Abhi The Nomad - Good Luck

 長らくお待たせしております! 駄文乱文を思い付く限りに書き散らすことがストレス発散の僕にとって本エッセイを執筆することもまた、ささやかな楽しみの1つなのですが、他に執筆中だった長編小説がいいところだったので、思わずそちらの方に集中してしまいました……。


 どうでも良い話はさて置いて、第35作目となる今回満を持して紹介致しますは、南アジア・インド最南端のタミル・ナードゥ州都であるチェンナイ(旧称マドラス)出身のヒップホップ・シンガーであります、その名もAbhi The Nomadから『Good Luck』です。


 彼の正式な出生名はAbhi Sridharan Vaidehiで、活動名とは少し違います。頻繁に出張を余儀なくされていた外交官の父を持つ彼は、確かに上述の通りインド出身の男性アーティストなのですが、現在は米テキサス州・オースティンに本拠を置いているそうです。先の次回予告ではアジアンアーティストを取り上げる予定だと言っていましたが、これは公約を果たしたといえるのか……。


 とはいえですね、彼の活動名にある"The Nomad"は、英語で「遊牧民」を表す単語で、それが転じて「定住地を持たず移動しながら暮らす人」という意味を持つようになったらしく、その言葉を採用した理由は、幼少期に父の都合でインドの他に、中国、香港、フランス、フィジー諸島、米国に滞在した経験があることからだそう。活動名を直訳すれば「放浪者のAbhiさん」となる訳ですね。つまり何が言いたいかというと、現在30歳の彼がアジアにルーツを有しており、人生の多くをアジアで過ごしたアーティストであることは間違いありません……!


 謎の言い訳を繰り返したところで、本題です。今回取り上げさせて頂くのは、一昨年リリースされた4thアルバム『Abhi vs the Universe』の収録曲である『Good Luck』です。当初は以前ご紹介したBlurの『Song 2』にちなんで、2014年のEP盤から『Song3』という曲を紹介したかったんですが、当該楽曲はFoster Cazzというアーティストをフィーチャリングしたものだということで、純粋なAbhi1人の魅力を伝えるために断念しました。


 少々主観的な話をしますが、Abhiはもっと有名になるべき器を持った素晴らしいシンガーだと思います……! サングラスをかけるとマフィアのような威圧感を放つ一方で、その素顔は笑顔と明るい色のジャケットが良く似合う好青年です。良い意味でラッパーらしい飾り気がないというか、見た目のギャップがそのまま音楽性に表れているように、明るくポップ寄りな曲調から皮肉の利いた強烈な歌詞を乗せた哀愁漂うメロディーまでを使いこなす天才肌だと個人的に思いますね。ヒップホップなんて普段は全然聞かないと言う人も、好きだけれどAbhiのことは全く知らなかったという人も、僕の紹介を機に少しでも興味を持っていただけると幸いです! それでは、行ってみましょう……!



[Intro(0:02~)]

「お前は危なっかしい奴だ」


[Verse1(0:08~)]

「お前は危なっかしいよ」

「俺たちとは付き合い切れないってか」

「今までこんなクソみたいなことに人生を捧げてきたなんてな」

「お前は変わり身が早いよ」

「ここまできてって訳か」

「こっちから願い下げだね」

「気の赴くままに生きてるんだろビッチめ」

「俺は死にたかないね」


[Chorus(0:24~)]

「この感じが良いんだろって聞けば」

「彼女は答える」

「でも天井から吊るされたままだろ」

「彼女はいつもそうだって」

「そんなに心配することはないって」

「世界を動かすのに躊躇は要らないって」

「刺激は欲しくないのかって(余計なお世話だビッチ)」

「窓から身を乗り出すような真似はしないのさ」

「幸運を祈るよ、じゃあな」

「お前と俺じゃ波長が合わないみたいだ」

「成功を祈るよ、またな」


 文法も何も関係のないライムの利いた歌詞に俗語的な比喩表現の嵐が襲い掛かってくるので、僕の頭はパンク寸前です! でもね、ちょっと過激な言葉も織り交ぜられた歌詞と思わず小躍りしてしまいそうな高揚感が刺激されるメロディーの中には、痛烈な皮肉や社会風刺が表現されていると僕は感じました……。


 サビの部分を見ると、歌詞の主人公と"She"と表されている1人の女性(あるいは人ではないかもしれません)の2人によってストーリーが進行していくことが分かります。「この感じが良い」という部分を、現状に甘んじているという表現だと考えると「天井に吊るされたまま」だという部分は、その裏に不平不満を抱えて息苦しさを感じているという主人公たちの気持ちを表現していると思います。ただ、現状維持を望んで「窓から身を乗り出したくない」主人公に対して「世界を変えることを恐れるな」と忠言する彼女は、刺激を求めて主人公のもとを去ったのではないでしょうか。


 主人公は彼女に対して「気の赴くままに生きてるんだろ」と言っているように、自由な思想を持つ彼女に対して嫉妬しているような描写もあります。そして、彼女の考え方にも一理あると心根では理解していても、一歩踏み出すことができない己の不甲斐なさに嫌気が差したのか「余計なお世話だ」と吐き捨てます(とはいえ、この部分は歌詞原文で"no"としか書かれておらず、完全に僕個人の意訳です)。


 どうでしょう。そう考えると、身の回りの環境に甘んじて、現状の辛さや苦しさから目を背けるようにして、自分の世界を変える勇気を持つことが出来ない全ての人に勇気を与えるような歌詞に思えてきませんか……? お恥ずかしい話ですが、僕の英語力では根本から翻訳が間違っていて、本来の歌詞が意味することと全然違う解釈をしている可能性も否定できません。どうか、鵜呑みにはなさらぬよう……。


[Verse2(1:06~)]

「コーヒーを淹れる時だって」

「ミルクを混ぜようなんてことはしないし」

「古びた建物のエレベーターは使いたくない」

「彼女は俺をって言ったけど」

「そんなことはクソどうでも良い」

「子供が欲しいって言っても彼女はピルを飲むんだ」

「葉巻を巻いて」

「何杯かショットを呷ったら、またスリルを探し求めに行くんだ」

「私は生きてるって言ってな」

「生き急ぎ過ぎだろ」

「何時になったら満足するんだビッチめ、クソ」


[Chorus(1:22~)]

繰り返し


[Outro(1:55~)]

「あぁ、本当にお前は危なっかしい奴だ」

「俺の不安を煽ってばかりいる」

「ええそうよ、と」

「いつもねと悪びれず言うんだ」


 どうやら、僕の解釈はあたらずといえども遠からずといったところでしょうか。生の実感を追い求める彼女と現状維持を求める主人公の対比が分かりやすく描かれましたね。コーヒーはブラックがお決まり、古びた建物で老朽化したエレベーターは怖くて使えない、そんなスリルとは無縁の主人公の生活スタイルを彼女は面白いと思わないんでしょうね。子どもなど、自分以外の存在に縛られたくない様子の彼女は、飲酒と喫煙を繰り返して健康度外視で人生を謳歌しているようです。悲しいかな、この2人は本当に波長が合わないようですね……。


 リズミカルな韻を踏みながら紡がれた気の利いた歌詞とファッショナブルな文化的側面が印象強く、若者を中心とした閉鎖的なコミュニティという先入観で嫌厭されがちなヒップホップの世界ですが、深掘りしてみればこんなにも面白い。僕の拙いエッセイで、少しでもそのように共感してくださる方が増えれば嬉しいです……! 今回も以上になります。お疲れさまでしたー!


 さてさて、恒例の次回予告です。そうですねえ。フランスを経由してヨーロッパを離れ、インドまでやってきた訳ですが、次回はそろそろイギリスに戻って行ってもよろしいでしょうか? 特にリクエスト等なければ、あの親日家として我が国でも良く知られている新進気鋭のミュージック・プロデューサーを紹介することに致しましょう。ヒントは、かの有名な妖刀「村正」です。毎度のことながら、知っている人からすれば答えも同然なんですよね。面白味の全くないクイズですみません……。


 それでは……!



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回はAbhi The Nomad - Good Luckから引用しております。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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