake Steinfeldで、母方の大叔父には元子役としての経験があるLarry Domasinが。また、母方の従姉には女優のTrue O'Brienが居て、Haileeが8歳の時にテレビCMへ出演していた従姉の姿が印象的だったことから、Haileeは女優を志したといいます。より身近な存在である両親よりも、従姉の職業に影響されるだなんて、きっと親戚同士仲が良いんでしょうね!


 10歳の頃から演劇に没頭していたHaileeは、短編映画『She's a Fox』におけるTalia Alden役などで頭角を現すと、その僅か3年後に『True Grit』でMattie Ross役に抜擢され、彼女の素晴らしい演技は第83回アカデミー賞助演女優賞にノミネートされるなど、若くして成功者の道を歩み始めます。


 しかし、彼女の才能は演劇の世界に止まることはありませんでした。2015年に公開されたアメリカのミュージカルコメディ・シリーズ『Pitch Perfect 2』の劇中歌としてレコーディングされた、Jessie Jの名で知られるイギリスの歌手・Jessica Ellen Cornishのシングル『Flashlight』を、作品に出演していたHailee Steinfeldが『Sweet Life Mix』というタイトルでカバーを披露したところ、彼女の類まれな歌唱力はすぐに音楽業界の注目を集め、あっという間に米・Republic Recordsと契約を結びます。


 その後、Haileeは間髪入れずにデビュー・シングル『Love Myself』で華々しい船出を果たすと、同曲も収録された5曲入りEP『Haiz』を同2015年にリリース。ファンからの愛称を冠したタイトルのEPは一般聴衆の反応も良く、彼女の音楽業界進出という選択が正しかったことを、多くのファンが確信していたのではないでしょうか。


 以降も女優と音楽家という二足の草鞋を履きこなすHaileeは、2018年の映画『Transformers: Bumblebee』にて、サウンドトラックからシングル『Back to Life』がリリースされるという、自身の主演映画のために曲を発表するなど多才ぶりを遺憾なく発揮。その音楽性について否定的なレビューを受ける楽曲もありましたが、およそ「自己愛」を共通のテーマとして、自らの人生経験をひとつのストーリーと捉え、等身大の言葉で綴られた歌詞は多くの人々の共感を呼んでいます。


 今回は、2020年に台湾の歌手・Chen Linong(陳立農)とのシングル『Masterpiece』をリリースしてから暫く音沙汰のなかったHailee Steinfeldが、同郷の天才・Anderson .Paakの強力な援護を受けて2年越しにリリースした、終わりゆく夏の残り香を感じさせるような哀愁の影に多幸感溢れるギターとパーカッションが主体となった一曲『Coast』を紹介していきます(歌詞の和訳はもう少し後で)。


 Hailee Steinfeldに比べれば、共同作曲者であるAnderson .Paakは、そのキャリアにおける経験・実績共に格上であることは言うまでもありません。しかし、ミュージシャンとしての成功をその手中に収めるまで、苦労が絶えなかったのもまた彼の方かもしれません。


 朝鮮戦争中の韓国にて、韓国人と、兵士として従軍していたと思しきアフリカ系アメリカ人との間に生まれ、現地の孤児院に捨てられたことがきっかけで、後にカリフォルニア州のアフリカ系アメリカ人家族の養女として迎えられたという壮絶な過去を持つ母親のもと誕生したAnderson .Paakは、7歳の頃、別居中の父親が母親に暴行を加えている現場を目撃。流血沙汰になったことで実刑判決を受けた父と決別した後、彼が高校生になった頃、今度は母親が大規模な投資詐欺に手を染めて有罪判決を受けたことを知り、絶望の淵に立たされます。


 そんな彼の苦しい思春期を支えたのは、高校に通う傍ら趣味として没頭していた音楽制作でした。勿論、その衝動を止める者などおらず、彼にアーティストとしてのキャリアを歩むことについての迷いはありませんでした。しかし、音楽家としてまだ駆け出しだった2011年、当時勤めていた地元サンタバーバラのマリファナ農場から予告なく解雇処分を受けた彼は、大学在学中に出会った韓国出身の音楽留学生だったという妻と、彼女との間に授かった幼い息子を養う立場にあったにもかかわらず、ホームレスになることを余儀なくされたといいます……。


 それでも、先立ってデビュー・アルバムの制作に着手していたAnderson .Paakは、既に当時のロサンゼルスにおける音楽シーンで一目置かれる存在でした。だからこそ、彼が職を失ったことを聞きつけた同郷のグループ──Sa-Raのメンバー・Shafiq Husaynや、韓国系アルゼンチン人のラッパー・Dumbfoundeadは、彼をアシスタント、ビデオグラファー、編集者、ライター、プロデューサーなど、あらゆる名目で雇用することにより、経済的援助を施したそう。


 劣悪な家庭環境と悲観すべき逆境にもかかわらず、決して弛まぬ努力を怠らなかった彼の熱意が運命を手繰り寄せたのか、Anderson .Paakの功績は今や世界中の人々が知るところです。Silk Sonicでの偉業についてはBruno Marsの回で言及した通りですし、個人としても多数のグラミー賞受賞歴のある、まさに怪物的アーティスト。Knxwledgeとのデュオ・NxWorriesのパフォーマンスは、今年開催されたFUJI ROCK FESTIVAL '23にて僕も間近で見させてもらいましたが、もう圧巻の一言に尽きます。大好きです……。


 同じ国、同じ街に拠点を置く、同じアーティストという立場にもかかわらず、まるで正反対の生涯を歩んできたHailee SteinfeldとAnderson .Paak──僕が敬愛する両者が最強のコンビとなって制作された『Coast』は、批評家の間でも大絶賛を受けた名曲中の名曲。ゆったりとしたドリーミーな味わいながらも、活気に満ちたエレキギターの音をバックに、贅沢な二人の歌声はまさに海岸沿いでサングラスしてビーチベッドに寝そべりながらトロピカルジュースで喉を潤すような、あるいは遊び疲れて帰路に就く時の夕陽が差し込む車内で心地良く耳に入ってくるような、夏の終わりを象徴するメロディがきっと貴方の気分をリフレッシュしてくれますよ!


 相変わらずの駄文乱文ですが、今から書き直すのは骨が折れるのでこのままの勢いで行かせてください! 僕も早く『Coast』の独特な世界観に飛び込みたくてうずうずしていますので、お先に失礼しますね──。


[Verse 1: Hailee Steinfeld(0:08~)]

「貴方はまるで水面を駆ける波のようね」

「大きくリズムを刻むように寄せては返す」

「満月の夜に、ね」

「まだ家に帰るには惜しいの」

「私の気持ちを疑っても良いわ」

「私は本心を伝えたつもりよ」

「ただリラックスしていれば潮騒が貴方を連れ去ってくれるから」


[Chorus: Hailee Steinfeld & Anderson .Paak(0:26~)]

「ベイビー、私はただ気楽でいたいの(気楽で)」

「貴方と(君と)」

「エネルギー、身体から溢れ出るままに」

「ベイビー、私はただ自然体でいたいの(自然体で)」

「貴方と(君と)」

「私たちのペースで」


[Verse 2: Anderson .Paak(0:43~)]

「君と高波に攫われるような気分だ」

「色んな変化に対処してきたけど」

「俺が好きでツルんでる皆は」

「口を揃えて一緒にするなって言うんだ」

「聞いてよ、君とは何日か一緒に過ごしてきたけど」

「恐れるものなんてないなら、一緒に暴れてやろうぜ」

「お天道様の下で、そんな檻は突き破っちまえ」

「飼い慣らされるのではなく、自分らしく生きよう」

「何日も放り出されたままなんて、呆然とするよな」

「ロサンゼルスでのパーティーは休日気分」

「パシフィックコーストハイウェイ(カリフォルニア州道1号線)に乗ったら出発だ」

「生まれ育った場所にね」

「君はスクリーンとステージの上で生き生きとしてる」

「俺はそんな君の脚に挟まれたいな」

「日程を決めよう、全てのことは後回し」

「言葉には表せないけど、運命を感じるんだ」


[Chorus: Hailee Steinfeld & Anderson .Paak(1:17~)]

繰り返し


[Post-Chorus: Hailee Steinfeld & Anderson .Paak(1:34~)]

「だって、私たちが繋がっていると、他の何も現実的に感じられないから」

「ただリラックスしていれば潮騒が貴方を連れ去ってくれるから」

「ベイビー、私はただ気楽でいたいの(気楽で)」

「貴方と(君と)」

「私たちのペースで」


[Bridge: Hailee Steinfeld & Anderson .Paak(1:51~)]

「降り注ぐ星の瞬き、貴方はそれより美しい」

「そんな貴方の魅力に惹かれていくの」

「貴方の香りを吸っては吐いて」

「そうして奥深くまで魅了されていくの」


[Chorus: Hailee Steinfeld & Anderson .Paak(2:09~)]

繰り返し


[Post-Chorus: Hailee Steinfeld & Anderson .Paak(2:25~)]

繰り返し


 はあ、なんてロマンチックな曲なんでしょう。思わず溜息が零れてしまいますね。主人公となるのは勿論、Hailee SteinfeldとAnderson .Paakが演じる二人の男女です。彼らは大海原の波の音に耳を澄ませ、沈みゆく太陽の光の中で、それぞれがパートナーと一緒に過ごすその瞬間の大切さとか、自由であったりを歌っているように感じます。


 波打ち際でじゃれつく男女を想起させるように、当該楽曲の題『Coast』は海岸を表す名詞であると同時に、リラックスして気楽にやっていこうという動詞的な意味もあります。僕はこの歌詞をある種のダブルミーニングと捉え、二人はただリラックスしてそれぞれの時間を共有し、互いの存在に感謝し、ただ愛すべく時間を過ごしたいという溢れんばかりの甘酸っぱい気持ちが表されているのだと思いました。将来を憂いたり、過去にストレスを抱いたりするのではなく、ただ愛すべき誰かと一緒に過ごし、リラックスすることができる時間こそ大切にすべきという、得も言われぬ非現実的な浮遊感とカタルシス──それこそがこの『Coast』の醍醐味だと、そう思いますねえ……。


 それでは今回もこの辺で、お別れと致しましょう。皆様も、長きにわたって続いていた残暑に別れを告げる準備はできましたでしょうかね?


 今回は久しぶりの深夜投稿ということもあり、アルコールが多分に含まれた文章故、普段の拙文っぷりに拍車がかかっているのではないかと思います。僕も後から読み直すようにしますが、それよりも早く本稿に目を通された方には、予めここにお詫び申し上げます……。


 それでは、また次回もよろしくお願いします!



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回はHailee Steinfeld, Anderson .Paak - Coastから引用しております。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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