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Lizzo - Juice

 番外編も終わり、また一段落。でも、一度落ち着いてしまうと、なかなか題材が浮かびませんね。あー、どうしよっかなあ。なーんてことを考えていると、耳を疑うニュースが飛び込んできました。


「ボディ・ポジティブの提唱者Lizzo──元ステージダンサー数名により、ボディ・シェイミングをはじめとする多数のハラスメント被害を告発・提訴される。」


 ──ま、まさかそんなことが……。


 とまあ、今回は以上の騒動にも言及しながら、その渦中にある人物であるMelissa Viviane Jeffersonこと、2010年から歌手として活躍しているアメリカはミシガン州生まれの女性歌手・Lizzoと『Juice』について語っていきたいと思います!


 ミシガン州デトロイトで生を受け、10歳を迎えると家族と共にテキサス州ヒューストンに移住したLizzoは、2006年にAlief Elsik高校を卒業するまでの8年間、フルート奏者としてクラシック音楽の教養を身につけていました。その後、進学先のHouston大学在学中においてもフルートを中心としたクラシックを専攻していたLizzoですが、自身の音楽家としてのキャリアを切り拓くべく中退。ミネソタ州ミネアポリスへと移ると、彼女は14歳の頃に友人たちとCornrow Cliqueという音楽グループを結成し、ラッパーとして活動していたという経験から、始めはヒップホップ・ミュージックを専門として活動していました。Lizzoというニックネームも、当時の仲間たちから、同国出身のラッパー・Shawn Corey CarterことJay-Zの楽曲『Izzo (H.O.V.A.)』にインスパイアされた"Lissa"を変化させて"Lizzo"と呼ばれるようになったことに由来します。


 現在のLizzoが世間に発信している思想・信条からは想像もできないことですが、父を早くに亡くし、音楽業界への進出を目指していた21歳当時の彼女は、1年間の車中泊生活を送る中で過剰なダイエットに没頭していました。しかし、自らの恰幅の良い体型をある種のアイデンティティであると考えるようになってからは、周囲の声に惑わされることなく良い音楽を作るのに専念すること、そして自身と同じ悩みを抱える全ての人々に「体型やスタイルに関係なく、ありのままの自分を愛するのだ」というメッセージを積極的に発信し、ボディ・ポジティブの提唱者として活動していくことを決意します。


 移住先のミネアポリスにて、Lizzoはエレクトロソウル・ポップ・デュオ──Lizzo & the Larva Inkを結成して活動する傍ら、2012年には女性3人組のラップ/R&Bグループ──The Chaliceの一員として1stアルバム『We Are the Chalice』をリリースし、地元で少なくない反響がありました。また、翌2013年には、5人組ヒップホップ・グループ──Grrrl Prtyを結成し、2016年まで活動を継続しました。


 数々のグループを渡り歩いてきた彼女のソロキャリア・デビューを飾ったのは、2013年のアルバム『Lizzobangers』でした。ミネソタ州最大級の新聞・Star Tribuneにおける"Twin Cities Critics Tally 2013"で首位を獲得し、米・Time誌により選出された「2014年に注目すべきアーティスト」の1人として名を連ねるなど、地元ミネアポリスを震源地にセンセーショナルな話題を呼んだ彼女のヒップホップは、批評家の間でも概ね好意的に受け止められます。


 2016年に米・Atlantic Recordsと契約を果たすと、メジャー・デビュー作となるEP『Coconut Oil』がリリースされ、コメディ映画『Barbershop: The Next Cut』のサウンドトラックに収録されたリードシングル『Good as Hell』を筆頭に大ヒット。Lizzoはこれまで自らの手で築き上げてきたオルタナティヴ・ヒップホップとは一線を画し、ボディ・ポジティビティ、自己愛に満ち溢れた明るいメッセージが詰め込まれた魅力的なリリックで世界中を席巻──ウーマン・エンパワーメントの旗手としての確固たる地位、そしてそんな彼女のメッセージに共感する若い女性を中心としたファンベースを同時に確立しますが、彼女の人気はそれだけに止まりません。


 2019年にリリースされた初のメジャー・アルバム『Cuz I Love You』からは『Juice』『Tempo』などヒットを連発し、特に『Truth Hurts』は米・Billboard Hot 100で7週にわたりNo.1を獲得し、女性ラッパーによるソロ曲としては史上最長記録となるなど、歴史に名を刻みました。


 Lizzoの個性的なキャラクターとエンターテイナーとしての能力は、今や音楽活動以外にも遺憾なく発揮されています。同2019年にアニメ映画『UglyDolls』で声優を務め、犯罪コメディドラマ映画『Hustlers』に出演するなど、俳優活動にも邁進。また、アマゾンプライムビデオのリアリティ番組シリーズ『Lizzo's Watch Out for the Big Grrrls』の司会者を務めており、各メディアから引っ張りだこ。米・Time誌はそんなLizzoの急成長を称え、 同年の"Entertainer of the Year"に選出します。


 以上の功績により、翌2020年に表彰式が執り行われた第62回グラミー賞で、所謂"Big 4"と呼ばれる主要部門全てを含め、その年のアーティストとしては最多となる計8部門にノミネートされたLizzoは、そのうち3冠を達成しており、名実共に今最も影響力の強いアーティストとして君臨していると言っても過言ではないでしょう!


 ──だからこそ、あのようにスキャンダラスな事件が水面下で起こっていたとは、にわかには信じられないのです……。


 ここで漸く、冒頭の話に遡ります。時は今月(2023年8月)朔日、ライブパフォーマンスの際にはThe Big Grrrls & Big Boiiisと呼ばれるプラスサイズのバックアップダンサーを起用して、チーム一丸となってボディ・ポジティブを呼び掛け続けているLizzoが、あろうことか、そのダンサーメンバーに対する常習的な性的・人種的・宗教的ハラスメント及びボディ・シェイミングにより、劣悪で敵対的な職場環境を作り出していたとして、加害者Lizzoを筆頭に、彼女のプロダクション会社であるBig Grrrl Big Touring, Inc.に加え、Lizzoのダンスチームのキャプテンを務めていたShirlene Quigleyをも相手取り、ロサンゼルス郡高等裁判所に訴状が提出されたのだそう……。


 著名人が無関係の第三者により謂れのない被害で訴えられ、多額の賠償金を請求されるという事例は、嘘か誠か、往々にして存在します。ですが、この事件においては、被害を告発し、弁護士を通じて裁判所に提訴した原告側の元ダンサー3名がそれぞれArianna Davis, Crystal Williams, Noelle Rodriguezと実名を公開していること、被害内容が非常に具体的かつ深刻なもので、直ちに「嘘だ」と断じるに足る証拠もないこと、この訴訟騒動を受けて、以前Lizzoのクリエイティブ・ディレクターを務めていた人物や、他の元バックダンサーすらも、同様の被害を受けていたとしてSNSを通じてサポートを表明したことなど、訴状に記された被害内容の信憑性を高める情報は各方面から噴出しています……。


 勿論ですが、Lizzo本人はこれらの原告側からの主張につき、真っ向から否定しています。さらに、訴状公開から2週間ほどが経過した後、彼女のバックダンサーチーム・The Big Grrrls & Big Boiiisに所属している現在のメンバー一同が公式Instagramを通じて声明文を発表し、Lizzoへの熱い称賛と連帯を表明。また、Lizzoにとって永遠のアイドルであり、コラボ歴もある米シンガー・Beyoncéも自身のツアー中にLizzoへ励ましのエールを叫ぶなど、彼女を支持する業界人も多数存在します。


 性的な虐待行為はいざ知らず、そもそも自身がアフリカ系アメリカ人としてのルーツを持っているLizzoが黒人ダンサーに対する差別的な行為をする動機などあろうはずもなく、長年にわたり一貫してボディ・ポジティブを訴えてきた彼女がウェイト・シェイミングにより他者の体型をなじり辱めるなど、想像も及びません。マイノリティとしての立場を自覚しつつも、粘り強く献身的に、音楽の力で伝えたいことを世に伝えてきたLizzoは、SNSを通じて寄せられる心無いメッセージに心を病み、鬱病に悩まされる時期もあったといいます。そんな人の痛みを良く知る彼女が、果たして自らの仲間たちにそのような残酷極まりない仕打ちをするのでしょうか。僕は甚だ疑問でなりません。


 これまで、あくまでも中立的な立場から今回の騒動を分析してきましたが、これから紹介する2019年の名盤『Cuz I Love You』に収録されたリードシングル『Juice』の和訳は、Lizzoの類まれなる功績と勇気ある思想信条を称賛し、連帯を示すものとして、彼女に捧げます。


(もし事件の全貌が明らかとなり、万が一Lizzoによる加害行為の事実が認定されれば本稿は削除ないし加筆修正をするかもしれませんので、ご了承くださいませ。)


[Verse1(0:16~)]

「鏡よ、壁掛けの鏡さんよ」

「言わなくても分かってる、そうよ私は可愛いの」

「ルイヴィトン製の引き出しに」

「敷き詰められたシューズもルイヴィトン」

「カッコ良さが滲み出ちゃうわね」

「ラグーソースみたいに絶品だわ」

「水晶玉のように私が輝けば」

「ベイビー、そこに映る貴方もきっと輝いて見える、最高でしょ」


[Pre-Chorus(0:31~)]

「それが私なりのやり方」

「私が輝いていれば、皆も一緒に輝くの(私を目指して)」

「こういう風に生まれたんだもん、無理な努力なんて必要ない(もう分かったよね)」

「シャルドネみたいなものよ、時間が私を磨き上げるの(知っているはず)」

「私が最高にイケてるんだって言わない奴はビッチ、ただの嘘吐きよ」


[Chorus(0:48~)]

「私がこんなに自分らしく輝いてるのは私のせいじゃない」

「Grey Goose(ウォッカ)を飲み過ぎたのかしら」

「水も滴る良い女でごめんなさい」

「私がどこでも話題をさらってしまうのも私のせいじゃない」

「食べなくても美味しいのが分かるプリンみたいに」

「罪作りな女でごめんなさい」

「勝手に溢れてしまう私の魅力を恨んで頂戴」(×2)


 レトロ調のファンク・ポップに刻まれた、スローバックなグルーヴを基調としたメロディーに、自己愛、自尊心に満ち満ちたセンス抜群のリリックは、僕の翻訳センスの限界を超えていました……。


 「イケてる」というニュアンスを含むスラングとして使われる"Sauce"をRagùとかけて、パスタのミートソース(ラグーソース)みたいに「自分こそが人生における主役なのだ」ということを表現していたり、海外では「論より証拠」という意味を持つ"Proof is in the pudding"=証拠はプリンの中(プリンが美味いかは食べてみないと分からない)という諺を並び替えて"I’m the pudding in the proof"とすることで「私というプリンが証拠=私が美しいという事実に証拠なんて要らない」という意味を持たせている辺り、流石の作詞センスだと感服致しましたね……。


 「私が自然体を貫けば、皆もそう居られる」「ブランド品で着飾るのも良いけれど、努力なんてしなくてもありのままの自分が美しいのだ」という、Lizzoらしさ全開の内容ですね。彼女のライブに赴いて自己肯定感が上がったとか、鬱病や摂食障害を克服することができたという声もある通り、Lizzoの音楽に救われた、勇気づけられたという人が世界中にどれほど居ることでしょう。


[Verse2(1:20~)]

「いいえ、私はただのスナックみたいに軽くないわよ」

「見てごらんなさい、ベイビー、私はなんだから」

「ベイビー、貴方ったら分かりやすいのね」

「気安く触れようとしたって駄目よ」

「貴方のジュースは絞り甲斐がないわ」

「私を少しは見習わなくっちゃ」

「うかうかしてると、貴方の彼女なんて奪っちゃうから」


[Pre-Chorus(1:35~)]

繰り返し


[Chorus(1:52~)]

繰り返し


[Bridge(2:24~)]

「誰かこの男をつまみだして」

「私に届いたDMの山に埋もれちゃったみたいで、え?」

「だから私のDMに、なんて?」

「貴方はちゃんと自分の男の手綱くらい握っておいたほうが良いわね」

「彼ったら私と友達以上の関係になりたいって、ん?」

「友達以上だって」

「これ以上私に何を言えってのよ」


[Chorus(2:40~)]

繰り返し


 MVの中でも、Lizzoは俳優業を通じて獲得したスキルにより巧みに喜怒哀楽の表現し、本気でありのままの自分自身を愛していることが画面越しからでも良く伝わります。Lizzoは最高の音楽賞であるグラミー賞の受賞経験のみならず、昨年には彼女が自身のバックダンサーを務めることのできる逸材を発掘するという趣旨のオーディション番組『Lizzo's Watch Out for the Big Grrrls』がエミー賞に輝きました。Adeleを紹介した回でも話題に挙げたかと思いますが、そんなLizzoの今後には、映画のアカデミー賞、演劇のトニー賞を含めた4大エンタテインメント賞を制覇してEGOTの称号を獲得することに期待が掛かっています。


 今回取り上げた先述の事件は、まさにその矢先の出来事でした。果たして皆様は、これだけの素晴らしいアーティストが、ファンに見えないところで公に掲げているポリシーと真っ向から相反する非難すべき行為に及んでいたと思いますか。少なくとも僕は、Lizzoが自身のキャリアを通じて体現してきた信念は裏切られていないものと信じています。彼女の作ってきた『Juice』をはじめとする沢山の名曲と、多くの人々が救われてきたボディ・ポジティブのメッセージを嘘にしないためにも。


 さて、時事ネタもあったことでの文章量になってしまいましたが、ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました! 少し重苦しい内容となってしまいましたが、お楽しみ頂けましたでしょうか?


 翻訳して改めて実感しましたが、ヒップホップ系統の楽曲は前後の詩も意識しつつ、スラング的な意味合いも正確に読み取りながら、ひとつずつ丁寧に解釈していかなければならないので労力が凄まじいです……。もっとアップテンポで曲自体の時間も長いEminemの『Rap God』みたいな楽曲だったら、僕の英語力では半日くらい掛かってしまいそうですね(笑)。


 それでは、久しぶりに次回予告をしておきましょう。実は、次回に関してはもう紹介したい曲名すら決まっています。ヒントは80年代のアメリカに爆誕した超大御所ヘヴィメタル・バンド! 黄色い最新アルバムのオープニング・ナンバーからお届けしていく予定ですので、よろしくお願いします。


 それでは……!



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回はLizzo - Juiceから引用しております。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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