Deep Purple - Smoke on the Water

 予告通り、第74回は読者様のリクエストから。僭越ながら、Led ZeppelinとBlack Sabbathに並び立ち、イギリスのハードロック・シーンを代表する1968年結成の伝説的バンド──Deep Purpleより『Smoke on the Water』を紹介させてくださいませ。


 Led Zeppelin同様に、1968年のロンドンにて産声を上げたDeep Purpleですが、その起源は、50年代後期より英・リバプールを震源地として勃興したマージービートをやっていたグループ──The Searchersにて、ドラムを叩いていたメンバーであるChris Curtisが、Roundaboutと名乗る新たなバンドを設立した1967年に遡ります。


 最初に加入したのは、当時のChrisの同居人であり、クラシック音楽に造詣の深いハモンド・オルガン奏者のJon Lordで、同国のポップ・グループ──The Flower Pot Men(The Ivy Leagueの元メンバーで構成)にて、後のベーシストであるNick Simperらと共にバック・バンドを務めていました。


 Roundaboutの加入に際して、Nickは自身の古巣であるThe Renegades時代、同時期にデビューを飾っていたThe Dominatorsというバンドでギターをかき鳴らしていたRitchie Blackmoreという存在を覚えており、Jonと面識すらなかったギタリストを推薦。しかし、スタジオセッションを主とするプレイヤーとして当時から名を馳せていたRitchieの招聘は難航を極め、発起人であるChrisの薬物使用や職務怠慢が原因で、Roundaboutに出資する共同体(HEC)から首を斬られるなど、内憂外患の状態に。それでも何とか説得に成功し、Ritchieが加入を果たしたことで、残るピースはバンドの顔とも言えるボーカルのみとなります。


 実は一番難儀したのが、このボーカル探し。Nickの話では、The Mazeというバンドで細々と活動していたRod Evansを発掘するまで、数十人ものシンガーのオーディションが行われたとのこと。またRitchieは、The MazeでRodと共に活動していた ドラマー・Ian Paiceの技術に感銘を受け、鶴の一声で加入が決定。Jon (Key.)→Nick (Ba.)→Ritchie (Gt.)→Rod (Vo.)→Ian (Dr.)と、運命的な出会いの連鎖を繰り返し、ようやくDeep Purpleの土台となるオリジナルメンバーたちが出揃います(なお、今現在も残っているメンバーはIanのみです)。


 活動開始から暫くして、Ritchieの祖母が愛した曲名にちなんで命名されたDeep Purpleは、今日において古典的なハード・ロックの提唱者としてその地位を築き上げましたが、約2ヶ月のリハーサルを経て、1968年5月にわずか3日間でレコーディングされた後すぐに発表されたデビューアルバム『Shades of Deep Purple』に現れているように、当初はクラシカルなサウンドを挟んだサイケデリック(あるいはプログレッシブ)色の強いアート・ロック的な作風でした。アメリカ人シンガー・Joe Southにより作曲された『Hush』をはじめ、収録されたいくつかのカバー曲においてもそのようなスタイルでアレンジされていて、今でこそDeep Purpleの歩んだ歴史の第一歩として再評価を受け、当時のアメリカでも大きな反響を呼んだ名盤として語られていましたが、それとは裏腹に、本国イギリスにおいては鳴かず飛ばずでした……。


 このような作風は、1969年の3rdアルバム『Deep Purple』まで受け継がれ、特にアルバムのラストを飾る12分にも渡る名曲『April』は、Johann Sebastian BachやNikolai Rimsky-Korsakovといった代表的なクラシック奏者からのインスピレーションを基に木管楽器やストリングスを取り入れた、所謂「Deep Purple」を象徴するものとして刻まれています。


 しかしながら、当時契約していた北米のレコードレーベル・Tetragrammatonが破産寸前であったこと、それに起因するプロモーションにおける失策、本国イギリスでのセールス失敗などが影響した結果、Deep Purpleはチャートからは大きく遠ざかり、バンドは資金難に陥ります。ここでJonとRitchieは、これまでの音楽性を捨て去り、よりハードロック的側面を前面に押し出した方向転換を図るべく動き出すのです……! 当然、これまで幾重にも積み重ねてきた経験と実績をばらばらに組み立て直す訳ですから、音楽性や将来性についての見解の相違により、メンバーは大幅に入れ替わりを余儀なくされました。これが所謂「Deep Purple」の幕開けとなったのです。


 結果的に、新体制を迎えたDeep Purpleによる新アルバム『Deep Purple In Rock』と、その発表に先駆けてリリースされたシングル『Black Night』は、見事イギリスでヒットします。一方で、今度はアメリカにおけるチャートで軒並み後退……。「彼方立てれば此方が立たぬ」と言いますか、国によって、あるいは時代によって、ファンの求めるものは刻々と変化していくものだということが浮き彫りとなるような話ですね。でも、言葉を換えれば、それはDeep Purpleの音楽はいつの時代であってもそれぞれの良さがあるということ!


 既にご存じの方も多いかもしれませんが、このようにして、現在に至るまでDeep Purpleは姿かたちを変えながら独自の路線を貫いているため、メンバーの脱退・加入が激しく、その歴史も膨大です。読者の皆様は、果たして第何期のDeep Purpleがお好きでしょうか……? とても一遍に紹介できるものではないので、そろそろ本題に入りましょう。


 今回のリクエスト主様は、特にRitchie Blackmoreがお好きとのことなので、今回選ぶのは当然ながら彼の在籍時に生まれた名曲から。70年代を迎え、Ritchieが主導して開発したスピーディーなハードロック・サウンドが功を奏し、後世に語り継がれるべき名曲を連発しながら商業的にも成功した、における1972年の最高のアルバム『Machine Head』から『Smoke on the Water』です!


 後にBlack Sabbathにも参加していた「Deep Purple」の顔とも言うべきカリスマ・Ian Gillan在籍時(現在はバンドに復帰)にもかかわらず、知名度の面で彼を上回り、Jonと共にフロントマンとしての地位を分け合っていた稀代のリフ職人・Ritchie Blackmoreによる最高傑作のひとつです。その選考基準で言えば、1974年より始まった「Deep Purple」から彗星の如く誕生した疾走感抜群のキラー・チューン『Burn』もありかなーと思ったのですが、迷いに迷った挙句「どちらにしようかな」で決めました……!


 さあ、その決断が吉と出るか凶と出るか。気合を入れて臨みましょう。


[Verse1(0:51~)]

「俺たち皆でモントルーにきたんだ」

「レマン湖のほとりのな」

「モービル・ユニットでレコーディングしたくて」

「あんまり時間はなかったもんで」

「だけどFrank Zappaが率いるThe Mothersが」

「最高のコンサートをやってたんだよ」

「それなのに照明弾を撃ちやがった馬鹿がいて」

「ステージは台無しだ」


[Chorus(1:25~)]

「水面に映る煙」

「空に向かって火の手が上がる」

「水面に映る煙」


[Verse2(1:54~)]

「カジノは完全に焼け落ちた」

「凄まじい断末魔と共にな」

「Funky Claudeが忙しなく駆けずり回って」

「子供たちを引きずるように逃がしてやってた」

「何もかもが終わったとき」

「別の場所を探さなきゃいけなくなったんだ」

「けどスイスでの時間は刻一刻と過ぎ去って」

「いよいよ運の尽きかと思わされたよ」


[Chorus(2:28~)]

繰り返し


[Verse3(3:56~)]

「しまいにゃ俺たちはグランドホテルにいた」

「誰も居やしない、寒くて寂れたとこさ」

「でも外にはRolling Stonesが転がしてる例のトラックがあるじゃないか」

「だからそこでセッションすることにしたんだ」

「ほんの少し赤いライトと古いベッドがあるだけだったが」

「良い汗かける場所を見つけたんだ」

「何があろうと、やり遂げてみせるさ」

「おそらく、一生忘れない思い出になったぜ」


[Chorus(4:29~)]

繰り返し


 実のところ、この歌詞について解説することはほとんどありません。一言で説明するとすれば、これは全て「実話」のようです……。


 事のあらましは次の通り。この曲が収録されているアルバム『Machine Head』のレコーディングのため、スイスの観光地・モントルーに位置するレマン湖(英語表記はLake Geneva)を訪れ、モントルーのカジノに移された移動式録音スタジオ「モービル・ユニット」にてレコーディングを目前に控えていた1971年12月4日──イタリア系アメリカ人バンドマスター・Frank Zappaが率いるThe Mothers of Inventionによるコンサートが行われていた最中、聴衆が照明弾を天井に向けて発射したことで火災が発生し、カジノは全焼してしまいます……。


 そのため、メンバーは別の場所でレコーディングのやり直しを余儀なくされました。そして、当該楽曲の歌詞には、その事件の一部始終が綴られているという訳です。なお、その後カジノは再建され、建物内には録音スタジオ「マウンテン・スタジオ」が設置されまして、近隣の公園には当該楽曲を記念した、バンド名、曲名及び曲冒頭のリフを譜面にあしらったモニュメントが設置されているとのこと。スイス観光の際には聖地巡礼に行ってみるのも良いかもしれませんね。


 ちなみに「モービル・ユニット」というのは、英・The Rolling Stonesのメンバーが録音場所を自由に選び、新鮮な気持ちでレコーディングができるようにと、大型トレーラーの内部に録音機材を装備した移動可能な録音スタジオです。Deep Purpleをはじめ、定期的に著名なアーティストへと貸し出されることでも知られています。また、当該スタジオの管理者はThe Rolling Stones結成当初のメンバー・Ian Andrew Robert Stewarで、管理担当としてスタジオが他のバンドなどにレンタルされる際には決まって同行するので、Ianが貸出先のバンドのセッションに飛び入り参加することもあります。以前紹介したLed Zeppelinの『Rock and Roll』なんかも、Ianの客演によりこのスタジオで録音されていますよ!


 そうなると、気になるのは「モービル・ユニット」の安否ですよね。ご安心ください。移動式スタジオは無事に火の手を逃れ、2001年にはカナダ・カルガリーにあるNational Music Centreに買い取られた上、2016年より展示施設であるStudio Bellで展示中であるとのこと。カナダ旅行の際には、是非ともお立ち寄りくださいね。


 また、歌詞中に登場したFunky Claudeという人物は、まさに事件当時行われていたMontreux Jazz Festival(毎年開催されるジャズ・フェスティバルとしてはカナダのMontreal International Jazz Festivalに次いで世界第2位の規模を誇る)の創設者兼ゼネラルマネージャーを務めるClaude Nobsを指しており、火災発生時に迅速な判断により、聴衆のうち避難が遅れた数名の救出に尽力された御仁です。その甲斐もあり、巨大なカジノ施設が全焼するという大規模な火災事件だった一方で、奇跡的に死傷者は居なかったというのですから良かったです……。予期せぬ事態だったにもかかわらず、人命救助を第一に行動なされた彼の勇気ある判断に敬意を表します。


 問題なのは、事件の結末です。後にスイス警察は犯人として、エパランジュ在住のチェコスロバキア難民であるZdeněk Špičkaという人物を指名したようですが、時既に遅し。特定に至った時にはもう、犯人は国外逃亡を図っていたという何とも胸糞の悪い結果となってしまったようです……。


 今回は歌詞の翻訳・解説というよりも、楽曲誕生の背景事情を深堀りしてお伝えする形となりましたが、これはこれでお楽しみ頂けましたでしょうか?


 次回もまた、大変嬉しいことにリクエストを頂戴しておりますので、ハードロック・シーンにおける天才ギターヒーローであるRitchie BlackmoreがDeep Purpleを一時脱退後、ソロ転向したことがきっかけで誕生したあのバンドからお届けして参りましょう。ご期待ください!



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回はDeep Purple - Smoke on the Waterから引用しております。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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