第22話 幻滅したでしょう?
「寝れないのか?」
王城から帰った日の夜。
なんとなく寝付けず時間を置こうと考えた俺がリビングに向かうと、ベランダで夜空をぼんやりと眺めるリリーシュカを見つけたため声をかけた。
まさかこんな時間に話しかけられると思っていなかったのか肩を跳ねさせながら振り向き、
「……驚かさないで。余計に眠れなくなるじゃない」
「昼間にあれだけ寝ていたらな。昨日は眠れていなかったみたいだし」
「誰のせいだと思っているのよ……」
「俺の気のせいじゃなければ同衾を許可したのはリリーシュカだったはずだが。雷が怖いとかなんとかの理由で」
「…………」
無言で睨まれるが俺は事実を言っただけなので悪くない。
ともあれ、俺もリリーシュカの隣に並んで夜景へ視線を移す。
「悪かったな。昨日は俺の事情で迷惑をかけた」
「……別にいいわよ。驚いたのは本当だし、動けなくなるくらい怖かったけれど……あなたはちゃんと助けてくれたでしょう?」
「リリーシュカにいなくなられると俺が困るからな」
「だとしても、あそこまで迷わず身体が動くのかは疑問ね。ウィルは術師に気づくまでが異様なほどに早かった。対処のための魔術構築も適切」
「……何が言いたい?」
「本気になれば歴史に名を残すような魔術師にもなれそうね、と思って」
本気になれば、ねえ。
別段、昨日のアレは本気を出したわけではない。
持ちうる知識と経験で状況を正確に判断し、適切な対処をしただけ。
慣れれば誰にでも出来ることを当たり前にやっただけに過ぎない。
「歴史に名を残す魔術師になってどうするんだ? 方々から追いかけまわされるような生活は勘弁願う。隠居生活が出来るなら考えなくもないが」
「富も名声も力も手に入るって考えたら目標にする人は多そうだけれど」
「俺は平穏に暮らせるならなんでもいい。そういうリリーシュカは歴史に名を残す魔術師になりたいのか?」
「……私は強く気高く、優しい魔術師になりたかった。私の母――魔女の国ヘクスブルフを治める大魔女リチェーラ・ニームヘインのように」
昔を懐かしむかのように表情を緩めてリリーシュカが呟く。
「少しだけ、昔話をしてもいい?」
「寝つけるようになるなら好きにしてくれ」
「……わかったわ」
呆れ顔で息をつき、リリーシュカは淡々と語り始める。
「私は知っての通り大魔女リチェーラ・ニームヘインの娘として生まれ、次代の大魔女として期待されていたの。魔術も四歳ころには使えるようになっていた。でもね、ある日……私はとんでもないことをしてしまった」
「飾ってある高い壺を割ったとかか?」
「…………話の腰を折らないで。全然違うわ」
否定するリリーシュカの表情は硬く、声も僅かに震えを帯びていた。
ただ自分の過去を話すだけでこんな風になるだろうか。
その答えは、リリーシュカからすぐに明かされた。
「――魔術が暴走して街も人も、なにもかもを氷漬けにしたの」
身体の芯まで凍てつくほどに冷たい声だった。
ただならぬ気配に喉の奥が詰まったかのような息苦しさを覚える。
まともな返答を返せないことに僅かながらの申し訳なさを感じつつも、どう反応するのが正解か導き出せない。
リリーシュカのそれは己が過去に犯した罪の告白であるために。
「国への被害は甚大。街の復旧には何か月もかかったわ。氷漬けになった人はみんな死んでしまった。私が子どもで魔術の暴走が原因ということもあって、与えられた罰は無期限の軟禁生活だけ。命で罪を償うようなことにはならなかったけれど、国民は私のことを『氷の魔女』と忌み嫌った。これが私の
「…………」
「軟禁生活中の私は死んでいないだけ。家族との面会はなく、誰と話すこともない。孤独と無限に等しい時間だけが私の持ち物。だから私は持てる時間の全てを魔術の研鑽に費やした。二度と同じ過ちをしないために。まともな教育を受けていない理由もわかったでしょう?」
俺は表情を変えずに「ああ」と一言。
大魔女の娘なのにまともな教育を受けていなかった時点で、何かしら面倒な事情を抱えていることは予想していた。
それが
魔術の暴走は稀にある事故ではある。
だが、俺の勘が正しければ魔術の暴走ではないし、恐らくリリーシュカもそれをわかっていながら俺に真実を隠した。
それを悪いと責める気はない。
リリーシュカにとっては明かしたくない秘密なのだろうから。
「その後はクリステラとの休戦協定が進み、人質代わりに私の身柄がクリステラ……魔術学園の預かりとなったわ。表向きには留学生という扱いね。それから正式に休戦協定が締結されて政略結婚……という流れよ」
「中々壮絶な人生を送っていたんだな」
「……感想、それだけ?」
「同情して欲しいならするが」
「そうじゃなくて……」
「ああもう」と頭を振るリリーシュカは俯きながらの百面相。
最終的に俺の反対側へ視線を逸らして、
「……幻滅したでしょう? 『氷の魔女』は本当に『氷の魔女』なのよ」
それだけ告げて身を翻してリビングに戻ろうとする。
夜風に靡く銀髪が遠ざかり、やがてベランダにいるのは俺だけになった。
空いた隣の空間が妙に広く感じるのは気のせいではない。
「……明日の授業に響くな、これは」
こんな話を聞かされては熟睡できる気がしない。
夜風に当たって感情を冷ましてから部屋に戻り、目を瞑ったまま眠ることなく朝を迎えるのだった。
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