第2話 舞台練習のあいだに

 このところ、いつも慈代やすよのマンションか、恵人けいとのアパートのどちらかで過ごすようになっていた。その日は慈代のマンションに帰った。

 慈代が恵人の顔を覗き込んでくる『かわいい』と思った。近くで見る慈代は改めてきれいだと思う。

「なに?」

「ん? なんか最近、私が舞台のことばかりに集中して恵人君のこと怒らせてないかなって気になって」

「なんだそんなことか。慈代ちゃんが役に集中しているのわかってるから。応援してるよ」

「ありがとう」

「もう台本頭に入ってるの?」

「うん。入ってるよ」

「すごいね」

「まあ、台本はね。もう何十回も読み返してるから覚えてるよ」

台本は、ちょっとした本並の厚さがある。慈代の台本には練習中にダメ出しがあったところや指導されたことが細かくメモ書きされている。


「この話って全編通して晴美さんと雅也さんが主役何だろうけど、最後はなんだか、この物語って、慈代ちゃんが主役だったんじゃない……ってくらい重要な役だもんね」

「なに言ってんの主役は晴美だよ」

「そうかなあ。まあ、そうなんだろうけど」

「そうだよ。ありがとう。そんな風にこの話を思ってくれて」

「……」

「でも、これはね。こういうストーリーだけど、最後にやっぱり主役はアリサ役の晴美だったって思ってもらえなかったらうららの描きたい物語としては伝わらなかったことになるのよ」

「……」

うららと何度も話してるの演技とか、セリフの言い回しとか。そこをきちんと伝えられるような演出を話し合ってる」

「そうなんだ」

「難しいよね。演技って」


慈代がコーヒーとお菓子を持って来てくれた。

「でも、今、恵人君とこうして話している。こういうやり取りが舞台でできないといけないのよ」

「え?」

「だから、普段のこういう会話が大事なんだよね。この『間』とか『話すスピード』とかが自然な会話なんだよ」

「今話してるこの会話?」

「そう、演技をしてたら、お客さんに『演技』だって伝わっちゃうの」


そうだった。彼女の信条だ『舞台の上では、演技をするのではなくリアルを伝える』のだという。それができるから、彼女はこの役なのだろう。配役を見た時、恵人は慈代のことを『主役の友達役』と思った。しかし台本を読んだとき『これは誰が主役何だ?』と思うほど、慈代の役は重要な役だった。


 その日は二人でベッドに寝転がりDVDを見た。彼女は総じて古い映画が好きなようだ。最近のドラマも見てはいるようだが、結構古い映画を見ることが多い。洋画、邦画はどちらも好きなようだ。アニメ映画もよく見ている。

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