第5話 劇団クローバーみつば感 リハーサル 一

 少し前に稽古場に来た岡崎壮一おかざきそういちも準備できたようだ。今回の舞台で教会の牧師役をする三年生だ。この最後の場面では誰もがかなり重要な役を演じることになる。

演出家の宮原がうららに聞く「これはカトリック教会? プロテスタント教会?」

「プロテスタントです」

うららが即座に応える。

「そうなの、じゃあ牧師さんだ」

キリスト教にはカトリックとプロテスタントがあるが、カトリックは神父、司祭で、プロテスタントは牧師である。

「バージンロードを挟んで新郎側、新婦側になるからエリコ、ユキナは同じ側にいることでいいね」

頷くうららうららが舞台上での役者の位置を説明する。

客席のお客さんからも役者の動きが見えなくてはいけない。この場でメインの役者となるレイジ、アリサ、牧師、そして、そこに絡んでくるエリコとユキナが結婚式に列席する役者の影になって客席から見えなくなるということは避けなければならない。

 ここで最初にメインになるのはレイジとアリサと牧師になる。舞台中心の奥が祭壇。舞台の奥中央に牧師、客席に背を向ける形で新郎レイジと新婦アリサが立つ形になる。

そこから下手(客席から見て左側)が新婦の家族、友人で、こちらにエリコ、ユキナがいる。この場面では上手側、下手側の参列者として、それぞれ十人ずつ配置するという。この場面での役者の動きとセリフを確認する。


~ 第三場 アリサとレイジの結婚式 ~

 すべてを受け入れられないまま結婚式を迎えたアリサ。自分を見失いかけているアリサは、ここで終止符を打とうと短剣を隠し持って式場に入る。ふらふらとバージンロードを歩くアリサは祭壇の前で短剣を振り上げる。牧師に止められるが、瞬間、エリコがアリサから短剣を奪いレイジに襲いかかる。

「あなたはアリサを裏切ったのよ。あなたにアリサと結婚する資格はないわ」

とレイジを押し倒し、レイジの耳元に短剣を突き立てる。傷ついたアリサの肩を抱き、バージンロードを帰って行くエリコとアリサ。突然、列席から悲鳴が上がる。

 レイジが短剣を手に取りエリコに襲いかかろうとする。その時、横からユキナがレイジを止めにかかる。気付いたエリコもレイジにつかみかかり短剣を奪い取る。レイジは列席者から取り押さえられる。

エリコは短剣を捨て、アリサとユキナを抱き上げた。数歩歩いて牧師に振り返り最後のセリフを言う。


そして幕が下りる。


~ リハーサル ~

 演出家の宮原が前のテーブルに座る。その後ろに山野玲奈と高橋剣が立って見ている。子役の七蔵みこ、倉橋佐織の二人もその前に立って見ている。そして、その周りに大勢の劇団の役者さんたちが並んで見ている。


「じゃあ、やってみようか。場面は教会。まず列席者が数人いるとして、今日はユキナ役はうららくんが代役でやるんだね。OK。じゃあ始めるよ」


「はい」

宮原がスタートの合図をした。


 エリコ(慈代)とユキナ(麗)が列席者として新郎、新婦を迎える。牧師(岡崎)が祭壇で待つ。

 新郎レイジ(桐原)が入ってくる。そして、アリサ(晴美)が父親(野上)と共に祭壇の方に歩いてくる。アリサは焦点が定まらないような虚ろな表情で歩いてくる。祭壇の前で父親がレイジにアリサをわたす。

美しい讃美歌が歌われる。

 牧師が聖書を手に愛の教えを説き始めた時、虚ろな目線でふらついていたアリサ(晴美)は隠し持っていた短剣をレイジ(桐原)に振り上げる。しかし気付いた牧師に止められる。

 その瞬間、アリサの後ろからエリコ(慈代)が現れ、右手で短剣を取り上げ、左手でレイジの襟元をつかみ、その場にレイジをねじ伏せた。エリコ(慈代)はレイジ(桐原)に、


「裏切者! お前にアリサはわたさない!」


鬼気迫る表情で短剣を振り上げるエリコ(慈代)。


その場にいたプロの役者も息を吞んだ。


間髪入れず。

ダン!

と稽古場に響き渡る音……床に置いた厚い板、レイジの耳元に短剣を突き立てた。

「おお!」

と誰からともなく稽古場に声が響いた。みこ、佐織も見入っている。

エリコはレイジに背を向け、アリサの肩を抱き去って行こうとする。


「キャーーー!」

振り返るエリコ。先程の短剣を手にしたレイジがエリコとアリサに襲いかかろうとした。瞬間、ユキナ(麗)がレイジに飛びかかり短剣を奪い取ろうとする。エリコもユキナの危険を感じレイジにつかみかかる。エリコがレイジの短剣を奪い取り、レイジは周りの列席者に取り押さえられる……


エリコ(慈代)が牧師の方を振り返り短剣を床に落とす。

そして、最後のセリフ……


「はい! OK!」

宮原の声……

前で見ていた山野玲奈、高橋剣も声を失う。みこと佐織はすごいというような表情で小さく拍手していた。


慈代、晴美、麗、桐原は宮原の方に一礼して集まって来た。

「よろしくお願いします」

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