There for Tomorrow - Pages

 第59回となります今回は、アメリカ・フロリダ州にて、当時高校生だったMaika Maile(ボーカル)、Chris Kamrada(ドラム)、James Flaherty(ギター)、Jay Enriquez(ベース)の4人によって、2003年に結成されたエモーショナル・ハードコアバンド──There for Tomorrowから『Pages』です。


  Jimmy Eat World, Third Eye Blind, Blink-182, The Hivesなどといったエモ寄りのポップ・パンクバンドに強い影響を受けているとされるThere for Tomorrowは、プロの歌手を父に持つフロントマン・Maika Maileが学生時代に、父と姉を同時に亡くし、傷心の日々を送っていた頃に活動を開始します。父の影響も手伝って、6歳からギターの才能の片鱗を見せていたMaikaはバンドでリードボーカルを務める傍ら、リズム・ギターも担当しています。


 バンドは当初、文字通り新たなプロジェクトとして"kick off(始動)"することから、そのまま"The Kick Off(TKO)"と命名される予定でしたが、地元でいくつかのライブを繰り返していくうちに当該名称は著作権に抵触し得ることが発覚したために、James Flahertyがギターに熱中するきっかけとなった人物でもあるJay Enriquezによって"There for Tomorrow"というバンド名が提案され、正式に改名されることとなります。


 There for Tomorrowは2003年の結成直後、すぐに地元のレコードレーベル・WP Recordsと契約──Maikaの親戚による助力もあって、アーティストが音楽業界におけるキャリアを築き、発展を促進するという名目で活動しているKeeTash Entertainmentという小さな会社の運営に携わっていたそうです(高校生ながら、行動力が凄まじいですね……)。


 そして、2004年3月にリリースされる予定だったアルバムは制作の最終段階で遅れが生じていたために延期されるものの、その翌月末に満を持してデビュー・アルバム『Point of Origin』がリリースされます。しかし、There for Tomorrowは"undisclosed reasons(非公開の理由)"でJames Flahertyの脱退を発表すると、2005年にはWP Recordsが倒産し、2006年には立て続けにKeetash Entertainmentも倒産──バンドは瞬く間に後ろ盾を失うことになります。


 ティーンエイジャーにもかかわらず肉親を2人も亡くしているMaikaに、またしても大きな困難が襲い掛かります……。しかし、だからこそMaikaは折れませんでした。一時は3人体制での活動継続も覚悟していたバンドは、同年にChristian Climerを発掘してメンバーに加えると、翌年からライブを再開。すると、同郷のロックバンド・UnderoathやParamoreとも関係のあるプロデューサー・James Paul Wisnerと出会い、EPをリリース──これをきっかけに米・Hopeless Recordsの注目を集め、2008年に晴れて契約を果たすと、James Paul Wisnerの後押しを受けつつセルフタイトルのEP『There for Tomorrow』と2ndアルバム『A Little Faster』が発表され、前者は米・Billboard誌による新人発掘チャート・Top Heatseekersにおいて16位、後者は全米アルバムチャート初登場181位を記録するなど、上々の結果を収めます!


 今回紹介致しますのは、そんな『There for Tomorrow』に収録されている、バンド屈指の人気曲『Pages』です。米・Hopeless Recordsとの契約後、初のリリースとなった事実上のデビューEPにして、日本でも4000枚を超えるセールスを記録した傑作は、全世界でブレイクしたBoys Like Girlsの2007年受賞に続き、2008年MTVU Breaking Woodie Awardの座を勝ち取りました。常人には想像もできない壮絶な体験を繰り返してきたMaika Maileの半生が反映された内省的な歌詞の内容から、エモの波動を是非に感じ取って頂きたいと思います……!


[Verse1(0:19~)]

「あの時選択を迫られた分かれ道にお前は今も眠れやしない」

「壁が崩れ落ちる、かつてお前が支えにしていた壁が」

「お前を取り巻く絶え間ない変化によって」

「自分の意見を持てるようになるまでお前は殻に閉じこもったままだ」


[Pre-Chorus(0:42~)]

「俺たちは年を重ねる毎に変わっていく(そのままではいられない)」

「ただ歩き続けるだけの日々はもうたくさんだ」


[Chorus(0:52~)]

「今はひたすら走り去るんだ」

「知っているもの全てから(過ぎ行く日々を手の甲に数えて)」

「予定がなくなるまでページを捲り続けるんだ」


 ──うーむ。やはり、この手の詩的表現多めな歌詞は翻訳が難しいですね。特に僕のような詩的センスに乏しい人間にとっては……。


 思うに、この『Pages』に籠められたスローガンは「過去を振り返らず、未来を生きよう」ということではないでしょうか。人生とは選択の連続です。分かれ道に直面した時、一度片方の道へ進むと決めたならば、決して後戻りはできませんよね。でも、どちらの道に進むのかを決める際に、その道が一体何処へ繋がっているのか、その先には何が待ち構えているのかなど、事前に知ることすらできません。当然、百発百中で常に正しい選択ができるとは限りませんし、正しい選択とは何かが仮に分かっていたところで、自らその道を選択することができない状況もあるかもしれません。人生とは、不確かなことの連続と言えます。


 間違った道に進んでしまった時、人は後悔します。これは悪い事ではありません。後悔があるからこそ反省があるのであって、反省があるからこそ成功があるのです。しかし、これは裏を返せば、後悔を反省へと転換できない限り、成功はあり得ないということ。この歌詞中に出てくる「お前」は、後悔したまま立ち止まっている人々──すなわち、当該楽曲はそんな人々に向けた希望のメッセージなのです。


 フロントマン・Maika Maileも、肉親を亡くした当時、あるいはバンドの低迷期に何らかの後悔に苛まれ、過去に囚われていた時期があったのかもしれません。しかし、塞ぎ込んでいたままでも時間が経つにつれて、良くも悪くも変化は必ず訪れます。だったら、後悔にくれる日々を歩き続けて長きにわたり苦しみ続けるのではなく、いっそのこと思い切り走り去ってしまえば良い。そうすれば、時間が傷を癒してくれるかもしれないから──そのような意味が込められていたら素敵だなと思います……。


[Verse2(1:06~)]

「お前が色々なことを考えなければならなかったあの時」

「それは最も厄介な時にやってきたよな」

「でも俺たち次第で今すぐにでも思考を切り換えられる」

「年齢が俺たちに変化を教えてくれる」

「変化が俺たちの存在を証明してくれるから」


[Pre-Chorus(1:31~)]

繰り返し


[Chorus(1:41~)]

「今はひたすら走り去るんだ」

「知っているもの全てから(過ぎ行く日々を手の甲に数えて)」

「予定がなくなるまでページを捲り続けるんだ」

「ほんの数マイル離れられたかな」

「あらゆる可能性から」

「俺たちがページを捲ろう」


[Bridge(2:16~)]

「お前が数え続けた日々の記憶が忘れられることはない」

「お前には過去に囚われないでほしい」

「俺たちがページを捲る時」(×2)


[Chorus(2:38~)]

繰り返し


 そもそも、曲の題でもある『Pages』とは、一体何のページを意味しているのでしょうか。日記か、カレンダーか、アルバムか。なんにせよ、何か「時間」に関するものを示唆している可能性が高そうです。ページを捲るという行為が、過去を振り返るということではなく、未来へと足を踏み出すために記憶を封じるということならば、脳内にフラッシュバックする思い出をアルバムに例えて、それを閉じようとすることを「ページを捲る」と比喩しているのかもしれません。あるいは、ただ後悔の日々を早く終わらせるために毎日を全力で生きようというメッセージならば、カレンダーのページを進めて先々のことに目を向けようという前向きな意味合いがありそうです。いずれにせよ、人によって様々な解釈が成立しそうですね……。


 ちなみに、結局バンドは2014年に解散を発表してしまいました。『A Little Faster』のリリース10周年記念ライブなど、散発的な再結成も行われているようですが、コロナの影響もあって実現に至ったのは一度だけ。素晴らしいバンドであることは間違いないので、今後も節目の年を迎えた際にはワンオフライブを開催してほしいものですね。


 今回もこれにておしまいです。お付き合いくださいまして、誠にありがとうございました! 既にお伝えしている通り、次回は遂に第60回目を迎えますので、著名アーティストから1曲取り上げさせて頂きたいと思います! 


 それでは……!



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回はThere for Tomorrow - Pagesから引用しております。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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