The Weeknd - Blinding Lights

 ロックの世界を飛び立った僕たちが次に向かうのは、R&Bにソウルやファンク、ヒップホップの要素を加えたコンテンポラリー・R&Bとも呼ばれる次世代のスタイル「オルタナティブR&B」を開拓したとされる、オンタリオ州・トロント東部に位置するスカーバロー出身の男性シンガーソングライター・The Weekndから『Blinding Lights』です。


 ──えっ? 「"Weekend"の綴りを間違えてますよ」って……?


 ご存じの方も多いかもしれませんが、これは決して僕のスペリングミスとかではなく、こういうアーティスト名なのです。本来のスペルから"e"が抜けている理由は、カナダに既に同名のバンドが存在していたからだとか。「だったら"e"を抜いちゃえば良いんだ!」っていう発想は何とも短絡的というか、拘り深いアーティストらしからぬ割り切った考え方で、逆に面白いエピソードですね(笑)。


 ──何故The Weekndを紹介しようと思ったのか。その理由は単純明快で、僕が利用している音楽サブスクリプションサービス・SpotifyにてThe Weekndのページを開くと、彼の紹介文の右上には堂々と「世界ランク1」の文字が……! そう、彼は今最も世界に広く知られていて、絶対的人気を博するアーティストなんですね。「じゃあThe Weekndを紹介すれば間違いなくウケるだろう!」っていう僕の発想の方がよっぽど短絡的でしたね。はい。


 The Weekndこと本名Abel Makkonen Tesfayeは、現在33歳という若さにしてグラミー賞も多数受賞歴があるなど、その才能は折り紙付きです。彼の音楽家としてのキャリアは2010年にYoutube上でデモ音源を公開した後、話題を呼んだことに端を発します。そして、同国出身のラッパー兼俳優であるDrakeや各種メディアからのプッシュを受け、一大ブレイクを果たすことになりました。そこからたった10年ちょっとの間に大人気アーティストとしてのスターダムを駆け上がった訳ですから、凄いなんていう言葉では形容できませんね……。


 一方で、当の本人は音楽を愛していたものの、自身にその才能があるとは考えていなかったようで、映画学校への進学を望んでいた時期もあるほど、どちらかと言えば映像作品を好む一面があったようです。そんなThe Weekndですが、青年時代は荒れに荒れていたらしく『Kids』という映画の物語と自身の生い立ちを重ねているようです。『Kids』は10代の若者が性依存や薬物乱用に堕ちる様子を描いた作品で、彼自身も11歳という若さで大麻を服用し、より中毒性の高い危険な薬物を摂取するようになってしまったとか。若くして薬物を入手することは難しく、万引きなどの非行にも走ったと語っています。どんな成功者であっても、輝かしい功績に満ちた日々の裏には苦境に喘いだ過去があるものです。人に歴史あり、ですね……。


 そんなThe Weekndの数ある名曲の中から、執筆者の独断と偏見で選ばれた『Blinding Lights』は、2019年リリースのスタジオアルバム『After Hours』に収録された2ndシングルです。そうです。コロナ禍に揺れた世界を明るく照らす一筋の光となった、比較的最近の名作を持ってきましたよ!


 ですが、先にネタばらしをしておくと『Blinding Lights』の歌詞は愛する恋人との復縁などをテーマに書かれたもので、2015年以来交際と破局を繰り返していたアメリカ人ガールフレンド・Isabella Khair Hadidとの関係を表したものだと目されていました。実際にインタビューを受けたThe Weekndは、当該楽曲の歌詞について「夜に孤独を感じた貴方は誰かに会いたくて、ハイになりながらもその人の元へ車を走らせたら、街灯の光に目が眩んでしまったという話。飲酒運転を助長する作品では決してないけど、それが発想の根幹にあることは間違いない」と述べています。明るい曲調とは裏腹に、歌詞の内容は意外とヘヴィなんですね……。


 では、そんなThe Weekndの回答を基に歌詞を和訳してみることにしましょう。皆さんも音楽を聴きながら、あるいは歌詞を手元に表示しながら、僕の独自の解釈を楽しんでくださると嬉しいです!


「ずっと電話を掛けようとしてる」

「十分すぎるほど孤独を味わった」

「多分お前なら教えてくれるだろ、人の愛し方ってやつを」

「薬が切れてきた」

「別に特別なことは求めてないんだ」

「ただお前が触れてくれるだけで、俺は満足だから」

「辺りを見回せば」

「薄汚れた欲望に塗れた街は冷たくて空っぽだ」

「俺を咎めてくれる奴なんて居やしない」

「お前が消えてしまったら俺には何も見えないんだ」


 ──ほほう。軽快で心地良い電子音にのせて歌われるのは、やはり孤独で愛に飢えた主人公が人肌恋しくなって盲目的に欲望の街へ繰り出していくという様子が丁寧に描写されていて、比較的分かりやすいです。ここで"Sin City"という単語が出て来て、僕は「薄汚れた欲望に塗れた街」と訳したのですが、どうやら2005年公開のアメリカ映画に『Sin City』というものがあるようで、生粋の映画好きであるThe Weekndのことですから、元ネタはそちらかもしれません。僕は見たことのない映画なので、正確な和訳を知りたい方は映画『Sin City』をご覧になってから改めて歌詞を見直してみると良いかもしれません。


 では、サビも見てみましょう。


「言っただろ、光に目が眩むんだ」

「お前が触れてくれなければ眠れやしないんだよ」

「言っただろ、闇夜に溺れるんだ」

「こんな時、信じられるのはお前だけだってのに」


 凄いですね。たったこれだけのフレーズで夜中に車を走らせているときの視界に滲む光の跡がありありと目に浮かぶようです。2フレーズ目の「お前が触れてくれなければ眠れやしないんだよ」というのは80年代の音楽で使い古された決まり文句のような歌詞ですが、その味のしなくなったガムのようなフレーズにテクニカルな電子キーボードとハイトーンボイスで新たな命を吹き込んだという点も『Blinding Lights』が評価されているひとつの所以だそうです。この楽曲のメロディーがどことなくレトロな雰囲気を醸し出しているのも、そのせいでしょうか。聞くところによればThe Weeknd自身も80年代の音楽を好むようなので、偶然ではないのかもしれません……。


 続いて2番の歌詞です。


「時間がないんだ」

「朝日が空を明るく照らし始めているみたいだからね」

「だからこの道をかっ飛ばすのさ」


 このままサビまでは1番と同様です。明け方に女々しい感じの元(?)恋人が車を走らせて会いに来る。女性の読者が居るのかは存じ上げませんが、こんな男はどうなんですか……? 普通に逆の立場に立って考えても、僕は嫌だなあと思いますが。まぁ、ラブソングなんて往々にしてこういう大袈裟っぷりがウケたりするんですよね。別に創作物の中でまでリアリティを表現しなくても良いんですから。


 最後のサビに入る前に、橋渡しとなる数行のフレーズが入ります。


「到着を知らせるためお前に電話を掛け直すところだ」

「電話では一度も伝えたことがなかったけど」

「今度こそは離さない」


 ということは、やはり元恋人に復縁をしつこく迫る主人公の物語というのは間違いなさそうですね。──なんというか、先程も言いましたが、あまりにも女々しくないですか? よっぽど孤独に耐えかねていたのか、薬物を絶った反動なのかは分からないですが。


 というか、僕自身全く意識せず、ただ純粋に紹介したい音楽について語っているだけなのですが、どうも僕の取り上げる楽曲では訳アリ主人公による変化球的な内容の歌詞が多いですね。なんだかすみません……。


 それでは今回はこれで以上です。お付き合いくださいまして、ありがとうございました。次回もまた違ったテイストの音楽をお届けしたいと考えているので、何が出るかなーと予想しながらお楽しみください。ヒントとして、そろそろハウスやEDMなんかを選ぼうかなーとぼんやり考えていることだけ予告しておきますね。では!



 †††



 ※本作における改行後の連続する「」内は主に作品タイトルとなっている楽曲の歌詞の一部分又はその翻訳です。今回はThe Weeknd - Blinding Lightsから引用しております。


 ※本作品は、著作権法32条1項に依拠して公正な慣行のもと批評に必要な範囲で「引用」するという形で楽曲の歌詞を一部和訳しております。文化庁は引用における注意事項として、他人の著作物を引用する必然性があること、かぎ括弧をつけるなどして自分の著作物と引用部分とが区別されていること、自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること、出所の明示がなされていることの4要件を提示しておりますが、本作品はいずれの要件も充足していると執筆者は考えております。


 ※カクヨム運営様からも「カクヨム上で他者が権利を有する創作物の引用をすることは可能ですが、その場合は、著作権の引用の要件に従って行ってください。また、外国語の翻訳は書き方にもよりますが、引用にならないと存じます。」という旨の回答によってお墨付きを得たものと解釈しております。


 ※ただし、歌詞原文の全てを掲載することは引用の範疇を越えると思われますので、読者の皆様は紹介する楽曲の歌詞をお手元の端末などで表示しながら、執筆者による独自の解釈を楽しんでいただけると幸いです。

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