The Chainsmokers - Sick Boy

 第78回は、前回名前を挙げたChristian Frenchが在籍している米・Disruptor Recordsが2014年に設立されて以来、レーベルの顔として名を馳せてきたアメリカ・ニューヨーク発のEDM/DJデュオ──The Chainsmokersの『Sick Boy』でいきましょー。


 元は"Alex"ことAlexander PallとRhett Bixlerの両輪で活動していたThe Chainsmokersは、同郷のマネージャーにして米・Disruptor Recordsの設立者であるAdam Alpertにより、2012年にRhettに代わり"Drew"ことAndrew Taggartを加え、EDM/DJデュオとして結成します。AlexとDrewはそれぞれ、ニューヨーク大学とシラキュース大学というNY市内の大学にて、美術史と音楽ビジネスを学んでいました。


 大学在学中、を吸うことが好きだったということから親しみやすさを籠めて名付けられたThe Chainsmokersは当初、インディーズ・バンドの楽曲のリミックスを手掛けるところから始まり、インド人アクトレス・Priyanka Chopra Jonasとの共作『Erase』でキャリアをスタート。翌年2013年よりリリースされたシングル『#Selfie』が世界的なチャートインを記録すると、後にAlexが「人生を変えた("life-changing")」と評するこの楽曲により、追い風が吹きます。


 続く2014年には、LAを拠点に活動する、ドリーミーなボーカルにヘヴィなビートの個性的なギャップを特徴とする女性デュオ──sirenXXをフィーチャーした楽曲『Kanye』を、数か月後に同郷NYのシンセポップ・グループ──Great Good Fine Okと『Let You Go』をリリースすると、その功績が認められ、Adam Alpertの設立したレーベルである米・Disruptor Recordsとの契約にサインする運びに。そこからはご存じの通り。今日に至るまで様々な名曲を創り上げ、スターダムにのし上がってきました。


 その証拠に、米・Forbes誌によると、2019年の「最も稼いだDJ」としてThe Chainsmokersの名が挙がっており、この統計では2013~18年の6年間にわたって首位を維持していたCalvin Harris(第42回参照)の連続記録を阻んだ、DJ界の巨星として知られています。


 Pharrell Williams(第73回参照)にLinkin Parkなどから影響を受けたとされる、インディー、ポップミュージック、ダンスミュージック、ヒップホップの境界線を取っ払ったジャンルレスなスタイルで、これまでにアメリカ人シンガーのDayaと共に『Don't Let Me Down』で受賞した2017年の第59回グラミー賞(ダンス・レコーディング賞)を始め、現在はファン投票により実施されているAmerican Music Awardsや、アルバム・楽曲の売れ行きに基づいて決定されるBillboard Music Awardsを複数回受賞。その個性的な音楽性が大衆に認められ、同時に商業的成功を収めてきた逸材であることが裏付けられていますね。


 個人的な所感ですけど、The Chainsmokersのキャリアはもう少し長いものかと思っていました。デビューからおよそ10年という短いキャリアにもかかわらず、燦然と輝く金字塔を数々打ち立ててきた彼らの楽曲の中からベストをチョイスするのはやはり難しいですが、今回は2018年にリリースされた2ndアルバムのリードシングル『Sick Boy』で勝負! 


 ──なんでなの? と思われるかもしれません。というのも、実はこの『Sick Boy』を含むアルバム全体の雰囲気は暗く、内省的で感情的な歌詞が乗せられていて、良くも悪くも、ある意味でEDMっぽさは感じられないのです。ただでさえ、キャリア全体を通して一般聴衆と批評家との間で賛否の分かれるThe Chainsmokersのリリースしてきた作品の中でも、特にクセのあるものと言えるのかも……。


 実際に、一般社会に対する痛烈な皮肉と批判が含まれている『Sick Boy』は、批評家の間で意見が紛糾し、千差万別の評価を呼びました。好意的な見方が大半を占めている一方、例えば、英・The Guardian誌に掲載されたレセプションにおいては「垂れ流される自己憐憫("a torrent of spew-inducing self-pity")」と酷評され、そのメッセージ性を全否定。EDMのルーツに厳格で、純粋なポップを求めている聴衆にとっては受け入れ難い作品なのかもしれません……。


 とまあ、好みの分かれる楽曲であることは間違いありませんが、ここはThe Chainsmokersの積み重ねてきた功績と世界的な知名度を信じて、意気揚々と歌詞紹介の方へと移っていきましょう。The Chainsmokersがあまり好きではないという皆様も、この楽曲に籠められた本当の意味を知った時、彼らに対するイメージが一変するかもしれませんね!


[Verse1(0:00~)]

「僕はアメリカ東部出身」

「誰もが個性を排してでもプライドを守りたがるようなところさ」

「どちらを重んじるかは自分次第、でもこれが僕たちなんだ」

「僕はアメリカ西部在住」

「嘘も魔法のように美化してしまうようなところさ」

「どちらを重んじるかは自分次第、でもこれが僕たちなんだ」


[Refrain(0:21~)]

「自己愛を過信するな」

「皆が君に耳を貸すよう求めるとき」

「間違ってはならない、僕は牢に閉じ込められたけど」

「自らの手によって作られた檻、それがまさに僕の信じるべきもの」

「そして人は僕がおかしな奴だと言う」

「リスクを冒さないという点ではさ、そうだろ」

「自己愛の世界へようこそ」

「そう、僕らは無関心によって結ばれている」


[Verse2(0:42~)]

「僕はアメリカ東部出身」

「ヒステリーを起こして鈍感になってしまうようなところさ」

「どちらを重んじるかは自分次第、でもこれが僕たちなんだ」

「僕はアメリカ西部在住」

「嘘も方便という言葉が良く似合うところさ」

「どちらを重んじるかは自分次第、でもこれが僕たちなんだ」


[Chorus(1:06~)]

「僕はおかしな人間なのかもね」(×2)

「(僕はアメリカ東部出身)」

「皆が僕をおかしな奴と言うから」

「(僕はアメリカ西部在住)」

「皆が僕をおかしな奴だと呼ぶ」


 日本でいうところの関東・関西と同じように、The Chainsmokersの発祥地にしてデュオの出身地であるアメリカにおいても、東と西で文化や価値観の違いは当然に存在しているようです。貧困・宗教的弾圧・政治的諸問題などから母国を追われた欧州各国民が渡米してきた18世紀において、AlexとDrewの故郷・ニューヨークをはじめとするアメリカ東海岸の方が西部と比べて入植の歴史が古いので、その影響もあるのかもしれません。


 いずれにせよ、多様な価値観が入り混じる人間社会において、おかしな奴("sick boy")だと揶揄される歌詞の主人公ですが、ここにいう「どちらを重んじるかは自分次第」とは、アメリカでは地方によって人間性に色々な特色があるけれど、結局は好きに居住地を選ぶことができるし、それが気に入らないなら海外に移住することもできるよね──ということだけではなく、その地方特有の考え方に染まるのか、はたまた自己陶酔(ナルシシズム)に逃避して自らの価値観を何よりも優先するのか、そのどちらかを選べるのだということではないでしょうか。


 主人公は「自己愛を過信するな」というように、ナルシシズムにより自らの信じるべき道を突き進み、周囲の声に耳を傾けようとしなかった結果、それが自らを縛りつける枷となり、意固地になってしまった。結果として、自らの価値観というに閉じ込められた主人公は、自分と同じ轍を踏むことなかれと、警告のようなメッセージを発しているのでしょう。もし、主人公と同じように世間の声に耳を澄ませることなく、偏った思想のもとで自らの考え方を妄信するような生活を送る人々がマジョリティとなれば、人と人との繋がりは希薄化し、まさに「無関心によって結ばれる」社会が形成されてしまいます。


 社会というシステムにおいて、必ずしもその地域に根づいた哲学や風習というものは、良いものではないかもしれませんし、馴染むことができない人も居るかもしれません。ですが、人それぞれ価値観に差異はあれども、突き詰めれば人間同士の助け合いですから、そのように自分勝手な考え方を貫き通すような人は淘汰され「おかしな奴だ」と後ろ指をさされることになる。なんだか、人間社会のみならず、自然界において群れを形成する全ての生物間における「いじめ」というもののメカニズムを端的に表しているようで、考えさせられますね……。


[Refrain(1:25~)]

繰り返し


[Bridge(1:46~)]

「僕の人生の成果を君の承認欲求の足しにしてくれ」(×4)

「僕の人生は一体いくつの『いいね』に値するのかな?」(×4)


[Pre-Chorus(2:08~)]

「僕はアメリカ東部出身」

「僕はおかしな人間なのかもね」

「僕はアメリカ西部在住」

「僕はおかしな人間なのかもね」

「僕はアメリカ東部出身」

「皆が僕をおかしな奴と言うから」

「僕はアメリカ西部在住」

「皆が僕をおかしな奴だと呼ぶ」


[Chorus(2:31~)]

「僕はきっとおかしいんだ」(×2)

「(僕はアメリカ東部出身)」

「皆が僕をおかしな奴と言うから」

「(僕はアメリカ西部在住)」

「皆が僕をおかしな奴だと呼ぶ」


 出ました。若者の「自撮り」をテーマにした先述のヒット曲『#Selfie』から受け継がれてきた、如何にもThe Chainsmokersらしい言葉選びです。人生の価値というのは、定量化して表すことのできる客観的な指標がある訳ではありませんよね。しかし、人それぞれの価値観によって異なるはずの「人間の価値」を見る際に、近年急速に普及しているSNSというものが利用されている節があります。


 別に自分の功績でもないのに、特定の分野で有名になった友人・知人のSNSにおける投稿を引用して得意気に自慢したり、誰かの投稿に「いいね」がついた数こそがそのものの価値であるかのように論じたり。SNSというものは、利用者に定量化できないものの価値を示す一定の指標を与えたに過ぎないにもかかわらず、それが絶対不変のものであるかのように錯覚し、妄信するが蔓延することになった、謂わば諸悪の根源であるという側面もあります。


 そもそも「いいね」とは、あくまで大衆からの反応であって、人気の指標であり、価値判断の指標ではないのでしょう。しかし、現実世界で誰からも見向きもされず、あまつさえ不特定多数の人間から「お前はおかしな奴だ」と言われれば、SNSに逃げ場を求めるというのは自然の摂理かと。そうして現実と向き合う人間が減っていくにつれ、SNSにより緊密化したように思える社会はその実、SNSの無かった時代と比較して人と人との繋がりが薄れているのではないか──そうしたメッセージが、この歌詞には込められていると思います。


 結局のところ、己の主義・思想を貫くも、一般化された地域社会の価値観に寄り添うも、いずれの選択をするにせよ、もう片方をおとしめるようなことをすれば「おかしな奴だ」と言われてしまうので、もっと寛容になった方が良いということですかね。もしそういう人を見かけたとしても、いじめなんてものは以ての外です。


 このように、批評家間での評判とは裏腹に、機知に富んだ異色の良作を創り上げているThe Chainsmokersが賛否両論を呼ぶ理由は多岐にわたるのですが、例えば、素晴らしい音楽を数多世に輩出しているにもかかわらず、音楽界の頂点ともいえるグラミー賞の栄冠を手にしたことのないアーティストたちが存在する一方、彼らを差し置いて、その短いキャリアにおいてあっさりと受賞したデュオを妬むファンの声も聞こえてきます。また、DJとしての商業的成功の裏で、AlexとDrewがベンチャーキャピタル・Mantis VCを2019年より立ち上げたこともあってか、デュオがシリコンバレーを中心に蔓延するテクノロジー分野における"bro culture"(明確な定義はないが、およそ男性優越主義的な思想の意)を支持しているとの見方から、好印象を持たれていないというのが現状のようです……。


 もっとも、The ChainsmokersはこれまでにColdplay, 5 Seconds of Summer, Halseyなどなど、数々の著名アーティストと共作を手掛けている実力派で、そこに疑いの余地はないのだからこそ、業界人も彼らとのコラボを歓迎しているのだと思います。また、僕の個人的な好みの話になりますが、The Chainsmokersは特にアルバム毎のカバーアートが美しく、個々の作品の雰囲気を忠実に表現していて、何というか、とても良いです(笑)。


 雑な締めになってしまい恐縮ですが、The Chainsmokersの良いところ、少しでも読者様にお伝えすることができていれば嬉しいですね。少し間が開いてしまいましたが、第80回の節目まであとちょっと。今後も張り切って大好きなアーティストの蘊蓄うんちくを語りたいと思いますので、よろしくお願いします!



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回はThe Chainsmokers - Sick Boyから引用しております。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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