第23話 誘い

「報せを聞いた時は本当に驚いたけれど……二人とも無事みたいでよかった」

「なんとかな。先に気づけたから大事には至らなかった」

「……私もウィルが守ってくれたから怪我一つ負わずに済んだわ」


 教室で顔を合わせたレーティアへ無事を伝えると、ほっと胸を撫で下ろして見せた。

 パーティーの後は無事を伝える暇がなかったからずっと心配だったんだろう。

 城内は慌ただしく動いていたし、もしものことを考えると安易に外部へ情報を流すのは良くないからな。


「ウィルくん、ちゃんと守ってあげたんだね。偉い偉い」

「頭を撫でようとするな。婚約者を守ろうとするのは普通だろう」

「その気持ちが大切なの」

「……そうなのか?」


 リリーシュカに聞けば非常に言いにくそうにしながらも「そうね」とだけ返す。

 塩対応なのは今に始まったことではないが、その原因は昨日の夜のアレだろう。

 自分から一方的に話を切り上げた手前、どう接していいのかわからなくなっているのかもしれない。


「この辺にしておこう。あまり他に聞かれたい話でもない」


 黒幕の手先が紛れ込んでいるかもしれないからな。


 言葉の裏に隠した意味を二人は的確に読み取り、別の話題へ移ろうとしたとき。


「――ウィルはいるか」


 棘のある男の声が教室に響いた。

 聞き覚えのある声に辟易しつつも一応声の主を確認する。


 長い前髪で右目を隠して黒縁眼鏡をかけた長身痩躯の男。

 学園の制服を着こみ、肩にコートをかけている。

 胸元には学年を示す星の紀章が五つ飾られていた。


「おい、あれって」

「第五王子フェルズ様よ!!」

「五回生首席と名高いフェルズ様がどうして……」


 教室中から聞こえるのはその男――クリステラ王国第五王子フェルズ・ヴァン・クリステラを讃えるものばかり。

 それも当然か。

 俺みたいな王子が同じ魔術学園にいれば、特に。


 そわそわとフェルズと俺の間で視線を動かしていたリリーシュカに「大丈夫だ」と小声で伝え、


「何用だ、フェルズ」


 あくまで強気に声を上げる。

 こんなやつに下手に出る必要がない。


「簡潔に告げる――放課後、サロンにて待つ。以上だ」


 フェルズは一方的にそれだけ言い残し、教室から去っていく。


 ……サロンにて待つ、か。

 このタイミングで接触してくる王子というだけで怪しむ材料としてはじゅうぶん。

 警戒は必要ながら情報を探る機会を与えられたのなら乗らない理由がない。


「……レーティア。頼みがある」

「任せて」

「まだ何も言ってないんだが」

「第五王子と会っている間、リーシュと一緒にいて欲しいってことでしょ?」


 話が早いのは助かるけど迷いがあってもいいと思う。


「一人で行く気?」

「敵もレーティア……ルチルローゼまで巻き込むような命知らずじゃないはずだ」

「わたしは大丈夫だよ」

「……そもそも軽々しく誘いに乗っていいの?」

「普段なら聞き流すところだが状況が状況だ。罠を張るにしてもあからさま過ぎるが、駆け引きは面倒だから乗ることにした」

「面倒って……あなた、自分が命を狙われていることを本当に理解してる?」


 周りに聞かれないようにするためかリリーシュカが耳元で囁く。


 ちょっとくすぐったいからやめて欲しい。


「なにが起こっても問題ない。学園内なら直接的に襲われることもないだろう」

「それはそうだけれど……」


 フェルズは慎重で狡猾な男という印象が強い。

 五回生ということもあって魔術も得意としている。

 取り巻きも多く、争うとなれば数的不利を背負うことになるだろう。


 どうやっても人の目につく学園内で手を出してくるとは考えにくいが、学園迷宮なら話は変わる。

 あの異界は一種の治外法権。

 俺が襲撃者の立場なら事実を闇に葬るのにもってこいの場所だと考え、どうにかして敵を誘導する。


 それもこれも全部フェルズが暗殺事件の黒幕である前提ではあるが、怪しさという面では間違いなく頭一つ抜けている。


「大丈夫。ウィルくんはこれでも強いんだから」

「これでもは余計だ」

「だからさ……リーシュ、今日は一緒にお話しない?」

「……仕方ないわね」


 息をつくリリーシュカ。

 俺の決定に異論を挟む気はもうないらしい。


 少々の安堵で空気は弛緩するが、俺はフェルズとの面会に向けて思考を回す。


 生半可な相手ではない。

 僅かな油断でも見せれば痛手を負うことになる。


 なんにせよ面倒であることに変わりないと思いながら一日を過ごすことになった。





「ウィルだ」

「……入れ」


 放課後。

 やけに豪奢なサロンの扉を叩くと、すぐにフェルズの声が返ってくる。


 息を整えて扉を押し開ければ長椅子で紅茶を嗜むフェルズの姿と、数人の取り巻きが部屋を守るように睨みを利かせていた。


「遅い。愚弟、俺をどれだけ待たせる気だ」

「時間指定はなかったはずだ。自分の手落ちを恨め」

「……まあいい。寛大な措置を与えるのは上位者にのみ許される振舞いか」


 ふん、と鼻を鳴らしてフェルズが脚を組みなおす。

 それを傍目に俺も向かいの長椅子に腰を落ち着けると、待機していた寮の職員が紅茶の注がれたカップを前に運んで去っていく。


 明らかに面倒事の匂いがする場にはいたくないらしい。

 羨ましいことだ。


「俺をこんな場所に呼んだ理由はなんだ。手短に話せ。面倒事は嫌いだ」

「率直に言おう。ウィル、お前に魔女との政略結婚解消を求める」


 やっぱりそう来たか。

 だが、無理な相談だ。


「断る」

「……なぜだ、お前は昔から面倒事を嫌っていただろう?」

「政略結婚を断わる方が面倒になる。だから俺は政略結婚の解消は出来ない」


 フェルズの眉が寄る。

 真っ向から俺が断るとは思っていなかったのだろう。


 同じ王子なら俺が面倒事を嫌っているのは知っている。


「そもそも、なぜあんたが俺の政略結婚を止めようとする? リリーシュカを婚約者に……という話でもないはずだ」

「……これだから愚弟は。この政略結婚の価値をまるで理解していないな。王になる気のないお前にはどうでもいい話かもしれないが、他の王子王女は違う」

「勘違いをするな。王になる気はない」

「お前の意思など無意味だ。何事もなければ数年、十数年後には現国王による指名継承が行われるだろうが急死した場合――血で血を洗う王位継承戦が幕を開ける。他の王子王女は全て敵だ。やる気なし王子などと呼ばれているお前も例外ではない」


 随分と血生臭い話題だな。


 無駄に健康なクソ親父が急死とかまるで考えられないが……この世に絶対はない。

 何かしらの事故に巻き込まれないとも限らない。


 そうなった場合、フェルズが言うように王位継承戦が幕を開ける。

 俺の意思なんて関係なく。


「だからそうなる前にお前は俺を狙う、と?」

「まるで俺がこの前の暗殺事件の黒幕だと睨んでいるかのような口ぶりだな」


 剣呑な雰囲気を漂わせながらも俺の出方を窺っているのか、手を出してくる素振りは見受けられない。

 決定的証拠がないまま罪を問えば冤罪のリスクも高まる。

 どちらにせよ俺の方からは動けない。


「にしても――やはり変わらないな。お前はやる気なし王子のままだ。今後のためと思って対話の機会を設けたが、期待外れのようだ」


 ため息とともにフェルズは席を立ち、「行くぞ」と一声かけると取り巻きの生徒も続いてサロンを出て行った。

 一人になったところで紅茶と茶菓子で気分を紛らわしてから俺もサロンを後にした。

 


「疑わしいことこの上ないが……決定的証拠は得られなかったな。紅茶に毒でも仕込んでくるかと思って警戒はしていたが……普通に美味しい紅茶とお茶菓子だった」


 部屋に帰るとリリーシュカの姿はなかった。

 レーティアのところにいるはずだが、話が盛り上がっているのだろうか。


 それならそれで構わない。

 今のうちにサロンでの対話を思い出しながら思考を整理する。


「部屋で一人なのは久しぶりか」


 政略結婚をしてからあまり期間は経っていないはずなのに懐かしく感じる。

 この部屋、こんなに広くて静かだったんだな。


 夕食はリリーシュカが帰って来てからにしよう。

 まだいつもの時間には少し早い。


「……慣れたな、俺も。リリーシュカがいることを当たり前に思っている」


 自分の行動へ自然にリリーシュカという存在が組み込まれていることに気づく。

 政略結婚の前は誰の目も気にすることなく行動していたのにな。


 紅茶でも飲みながら待っていたが――


「いくらなんでも遅すぎないか?」


 暗くなってもリリーシュカが帰ってこない。

 子どもじゃないんだから過度に心配する必要はないとわかってはいるが……あのレーティアがこの状況で遅くまでリリーシュカを引き留めるとは思えない。


 流石に不審に思い、レーティアに連絡を取る。


「どうしたの? こんな時間に」

「リリーシュカが帰ってない。行方を知らないか」

「えっ……リーシュとは一時間くらい前に別れたけど――」

「ちっ」


 思わず舌打ちをしながら通話を切る。


 安全策を取るならフェルズとの面会が終わった時点で俺が迎えに行くべきだったか。

 これは俺の失態だな。


 念のため部屋に書置きを残し、急いでリリーシュカを探しに出た。

 途中で強情についてきたレーティアと手分けをして学園の敷地を見て回るが、どこにもリリーシュカの姿はない。


「入れ違ったか……?」

「そうだといいけど……」


 レーティアと一旦合流してから淡い希望を抱いて寮に戻ると、王家の紋章を車体に刻んだ魔動車が止まっていた。


「――ウィル様、お待ちしておりました。至急王城の方へお越しください」

「悪いが手が離せない」

「行って、ウィルくん。リーシュのことはわたしに任せて」

「…………」

「わたしのことは信じられない?」

「……悪い、任せる。無理はするなよ」


 いつぶりかの焦燥感に駆られながらも、俺は王城行きの魔動車に乗りこんだ。


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