Adele - Rolling in the Deep

 節目に向けてラストスパート――第49回は、イギリス・ロンドン出身のシンガーソングライター・Adeleの『Rolling in the Deep』が登場です! 


(先に言っておきますと、今回のアーティスト紹介は長いです。歌詞紹介のパートまで飛ばして頂いても構いませんので、適宜一番楽しめる形で読み進めてくださると嬉しいです……!)


 他のアーティストの偉業を解説したり、バンド同士の関係性などを説明したりする際に度々名前を挙げさせて頂いているAdeleですが、同国出身のソロシンガー・Ellie Gouldingを取り上げた回で彼女の名前を出したことを覚えていらっしゃいますでしょうか。ご存じない方に向けて改めて言及しますと、Adeleは英国放送協会BBCが年始に有望な新人アーティストとして発表する"Sound of"シリーズの2008年版にて堂々首位に選出され、さらに英国最大の音楽賞ブリット・アワードにおけるCritics’ Choice Award(現・The Rising Star Award)も受賞しています。そして、上記ふたつの賞を同時受賞したことがあるのは、今までに彼女とEllie Gouldingの二人のみなんです。


 ──そんな両名ですが、Adeleは正直に言って別格です……。


 アルバムを作り始めた時の年齢をそのままアルバムタイトルにすることで知られるAdeleですが、同2008年にリリースされたデビューアルバム『19』が英チャート初登場1位をマークしたその翌年──第51回グラミー賞にて、早速最優秀新人賞と最優秀女性ポップボーカルパフォーマンス賞の2部門を受賞します。その2年後、全世界3,000万枚以上の売上を記録した2011年の2ndアルバム『21』から『Rolling in the Deep』『Someone Like You』がメガヒット──第54回となる同賞にて、主要3部門(最優秀アルバム・最優秀楽曲・最優秀レコード)含む6冠を総嘗め。続く2015年の3rdアルバム『25』でも、第59回を迎えた同賞において当然のように主要3部門含む5冠を達成するなど、まさに"Queen of Grammy"といっても過言ではないでしょう!


 その信じ難いほどに膨大な功績故に詳細は省かせて頂きますが、Adeleはこれまでにグラミー賞16回、ブリット・アワード12回、アカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞、プライムタイム・エミー賞、Billborad Artist of the Year(2011, 12, 16年)、アイヴォア・ノヴェロ賞(12, 16年)の受賞歴があり、今後トニー賞と呼ばれるアメリカの4大エンターテイメント賞の一角を受賞することになれば、歴史上も数少ない"EGOT"を達成した偉人に名を連ねることになります……。


 英国音楽業界の発展に多大なる貢献を果たしたAdeleへの賛辞は止まるところを知らず、活動開始7年目を迎えた2013年には、バッキンガム宮殿で行われたMBE授与式でMBE勲章(大英帝国勲章)を受章。米・Rolling Stone誌の2023年版「史上最も偉大な200人のシンガー」では22位に、英・The Times誌では「21世紀のベストシンガー」で堂々の第2位に選出されるなど、順風満帆のキャリアを歩んできました。


 ──しかし、誰もが羨望の眼差しを向けるAdeleの輝かしいアーティストとしての花道も、彼女にとっては決して生易しいものではありませんでした……。


 ロンドンで生を受けた彼女は、2歳の頃に父親が家を出て行き、シングルマザーの家庭で育ちました。4歳から歌を始め、9歳の時に母親の都合で南海岸・ブライトンへと引っ越します。その2年後、再びロンドンへと移り住むこととなった彼女は、16歳の時に作詞した自身にとって一番最初の曲である『Hometown Glory』の題材ともなった街・West Norwoodに居を構えました。そして、ほとんどを故郷の町で友人たちにギターを披露しながら過ごしていた彼女の青春時代は『Million Years Ago』という曲の題材にも。


 "Jessie J"ことJessica Ellen CornishやLeona Lewisといった同国出身シンガーも通っていた音楽学校を卒業したAdeleはその4か月後、在学中に作成したデモ音源をオンライン芸能誌・PlatformsMagazine.com.やMyspaceに投稿すると、一躍有名に。しかし、2008年にはアメリカツアーも控えていましたが、なんと当時交際していた恋人との時間を大切にしたいという、極めて私的な理由でキャンセルに。当時まだうら若き少女だったAdeleは自身の行動について「若気の至り("early life crisis")」と言い「信じられない」「恩知らず」と振り返っています。


 結局、その後呆気なくも破局してしまった恋人との別れに触発されて制作したと語る2ndアルバム『21』は、デビューアルバムと比較して、ルーツ・ミュージックの要素を取り入れ、クラシックと現代カントリーに傾倒していると評されましたが、サウンドの変化についてAdeleは「アメリカ南部のツアー中に、バスの運転手が地元の現代音楽を流したから」と説明していて、彼女がそれまでの2年間に経験した成長を反映したものだったと言われています。多感な時期を迎えていたAdeleは、たった数年間の間に自身の周りで巻き起こった良くも悪くも大きな変化を創作の刺激として消化してしまったんですね……。


 その後『25』がリリースされると、Adele本人によるSNS上での発言などから、これが年齢をアルバムタイトルとする三部作のフィナーレを飾るアルバムだと目されてきました。しかし、およそ6年振りに発表された2021年の4thアルバム『30』は、Adeleが実業家の夫との間に起きた離婚騒動で精神不安定に陥った30歳の時に作り始めたアルバムであることが知られています。2012年に元夫との間に授かった第一子の妊娠・出産を発表して、2017年にはオーストラリア・ブリスベンでのコンサートで、観客に結婚していることを公表して幸せ一杯だったAdeleですが、その2年後には代理人がパートナーとの破局を伝える声明文を発しています。


 そんな波乱万丈な人生を歩み「失恋ソングの女王」と呼ばれてきたAdeleから、たった一曲を選ぶのは非常に困難でした。しかし、ここは僕の独断と偏見を前面に押し出して『Rolling in the Deep』を紹介させてください。先述の一件もあり、アメリカ進出に苦労した彼女がキャリア初の全米首位に輝いたシングルであり、ロック、R&B、ラテンなどを含む12の米・Billboardチャートにランクインした、過去25年(当時)で最もクロスオーバーした楽曲と認定された超名曲です。


 冒頭でも言った通り、前口上が過去最長レベルとなってしまいました……。冗長な説明口調に飽き飽きしてしまった方、長らくお待たせ致しました。それでは一緒に2012年グラミー賞受賞楽曲を聴いて、Adeleのソウルフルな圧巻の歌声に酔いしれましょう!


[Verse1(0:05~)]

「心に火種が降ってきた」

「怒りに我を忘れた時に一筋の光が差したの」

「とうとう、貴方の本性に気付くことができた」

「裏切ってくれても構わないけど私も貴方の悪事を白日の下に晒すわ」

「跡形もなくなるまで打ちのめしてやる」

「あまり侮らない方が良いわよ」

「私の心に巣食う憤怒の炎」

「有頂天に達したとしても、視界は良好だわ」


[Pre-Chorus(0:42~)]

「貴方の愛に植え付けられた傷跡がふたりの時間を思い出させる」

「何もかもをこの手に掴み取れたはずなのに」

「貴方の愛に植え付けられたこの傷跡に、息が詰まりそうなのよ」

「そう感じるのも仕方ないでしょ」


[Chorus(0:58~)]

「結ばれるはずだった私たち(貴方は私と出会わなければ良かったと思うでしょうけど)」

「深い愛に溺れるの(涙が零れて、それでも溺れ続ける)」

「貴方は私の心を手中に収めて(貴方は私と出会わなければ良かったと思うでしょうけど)」

「音楽に合わせて弄んだだけなのね(涙が零れて、それでも溺れ続ける)」


 前述の通り、恋人との破局を迎えた当時の心境が反映された2011年の2ndアルバム『21』に収録された当該楽曲の意味するところは、主に交際相手だった男性に対する怒りですね。Adeleが実際にどのような紆余曲折を経てボーイフレンドと別れるに至ったのかについて、僕は詳しくないので以下は憶測になります。


 まず、全幅の信頼を置いて真剣に交際していたパートナーとの将来を夢見ていた主人公(Adele本人)は、何らかの手酷い裏切りを受けて、怒り狂います。心に火種(怒り)が湧いてきて、裏切りによって傷つき暗闇に閉じ込められたように感じていた気持ちは、次第に憤怒の炎が照らし示す方向に傾いていく。思うに、それがストーリーの導入です。


 しかし、サビに近づくにつれ、主人公は自身を裏切ったはずのパートナーと過ごした掛け替えのない時間を、他でもない相手から受けた心の傷によって思い出します。「何もかも掴み取れたはず」というのは、パートナーと将来結ばれるのだと信じて疑わなかった自分の愚かさへの後悔と相手への疑念が滲み出ています。


 何と言っても重要なのは、当該楽曲の題ともなっている"Rolling in the Deep"というフレーズの訳ですが、これは非常に解釈が分かれますね(笑)。僕の当該楽曲に対する印象は、主人公の恋における「パートナーへの怒り8割、後悔2割」といった印象なので、きっと怒りに任せて元恋人に「地獄に落ちろ!」という気持ちを込めて「"Rolling in the Deep"(深いところまで転がり落ちろ)」という解釈も成り立つと思います。ですが、ここで僕が採用した訳は「"Rolling in the Deep"(深い愛に溺れるの)」です。──そう、主人公は長年抱いていたパートナーへの愛情を簡単に捨てきれず、元恋人から受けた愛もまた確かに覚えている。そんな記憶の彼方に存在する「深い愛」に溺れて、結局酷い裏切りをしたはずの元恋人を憎み切ることもできなかった。当該楽曲において「炎」に例えられている主人公の強い怒りとは、実は元恋人に対するものではなく、容易に騙されてしまった未熟者だった過去の自分に対するものでもあるのではないでしょうか……。


[Verse2(1:18~)]

「ベイビー、私には言い触らされて困るようなことは何もないわ」

「貴方とは違ってね、今に地獄を見せてあげる」

「絶望の底で私を想い出しなさい」

「そこで暮らしていれば良いのよ、二度と関わらないでよね」


[Pre-Chorus(1:36~)]

繰り返し


[Chorus(1:53~)]

繰り返し


[Bridge(2:31~)]

「貴方の下らない魂なんてドアから投げ捨てれば良いのに」

「恵まれていることに感謝しなければ探し物なんて見つからないわよ」

「私はきっとこの悲しみを金塊のように価値あるものへと変えてみせる」

「貴方はきっと後悔することになるけどそれも自分で蒔いた種ね」

「(貴方は私と出会わなければ良かったと思うでしょうけど)」

「結ばれるはずだった私たち(涙が零れて、それでも溺れ続ける)」

「結ばれるはずだった私たち(貴方は私と出会わなければ良かったと思うでしょうけど)」

「全部、全部、全部(涙が零れて、それでも溺れ続ける)」


[Chorus(3:06~)]

繰り返し


 「絶望の底で私を想い出しなさい」というフレーズ──これは主人公が味わっている心境そのものですね。元恋人の裏切りによる絶望の底で、主人公はまさに、かつてのパートナーと過ごした在りし日の光景に囚われ続けている。自分だけこんな目に遭うのは不公平だから、相手にも同じ気持ちを味わわせてやりたいという心情が吐露されているように思います。


 以上が僕の解釈を含めた歌詞の翻訳でした。如何でしたでしょうか。「ここの和訳は間違ってるよ」とか「ここの解釈はこっちの方が良いと思う」などのご指摘も歓迎しておりますので、よろしくお願いします。今回もお付き合いいただき、ありがとうございましたー!


 いやぁ、お恥ずかしながら、Adele愛爆発の回となってしまいました。文字数もこれまで一番だったAlanis Morissetteの回を越えて本作最長に。やはり人生経験豊富な女性シンガーの歌詞は内容が濃く、解釈が分かれるものも多いので非常に取り上げ甲斐がありますね。願わくば読者の皆様にも、アーティストの良さを適切にお届けできていれば良いのですが──などと、いつも情けないことを言っておりますが、皆様の温かい応援コメントやレビュー等の反応を見るに、それは杞憂でしょうかね。本当に、いつも本作をご愛読いただき誠にありがとうございます。


 さて、最終回のような雰囲気を醸し出しておりますが、当然ながら僕の創作意欲が尽きぬ限り、またはこの地球上に存在するアーティストを紹介し尽くさない限り、本作はどこまでも続きます。記念すべき第50回目を迎える次回は「男性版Adele」とも呼び声高い、あのアーティストから一曲いってみましょう。お楽しみに!



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回はAdele - Rolling in the Deepから引用しております。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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