Pearl Jam - Once

 皆様は人前で感情を露わにした経験はありますでしょうか。喜びを分かち合ったりだとか、憎しみをぶつけ合ったりだとか、弱みを見せたりだとか、何でも構いません。まあ、家族や友人を射程に含めれば「一度もないですけど」なんてクールなお方は居ないかなーと思うのですが、如何でしょう。


 いえ、何故このようなことを聞いたかと言うとですね。僕はつい先日、他人を叱らなければいけない状況になったんです……。仔細は省きますが、チームワークが要求される作業に追われていた時に、時間にルーズで幾度となく期日を守らない人が居て何度も迷惑を被った挙句、堪らず怒り爆発──そんな感じでした(笑)。怒りを表に出すのって、怒る側も言いたくないことを好奇の目に晒されながら口に出す必要があるために相当なエネルギーを使う訳で、怒られる側も決して気分が良くない嫌な状況です……。


 一度期日を破った時点で優しく遠回しに注意しておけば、あの人もその時点で反省していたかもしれない。かと言って、たった一回の遅れで文句を垂れるなんて心の狭い奴だと、だったらお前はさぞかし完璧な人間なんだろうなと思われかねなかったり、どっちに転んでもバッドエンドな状況を前に、事なかれ主義の僕は「待つ」という選択をした結果、誰も得しない最悪のルートに進んでしまったという話でした。しくしく……。


 世の中完璧な人間なんて居ない! そんな思いでやってきました第58回目、アメリカ・ワシントン州はシアトルで1990年に結成された、NirvanaやSoundgardenなどと共にグランジ・シーン全盛期を代表する「90年代で最も人気のあるロックバンド」としても呼び声高い孤高の存在・Pearl Jamから『Once』を紹介していきます!


 バンドの創設メンバーであるベース・Jeff Amentとリズムギター・Stone Gossardは元々、1984年に結成されたGreen Riverというバンドで共演しておりましたが、他のバンドメイトと目指すべき音楽の方向性にずれが生じたため解散──そして、1988年に立ち上げたMother Love Boneというバンドでもボーカリスト・Andrew Woodのヘロインの過剰摂取による死をきっかけに終焉を迎えます。


 路頭に迷った2人は、Shadowというバンドの解散によって似たような境遇に置かれていた同郷のギタリスト・Mike McCreadyを仲間に加えます。その後、ボーカルとドラムという足りないパーツを探し求めるためRed Hot Chili Peppersの元ドラマー・Jack Ironsにデモ音源を送り付けて加入を打診──ついでに都合良くバンドに入ってくれそうなボーカリスト候補にもデモを渡しておいてくれという、いささか図々しいような注文をつけます(笑)。


 Jack Ironsはこれを丁重に断るも、Bad Radioのリードボーカルを務めるかたわらガソリンスタンドでアルバイトに勤しんでいた彼の友人・Eddie Vedderを紹介してくれたようで、Jackからデモを受け取ったEddieは、何の気なしにサーフィンに行こうとしていたところ歌詞を思い付いたらしく『Alive(旧題:Dollar Short)』『Once(旧題:Agytian Crave)』『Footsteps』の3曲にボーカルを乗せてレコーディング──疑いようのない実力が認められ、たった1週間でのスピード加入となりました。


 紆余曲折を経てフォーマンセルで発進したPearl Jamは、1991年にリリースした不朽の名盤『Ten』でいきなり頭角を現します。──いや、頭角どころか人混みの中でも全身丸見えってくらいに、彼らのデビュー・アルバムは連綿と後世に語り継がれるべき最高の一枚となりました。米・Billboard 200における、およそ5にもわたるランクインにより、ロック・ミュージック史上最も商業的成功を収めたレコードのひとつとして刻まれた名は伊達じゃありません……!


  そんなPearl Jamですが、最初期にはバスケットボールのファンであるメンバーらが敬愛する米・NBA選手・Mookie Blaylockの名を借りて活動していたらしく、米・Epic Recordsとの契約を前に変更を余儀なくされたことで仕方なく今のバンド名に落ち着いたとのこと。いやいや、僕は今の名前が大好きですけどね。「パールジャム」とか、僕の個人的な独断と偏見に基づく統計によれば、口に出したいバンド名ランキング第17位くらいにはランクインします(笑)。ちなみに『Ten』というアルバム名も、Mookie Blaylockの現役時代の背番号にちなんでいるとのこと。その執念や凄まじいです……。


 Eddie Vedderによれば、Pearl Jamというバンド名はネイティブ・アメリカンと結婚した彼の祖母・Pearlが作るペヨーテ(棘のないサボテン)を混ぜた特製のジャムが由来で、ペヨーテには視覚や聴覚に影響する幻覚作用があるため、ジャムを塗ったトーストを食べてハイな状態で学校に通っていたという逸話があるそうで──あーいやいや、皆さんご安心を! Eddieには確かにPearlという名前の祖母がいらっしゃるようですが、この話は全てがでたらめであることをメンバーが認めています(笑)。


 まだまだ語りたいことが沢山あるのですが、このままでは止め時がなくなってしまうので軌道修正していきますよ! グランジのファンであれば誰もが一度は耳にしたことのあるであろう名盤『Ten』は、鬱、自殺、孤独、殺人といった薄暗いテーマが取り扱われており、ホームレス問題を歌った『Even Flow』や精神病院の実態に言及した『Why Go』などが代表的です。他にも『Jeremy』とそのMVに関しては、ある高校生がクラスメイトの前で拳銃自殺をしたという実話にインスパイアされているそうです。キャリア全体を通して、中絶の権利擁護からブッシュ大統領就任への反対に至るまで、広範多岐にわたる社会的・政治的問題への発言を躊躇せず、戦後ベビーブームの次世代にあたり、多くの苦悩に直面したジェネレーションXの代弁者と評されるまでになった、アメリカ一般聴衆による厚い支持を受けているPearl Jamの全開のアルバムです……!


 そして今回紹介する名曲『Once』は、当該アルバムのオープニングナンバーにして、先述の楽曲『Alive』『Once』『Footsteps』からなる『Momma-Son』と題する3部作の2曲目という位置付けになっております! 3部作ということで2曲目だけ歌詞の内容を紹介しても仕方ないので軽いネタバレをしましょう。「いや、やっぱり自分の耳でストーリーを先に確かめて自分なりの解釈をしてみたいんだ!」という方は、ここで一度ブラウザバックして改めて戻ってきていただければと思います。


 まず『Alive』で語られるのは、主人公の青年が17歳の時にずっと父親だと思ってきた男性が実は継父であったという事実に直面し、本当の父は既に亡くなっていることを知るところからです。そして母親は悲しみに暮れ、実の父親によく似た息子に対して性的な感情を抱くようになるという作詞者・Eddie Vedderの半自伝的な物語のようです(マジか……)。Eddieはこの背景事情によって「生きていることがまるで呪いのようだ」と感じていたとのことですが、ファンは『Alive』の内容を自己啓発的なアンセムだと好意的に受け取ったことで「観客が僕にとっての曲の意味を変えてくれたおかげで呪いは解かれた」と米テレビ番組・VH1 Storytellersにて語っています(良かった……)。


 とはいえ、歌詞中の物語はまだ序盤です。続く『Once』では、父親を亡くした事実に荒れ狂う青年が連続して殺人を繰り返すという内容が示唆されています。つまり、タイトルである"Once"は殺人鬼に成り下がる前の「かつて」の自分を意味しているのでしょう……。


 結果的に、主人公は『Footsteps』にて逮捕・処刑される流れとなっており、歌詞中ではものの見事にバッドエンドです……。ちなみに、『Footsteps』だけは『Ten』の収録曲ではなく、シングル『Jeremy』のB面として収録されています。何か隠された意味があるのか、気になりますね。


 Pearl Jamが好き過ぎるあまり、バンドの説明と楽曲の概説だけでとんでもない文章量になってしまいましたね。一口にグランジといえども、以前紹介したNirvanaと比べてよりハードロックに傾倒した硬派なギター・サウンドが絶妙な最高の1曲を楽しみながら、僕の歌詞の和訳と解釈にも注目して頂ければ幸いです!


[Verse1(0:56~)]

「現実を受け入れたところで、何を言えば良い?」

「同じことの繰り返しでも、もはや痛みは感じない」


[Pre-Chorus(1:12~)]

「道路脇に佇む売春婦よ」

「俺のこめかみには爆発寸前の爆弾が眠っててな」

「16ゲージショットガンを懐に忍ばせ、俺はヤる」


[Chorus(1:21~)]

「かつては己を律することもできたはずなのに」

「かつては我を忘れることもできたはずなのに」


 痺れるほどのカッコ良さでございましょ。でも、その裏に隠されているのは仄暗い殺人というテーマなのです……。


 初っ端から主人公は、殺人を繰り返しても痛みを感じる心がなくなった鬼と化しています。歌詞中に登場した"back-street lover"については、人目に付かない路地裏で違法に春を売っている女性の方という解釈で間違いなさそうで、その後の"I play"はダブルミーニングかと思われます。言葉にするのは憚られるので、後のことは読者様のご想像にお任せしますが……。


 "Gauge"という単位は、どうやらショットガンのサイズに使われるもののようで、主人公は何故かそんな物騒なものを持ち歩いているという訳ですね。これまた2つの意味で。かつては冷静に衝動を抑えることも、怒りや悲しみに任せて自我を失うこともあったのに、今やそのような感情に振り回されるための心すらないという状態が叫ぶように歌われるサビのフレーズに現れていて、Eddie Vedderのセンスにただただ脱帽するのみです……!


[Verse2(1:38~)]

「あぁ、溶け込もうと努力してるんだなんて、狂気的だな」

「こんな社会の中に、俺の居場所なんてないだろ?」


[Pre-Chorus(1:55~)]

「小春日和のこの暖かさが憎い」

「助手席に売春婦を乗せれば」

「ポケットに手を突っ込んで、確固たる決意を以て、慎重に、ただ祈る」


[Chorus(2:03~)]

繰り返し


[Interlude(2:46~)]

「お前は俺の目が閉じたままだと思い込んでるな」

「俺が飽きるほど長い間お前に穴が開くほど見つめていたとも知らずに」


[Chorus(2:53~)]

繰り返し


[Outro(3:10~)]

「かつては己を愛してやることもできたはずなのに」

「かつてはお前を愛してやることもできたはずなのに」

「かつては……」


 結局ポケットの銃に手を掛けてしまったという訳ですね。恐ろしい……。救いようのないほどに腐り切ってしまっている主人公ですが『Alive』で説明された過去の境遇を知ると、何とも言えない複雑な気持ちになります。


 余談になりますが、Nirvanaの故・Kurt Cobainは当初、Pearl Jamの快進撃を好ましく思わなかったようで、特に『Ten』は突出したギター・リードの多用から真のオルタナティブ・ロックではないと主張していたそう。しかし、その後程なくしてPearl JamとKurt Cobainは和解しており、常に友好的な関係を築いてきたらしいです。


 今回はそんな名盤『Ten』の紹介に終始してしまいましたが、その他1993年にリリースされた2ndアルバム『Vs.』や翌年の3rdアルバム『Vitalogy』も記録的な売り上げを誇り、資格取得初年度となる2017年には、あっという間に米・Rock and Roll Hall of Fameの仲間入りを果たすなど、グランジ好きもそうでない方も、どの曲を聴こうが外れなしといった最高のバンドです。是非、この機会に……!


 そろそろ、また節目が近づいてきましたね。第59回目となります次回は、僕の趣味によって少々マイナーなところから1曲お届けしまして、第60回目の節目に誰もが良く知る大御所アーティストを紹介するという流れで行こうかなと画策しておりますので、お楽しみに!


 それでは……!



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回はPearl Jam - Onceから引用しております。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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